終 そして、さくら咲く

 四月一日。

 オフィスの近くにある公園の桜は、今日に合わせるかのように満開になった。

「華やかになるわねえ」

 河野が一人の社員を見つめると、意味ありげに笑った。

 彼女の視線の先にいるのは、先ほど入社式を終えたばかりの新入社員、片桐さくらである。

「けいちゃん、顔が緩んでるわよ」

 姉が小突いてくるが、今日くらいは許して欲しいと思った。

 ――やっと、自分の力で、欲しいものを勝ち取ったのだから。

 あのあと、島田はさくらの作ったデザインを使って、受注を勝ち取ったのだ。そしてカタログに載せたデザインが好評で注文もひっきりなしとなり、人員の増員が必要になったため、晴れてさくらはSHIMADAの一員となった。

 そして、さくらの右手の薬指には、小さなリングがはめられている。あのあとすぐにやってきたクリスマスにプレゼントしたものだ。左手はまだあけておいて。そう予約すると、彼女は恥ずかしそうに、でも嬉しそうにつけてくれている。

 なんだか無敵な気分だった。力が湧き、もっともっと上を目指したくなってくる。

「さあて、営業行ってくるかな」

 島田はヘルメットを手に取り、デスクの上の眼鏡ケースを掴みかけ、手を引っ込める。

「あれ? 眼鏡そのままですか?」

 さくらが問いかけ、島田は「もういいんだ」と頷いた。

 もうフィルターは必要ない。島田には女性の心の声が聞こえることはない。

(ヤブ医者じゃあなかったのかもな)

 恋をしなさいと適当なアドバイスをくれた医者の顔を思い出して、島田は苦笑いをする。

 吹き込んだ清々しい風に誘われて窓を見ると、桜の枝がこちらに向かって手を伸ばしていた。五分咲きと言ったところか。膨らんだ蕾の先がほころび、微笑んでいるように見えた。

 満開が楽しみだ――島田はさくらを見つめて目を細める。



 《完》

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リケジョの取扱説明書 山本 風碧 @greenapple

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