21 他所にはない個性

「なぁ、〝島田〟の方、もう新人募集終わってたっけ」

 コンビニで買って来た弁当をデスクでかき込みながら島田は姉の真由美に尋ねた。上原はラーメンを食べに外に出ているので小さなオフィスには二人きり。家族ならではの気安い空気が流れている。

「ん? 島田? あー、あっちの島田ね」

 手作りの弁当――娘の弁当を作るついでに自分のも用意するらしい――を食べ終わった彼女は、食後の茶を飲みながら首を傾げると、逆に問いかけた。

「なんでそんなこと気になったわけ? あ……もしかして、さくらちゃん? なあに? けいちゃん、まだ回りくどいことしてるわけ?」

「……」

 さくらを食事に誘っていることは案外あっさりとばれていた。タイムカードを見れば歴然だから、それほど真剣に隠そうとも思っていなかったが、上原にばれると色々面倒なので一応彼には内緒にしてもらっている。

 姉は島田とさくらが未だ〝メシとも〟の関係を続けていることに呆れている。

『けいちゃん、押しが弱すぎるんじゃない? もたもたしてたら他に持ってかれちゃうよ? お姉ちゃんが手伝ってあげようか?』と事あるごとに馬鹿にするのだ。

 そういうのじゃない、と反論するのにももう疲れた。というか、最近はもうメシともではいたくないという気持ちがかなり膨らんでいる。

「で、どうなんだよ」

「終わってるに決まってるでしょ。春から募集かけてんだもの。まあまだ紹介って手はあるけど……でもあの子、コネ入社とか嫌がりそうじゃない?」

「だからこそ、なんか心配になる。誰か世話してやらないとマジで就職できそうにない」

 興味が無いことに興味がある振りさえできないのだ。正直は美徳だが、馬鹿正直では駄目だ。もう少し器用に立ち回ることを覚えないと。

「いっそここで雇ってあげられればいいけどね」

 心を読んだかのように彼女は言うが、島田はすぐに否定した。

「望まない職に就いてもしょうがない」

「楽しそうに働いてるじゃない」

「でも本命は〝生物〟だろ。あれだけ楽しそうに研究してるんだから」

「じゃあ、それこそ美装は畑違いでしょ」

「それでも、うちで働くよりは条件がいい。気が進まなくても、条件が良ければ頑張れることはある」

 力不足に思わず悔しさが顔に出ると、姉はやれやれといった調子で笑った。

「しょうがないわよ。うちはまだ立ち上げたばっかりなんだから」

 そう言いつつ帳簿を開くと、彼女は渋い顔になった。

「でも……もうちょっと売り上げが上がればねえ、社員に格上げもありだろうけど。それでもあっちほどいい条件にはならないわよねぇ。……あ、そうだ。この間の学園都市の件はどうなってるの?」

 島田は小さく首を横に振った。前回見せてもらった物件には結局断られた。ああいった完成間近のビルでは、すでに取引先が決まっていることが多いものだ。だが、同じ会社が設計中の似たような案件への足がかりは得られたから、手応えはあったと言っていい。見せてもらった内装を参考にいくつか案を作ってみたが、確かに客が言うように今の商品のラインナップでイメージにぴたりと合うものは無かった。

 天然木を多く使った内装は、子供用品の店舗や学習塾、一時保育所が入ることを考えてのことだと言う。

 新たに作ろうと上原に指示は出してみたものの、彼のデザインは洗練されているが、悪く言えば暖かみにかけるのだ。あと、シンプルであるからこそ、似たような商品が他社に作られやすい。他社と同じ土俵で勝負となると、新参でネームバリューも無いSHIMADAには不利だ。

「うちならではの商品がいるんだ。余所には無い個性的な商品が」

 唸るように言うと、姉も真面目な顔で頷いた。

「上原君も頑張ってるけど、やっぱり彼だけじゃ幅が出ないわよね……。新しいデザイナー雇うんなら片桐さんに辞めてもらうことになりそうだし。本末転倒ってヤツ? 頭痛いわね」

 そう言うと、彼女は「コーヒー買って来る」と社を出た。


 一人になり、島田は横目で空っぽのデスクを見やると密やかにため息をついた。今日、さくらは就職活動のため欠勤するらしい。奇しくも島田が外に出ている時に上原が電話を受けたので、どんな様子だったかは分からない。

「なんであんな事言っちまったんだろうな」

 衝撃を隠せないでいた顔が未だに瞼の裏に焼き付いていた。恥ずかしい――と彼女は自分の底の浅さを恥じていた。

 島田だって、特別意識が高かったわけでもない。まず就職活動自体縁が無い者が助言などおこがましい。

 それでもつい厳しいことを言ってしまったのは、いくら助けを差し伸べても、彼女が自分で足を踏み出さなければ、本当の意味で彼女を助けることにならないと思ったから。こればっかりは人がレールを敷いてやるわけにはいかないのだ。敷いてしまえば、島田と同じ道を行くことになってしまうから。

「もし、このまま辞めたりしたらどうしようかな」

 そういう子じゃないとはわかっているはずなのに、考えただけで気が滅入り、誰も居ないのをいいことに、デスクに突っ伏した。

 スマホのアドレス帳を開くと、未だかけたことの無い電話番号が並ぶ。メールなど文字での伝達が発達した今、電話というのは妙に敷居が高い。そしてふと、未だ彼女のメールアドレスさえ知らない自分に呆れた。これは姉に馬鹿にされてもしょうがない。

「……やっぱり、もう踏み出すべきだよなぁ」

 昨夜のことを思い出す。自らの過去をあんな風に気負わずに話せたのははじめてだった。恵まれているという自覚はあったから、選択肢のない辛さなど、羨む友には漏らすことはできなかった。甘えるなと言われるに決まっていたから。

 だけど、彼女なら、呆れずに普通に受け止めてくれるんじゃないかと思った。そしてそれは思ったとおりだった。

 さくらは、素の島田を認めてくれた。しかも、。それが、自分でも驚くほどに嬉しかった。

 バイトの上司と部下など、それこそ「辞めます」の言葉一つで終わってしまう関係だ。彼女がそう口にすれば、心地良いこの関係も終わってしまう。

 そして彼女がその言葉を口にする時期は意外に近い。考えたとたん、すさまじい焦燥感が湧き上がる。その原因が何かは、小学生でもわかると島田は思った。

 春まであと四ヶ月ほど。

「あ」

 春――という言葉に触発され、島田はおもむろにデスクの引き出しを漁った。



 *



「あれ? さくら何見てんの?」

 昼時を過ぎ、人のまばらになった学食で昼食を食べながらさくらが情報誌を見つめていると、後ろから声がかかった。藤沢だ。

 このところ、皆それぞれに忙しくて昼食もバラバラになることが多いのだ。

 彼女の手のトレイには唐揚げカレーとクリームの乗ったコーヒーゼリー。ストレスでヤケ食いかもしれない。ちなみに今日のさくらの昼食はきつねうどんと持参したおにぎりだ。

「んーと、就職活動」

「でも、それバイトの情報誌じゃない?」

「それがさ、たまーに正社員募集もあるんだって」

 さくらはチェックしていた情報を指さす。八分割されたページの片隅に控えめな社員募集の文字が掲載されている。給与の少なさに藤沢は目を細めた。

「これなら、学生課のほうがいいの無い?」

「条件はね。でも職種が揃わないから」

「職種?」

「どうせならデザインとかクリエーター系やりたいなあって考え直して、方向転換中」

「そっかー。そうだね、どうせなら少しでも好きなことやった方がいいもんね」

 藤沢の理解が早いのは、さくらの選択は、学科の人間であるならばよくあることだからだ。

 理系で、しかも女子だと大卒で卒業して希望どおりの職種に就ける人間はほとんどいないから、皆妥協して自分の希望に少しでも近い条件で職業を探す。広瀬はいい例だ。彼女はプログラムの講義が楽しかったからという理由で、卒業研究とは何も関係ないソフトウェア会社にプログラマーとして就職する。

「じゃあ、今のバイト先じゃだめなん?」

「バイトでいいなら雇ってもらえるかもしれないけど、さすがに日給三千円切ると生きていけないし、健康保険も年金もないし。だから給料安くてもいいから、初心者オッケーで、社員で雇ってくれるとこ探してる。社会保険さえ付けばなんとかなると思う」

 学科の人間はどちらかと言うと条件で職を選ぶ。給料が高かったり、手当がたくさんついたり。あえて逆行するさくらに藤沢は「なんかさくららしいね」と苦笑いをした。

「もしかして島田さんの影響?」

 藤沢の目元が優しい。さくらが何か吹っ切れたのが分かったのかもしれない。

「まあねー。どこでもいいって手当たり次第受けるのは、熱意が無いのの裏返しだって言われた。甘えてるの見抜かれて恥ずかしかった。だからもうちょっと絞って頑張ろうって思ってさ」

「……なにー?」

 目を見開いていた藤沢の目が、いつの間にか三日月みたいになっている。

「なんだよ、にやにやして気持ち悪い」

「だってさ、なんかようやくいい感じだなって」

 あー、なんか懐かしいと言いながらうっふっふと気味悪く笑われる。さくらは話が恋愛話に逸れるのを避けようと、慌ててきつねうどんをすすった。

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