ep5-4

 ソニアが自室に籠もるようになって一週間。

 婚約の期限となっていた満月の夜まで、後わずかというところ。

 王妃マリアもソニアのあまりの落ち込み様に気を遣い、ソニアの部屋を訪れる事はなかった。

 ソニアは薄着のまま窓際でクッションを抱えてぼんやり外を見ていた。食事もあまりとっていないのか、ツガルと旅をしていた頃よりも痩せて…いや、やつれていた。

 ふとソニアが城の中庭に視線を落とすと、どこから入り込んだのか小犬と少女が戯れているのが見えた。

 小犬は白いふわふわの小型犬で、ピョコピョコと跳ねるように走り回っている。

 少女の方は、赤と黒のハート形や菱形の刺繍が入った水色のエプロンドレスを着ている。髪はソニアのものより黄色味が強い金髪で、ウサギの耳のようにピンと立った白いリボンを付けていた。年頃はソニアより下ぐらいだろうか。思春期特有の中性的な色気のある顔立ちをしていた。

「あははっ、やめてよモツァレラ! くすぐったいってば!」

 犬に顔を舐められる少女の笑い声が、高さ5階のソニアの部屋にまで聞こえてくる。

 その天使のような愛らしさと微笑ましさに、ソニアはしばし心を奪われていた。

 と、ソニアの視線に気付いたのか少女がふいに振り返る。そしてソニアと目が合うと、少女はニカーッと無邪気で満面の笑みを浮かべた。

「ちょっと待っててね、モツァレラ」

 少女はエプロンのポケットから小さな紙の束を取り出し、左右の手の間をバラバラと舞わせる。それはまるでゲームカードをシャッフルするディーラーのようだった。

 そしてそのまま、手札を配るような滑らかな手捌きで少女はソニアに向かって高速回転するカードを投げた。

 魔力を帯びたカードは仄かに光の軌跡を描きながら、遠く離れたソニア目掛けて一直線に飛ぶ。

 驚いたソニアは咄嗟に窓枠の下に隠れた。

 刺客だろうか?

 ソニアは王族なのだ。いつでも暗殺の危険とは背中合わせなのかもしれない。

 ソニアは元の体の時に王族の護衛をしていたことを思い出す。

 ソニアは身を屈めながらベッドの脇にたどり着く。いざという時の為に枕の下に隠していた魔力回路事典を取り出し、攻撃に使えそうな回路の目印に貼った赤い付箋のページを適当に開く。

 開いた本に手をかざし、いつでも発動できるように身構えた。

 ……追撃は来ない。

 慎重に窓際に近付き外を覗き込むと。

「やは! はじめまして」

 先ほどの少女と目が合った。

 ソニアは驚きのあまり口をパクパクさせる他なかった。

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