ep9-3
「ところでグスタフ、ガルフストリーム国の王立研究院ってのはここから近いのか?」
ソニアに噛みつかれた頭をさすりながら、ツガルはグスタフに訊ねる。
グスタフは応接室の窓際にツガルを手招きし、前方を指した。
グスタフの邸宅は広大な城壁の中でも小高い丘の上にあり、城下町の中央にそびえ立つ大きな建造物が見下ろせるようによく見えた。
例えて言うなら、それは白い箱だった。
ツガルがこれまで見た異国の城とは異なる、しかし大きな権威をしっかりと誇示する堅牢な建物であった。いくつもの白い箱が重なるように建つそれの頂上付近には、蛇が絡んだ下向きの剣をモチーフにした赤い紋章が記されている。
「あれがガルフストリームが誇る王立研究院であり、王の居城でもある。民は皆あれを『病魔殿』あるいは『白い魔城』と呼ぶ」
グスタフは誇らしげに語った。
マミヤ一行も窓際に立ち病魔殿を眺めるが、その異様なたたずまいに息を飲んでいる。
「さあ、皆様方。病魔殿への訪問は明日にして、長旅の疲れを我が館にて癒されてはいかがかな?」
グスタフが奥に控える従者に合図を送ると、メイドたちが次々に現れてマミヤ一行の荷物を運び、一行をそれぞれの客室に案内した。
グスタフが気を利かせたのか、はたまた元は自分がソニアと使うために用意したのか、ツガルとソニアにはピンク色のハートマークで鮮やかに彩られた2人用の部屋があてがわれた。
「夕飯には我が館の料理長が腕を振るったガルフストリーム国の郷土料理を用意している。楽しみに待っているが良い」
「ありがとう、グスタフ」
「ありがとうございます、グスタフさま」
尊大な態度だが丁寧に応対してくれるグスタフに、2人は揃って感謝する。
「ふん、勘違いするなよツガル。全てはソニア姫に我がガルフストリーム国の素晴らしさを知っていただく為だ。ククク、ハーッハッハッハ!」
高笑いを廊下に響かせながらグスタフは去っていった。
「……なんというか、グスタフさんって」
「あぁ。良いヤツなんだけどな……」
取り残された2人はグスタフを誉めることもしづらく、口ごもるのみであった。
「あ、ツガル。こっちにきてください。まるくて大きなベッドがありますわよ」
気を取り直してソニアは案内された部屋を探検し、いろいろと物珍しい物を見つけてはツガルを呼びつけた。
「ああ、なんかベッドの横に魔力回路があるな。ソニア、サイドテーブルに手を置いてごらん」
「……? こうですか?」
ソニアがベッド脇のテーブルに手をかざすと、ソニアから漏れた余剰魔力に反応してまるいベッドがゆっくりと回転し始めた。
「な、なんですの、これ~~っ!」
「やはり、回転ベッドの魔力回路だったか」
ベッドの上で慌てるソニアをツガルがうっとりと眺める。
ソニアはバランスを崩してベッドの周りのカーテンを掴んだ。
「ひえーっ!?」
「ベッドの周りは鏡張りか! なんという背徳的な!」
ツガルが感心して唸る。
そして、ふと思い出したようにあることを告げた。
「そういえば、思い出したぞ。かつて、魔王ガルフストリームの軍門にくだる前の元魔王ビンネンメーアのふたつ名を」
「はい?」
「その名も、愛欲の魔王ビンネンメーア」
「愛欲」
気まずい沈黙が2人の部屋に広がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます