第10話 白い魔城(2)

ep10-1 第10話 白い魔城(2)

 ***


「なるほどね、身体を交換する魔力回路か……」

 話を聞き終えたガルフストリームは何度も頷きながら、手元のノートにメモを書き取っていた。

 すべての経緯を初めて聞いたグスタフは白目をむいて放心していた。それもそうだろう。これまで追いかけていた相手に実は男の魂が宿っていたのだから。そしてソニアの魂が入っていた男とは牢屋の中で臭い飯をともに食いながら打ち解けていたのだ。

「なかなか興味深い話だったよ。ありがとう。しかし君たちは今後どうしたいのかねぇ? 聞いた話だとお互いの身体にもう随分と馴染んでいるようだし、元に戻らなくても良いんじゃないかな?」

 ガルフストリームはペンを指先で回しながら2人を眺める。

「だ、ダメだよ! 2人はちゃんと元に戻らなきゃ!」

 ルキーニが横から口を挟む。

 身を乗り出したルキーニをガルフストリームがなだめた。

「ルキーニ。君はソニア王女の魔力が欲しくて、その秘密を探りたいのだろうけど……。元に戻るかどうかはツガルくんとソニア王女が決めることだよ。もっとも、元に戻れるかも分からないけどね」

「それは、そうだけどさぁ……」

 ガルフストリームの眼光に見据えられてルキーニは萎縮した。

「……ガルフストリーム先生。わたくしは、元に戻りたいです。どうか、調べてください!」

「ソニア……!?」

 まさか、といった顔でツガルはソニアを見つめた。

 ソニアはどこか、思い詰めた顔をしていた。

 ソニアは訴えかけるように話した。

「わたくしとツガルは、お互いの身体で生きていこうと誓い合いました。でも、ツガルはその体に馴染みすぎて自分が元はお姫様だったことを忘れそうになっています。わたくしは、そんなのイヤです。ツガルの中にいる、本当のソニアの魂までもが消えてしまう気がして……」

 しかしツガルはソニアとは違う想いを持っていたようだ。

「オレは、この身体が気に入っているし、ソニアだってオレが中にいた頃よりもずっと可愛くて、良いヤツになった。体が馴染むにつれて記憶もだんだん元のツガルの記憶も思い出せるようになってきてる。ソニアだって、暴走したときは自分が知らないはずの魔力回路を空中に描いていただろう? もう、新しい体と魂が混ざって一つになろうとしているんだ。このままでいいじゃねぇか」

 ツガルは突き放すように言う。

 その態度に我慢できず、ソニアはツガルの顔を掴んで視線を合わせるようにして呼びかけた。

「違う! あなたは……オマエは自分がソニアだったことから逃げたいだけだ!」

 ソニアはソニアを演じる事をやめて、心の底からツガルに……ツガルの中のソニアに呼びかける。

 ツガルの目にはソニアが写っている。

 ソニアの目にはツガルが写っている。

「ソニア、聞こえてるかソニア! ツガルの中にいるソニア! オマエに言ってるんだよ! 身体が入れ替わったってよォ、オマエがオマエでいることをやめるんじゃねぇよ! 身体が馴染んでる? ハッ! じゃあオマエの腕の傷は何だよ。オマエの魂、その体に拒まれてるんじゃねぇのか? だからそうやって、自分を消そうとしてるんだろ」

 ツガルは応えない。

「オレもソニアを演じるのは楽しいよ。すげぇ気に入ってるよ。でもさ、このままでいてオマエが消えちまうぐらいなら、もう終わりにしようぜ。元に戻って……」

「……イヤ、です」

 頑なに、ツガルは視線を逸らす。ツガルの瞳の中からソニアが消える。

 しかし、ソニアの目にはしっかりとツガルの姿が写っている。

「何度も言わせんなよ。オレは、オマエが好きだ! だから、消えないでくれ!」

 ハッとして、ツガルが再びソニアに向き直る。

 その瞳の中には、涙を流すソニアが写っていた。

 ツガルはソニアの手をほどき、代わりに涙ぐむソニアの顔を自分の胸に抱き寄せた。

 2人の話の決着はついたと察し、ガルフストリームはペンを置いて立ち上がった。

「よしよし、それじゃあまずは、いったいどうして2人が入れ替わってしまったのかを調べてみようか。君たち2人にとって都合の良い解決策も見つかるかもしれないし……ね」

 場所を変えよう、とガルフストリームは部屋の奥へ2人を導いた。

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