第一章 名もなき舞台の上で 3-3



3-3



『まず間違いなく治安維持隊の人間だ。私も治安維持隊の人間だが、彼らとは別の陣営に属している』


 一段一段を踏みしめるように、彼は階段を下りていく。その動きに追随する形で、ホログラムもその高度を斜め方向に下げていった。


『単刀直入に言おう、御影奏多君。屋敷の外にいる連中に、あの子が『保護』されてしまうことを阻止してほしい』


 階段で大広間へと降りて行きながら、御影は口を開いた。


「どうしてだ。お前と、そして奴らは、それぞれ何を目的としている」


『とりあえず、私は純粋に彼女の保護を目的としていて、彼らは彼女を『保護』した後に『処分』することを目的としているとだけは言っておこうか』


「その『処分』って単語を、幼稚園児でもわかるものに言い換えると?」


『それは君の想像にお任せするとしよう』


 治安維持隊にとって、彼女が目障りな存在であることはまず間違いないだろう。七年前の掃討作戦の結末を考えれば、彼女に対して憎悪を抱く治安維持隊の人間もいるはずだ。


 だが、本当に治安維持隊が彼女を排したいと考えているのなら、七年前にそうしているはずだ。しかし彼女は今まで生きながらえており、それなのに今になって軍が彼女の『処分』を考えだすというのには、少し違和感を覚える。


「しかし、話を聞く限り、治安維持隊は完全に内部分裂してるじゃねえか。上層部のパワーバランスが崩れたか? ……それとも、また別の何かか」


 ルークは右人差し指で銀縁の眼鏡を押し上げると、楽しそうに笑った。


『つくづく、高校生にしては有能すぎるね。君は』


「人間兵器として色々といらねえ知識をお前らが叩き込むからだよ、治安維持隊」


『ハハ、なるほど確かにその通りだ。だが君の場合、高校で習う内容は、ほぼ全て独学なのではないかな?』


 御影は踊り場のところで一度立ち止まると、ホログラムのことを睨みつけた。


「俺のことはどうでもいいだろ。いいから話を続けろ」


 再び階段を降っていき、一階大広間に到着すると、御影はたった今降りてきた玄関反対側の大階段を挟む形で存在する二つの窓のうち、右側の方へと歩いていった。


『治安維持隊としては、今更あの子をどうこうする気はない。子どもを殺すのは非人道的行為であると七年前に判断したからこそ、今まで彼女は生きながらえてこれたわけだしね。だが、どこの組織にも強硬派がいるものだ』


 御影は目当ての場所にたどり着くと、窓を一気に開け放った。外の空気が室内へと入り込み、彼の細い黒髪を揺らした。


「なるほど。つまり、隊が内部分裂しちまっている理由は……」


『そう。あの子が生きていることを是としないわからず屋がいたのさ。だからこその昨日の火災だよ。彼らは、ついに強硬手段に打って出たというわけだ。混乱のさなかに、職員の一人が彼女を外に逃がすことにだけは成功した』


 階段を回りこみ、左側の窓へと向かう。御影は赤絨毯を軽く蹴りつけると、皮肉っぽく笑ってみせた。


「だが、お前側の人間があいつを回収する前に、あいつをヤンキーの方々に攫われた上に、俺が保護したという情報を、その反乱分子に先に握られっちまったというわけか。いくらなんでも無能すぎねえか? 治安維持隊ってそんなもんなのかよ」


『……今更だけど、君、治安維持隊傘下の人間としては、私に対して随分な態度だね』


 本当に今更過ぎると思ったが、口に出すのはやめた。


『普通ならこのような事態にはなっていない。そもそも、治安維持隊が内部分裂しているという表現も不適切だ』


 事態はもっと深刻だ。ルークはそう言って、椅子の上で足を組む。もう片方の窓にたどり着いた御影は、先ほどと同様にその窓も開いた。


『ここでは仮に、彼らのことを過激派とでも呼んでおくが、その過激派の中に、厄介さで言うならば超越者に勝るとも劣らない能力者がいたのさ』


「超越者に?」


 思わぬ言葉に、御影は足を止め、ホログラムのルークを見つめた。


 超越者。文字通り世の理をも超越した絶対的存在とされた超能力者に、治安維持隊から与えられる称号。


 戦闘系なら一人で一師団以上の成果を上げるとされ、非戦闘系でも、例えば科学方面や医療方面の研究に大きく貢献している。『普通』の超能力者を彼らと比較することなどできない。戦闘系超越者はよっぽどのことがない限り動かず、かつ彼らに指示を出せるのは治安維持隊元帥ただ一人という事実だけでも、彼らの重要性は明らかだ。


 だが、能力の凶悪さという観点だけで考えるならば、彼らと同等に扱うことができる者たちがいる。


「つまり、その過激派の中には、精神系の超能力者がいたってことか?」


 精神系とは、文字通り他人や自分の精神に干渉する力を持つ者たちの総称だ。例えば戦車などの兵器を前にしては何の役にもたたない彼らだが、こと対人戦に限って言うならば彼らの右にでる者はいない。


 幻惑、マインドコントロール、精神破壊などなど。例えば犯罪者を、火器を使用することなく無力化するなどといったように、取り締まる側としてはこれほど頼りになる能力もないが、逆に敵にまわられたときのことなど考えたくもない。もっとも、超能力者が治安維持隊の敵に回るなんて事態は考えうる限り最悪の展開であり、だからこそ超能力者を隊に繋ぎとめるべく、『補助金』という名目で莫大な金が御影たちの元へと流されている。


 しかし、上の必死の努力にも関わらず、今回はその最悪が実現してしまったようだった。


『その通りだ。そいつは、対象を思い通りに洗脳する超能力者。通称ブレインハッカー』


「御大層な通り名だな。かっこよすぎて寒気がするぜ」


『実際恐ろしい力だよ。そいつが今回何をしたのか、私が言わなくてもわかるんじゃないかい?』


 ルークの言葉に、御影は一瞬だけ目を瞑った。


「治安維持隊の人間を、洗脳したな。クソアマを殺すことが自分の目的だと思い込ませた」


 御影奏多は中央階段の三段目に腰を下ろした。


「いったいどこまで洗脳された、大佐殿」


『かなり上まで、と答えておこう』


 面倒くさい奴だな。彼はそう嘯いて、膝の上に頬杖をついた。


「不特定多数の治安維持隊の人間が、あの女をぶち殺さなくてはいけないと思い込まされているというわけか。大人気だな、あいつ」


『では、大雑把な説明が終わったところで、改めて依頼しよう』


 御影の皮肉も罵詈雑言も全て無視して、ルークは相も変らぬ人の好い笑みを浮かべながら、穏やかな口調で言った。


『あの子を助けて、英雄になってくれ。御影奏多』


 御影奏多は、間髪を入れずに答えた。


「やなこった」




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