12 強力なライバル

 省エネ――省エネルギー。現代では声高に叫ばれている言葉だ。

 なぜエネルギーを蓄えるのか? 貴重な資源を大切に? 地球に優しく? いや、単に、肝心な時に使えないと困るからだと、さくらは思う。エネルギーというのは使うためにある。使わないのではない。それは宝の持ち腐れだ。

 無駄を抑えて、必要なところに回すのだ。夏の電力事情と同じくして、さくらのエネルギーは今無駄に使えない。昨日の突撃のようなことがあると一気に消耗して体力も気力もゼロになってしまうから。

 そんなことを考えつつ研究室に戻っていると、急にお腹が空いて来た気がする。

「あー、お腹空いちゃった」

 思わず口から出た言葉に藤沢が呆れる。

「たった今食べたばっかりだよね?」

「怒りであっという間に消化しちゃって」

 藤沢は思い出したようにぷっと吹き出す。

「さくら、珍しく燃えたもんね。ほんと、さっきのミサちゃんの顔、すごかったー。さくらの本性知らずに喧嘩売っちゃうんだもんなあ。いい見物だった」

「お、じゃあ、観覧料取ろうかな。それで腹を満たそう」

「なんだと。なら、さっきの冷や奴を返せ」

 目を吊り上げる藤沢を笑ってごまかしながら足を急がせる。だがよく考えると耳に届く足音が足りない。

「……そういや、今日、広瀬は?」

「ん? ああ、今日はデートらしいけど。水やり頼まれたよ」

 ああ、例のロリコンの彼氏か――さすがにそう口にはしないものの、羨望は口から溢れ出た。

「リア充だねえ、羨ましいなあ」

 デートがではない。休日にそうやって心安らかで幸せなひとときを過ごせるのが羨ましいのだ。

 広瀬も藤沢も彼氏持ち。そして、広瀬は既にソフトウェア開発会社に内定をもらい、藤沢は九大大学院への進学が決まっている。単位も順調に取得し、卒業研究を無事に終えれば、前途洋々の未来が開けている。

 彼氏無し、内定無しのさくらとは大違いだが、この結果は彼女たちの才能と、努力の賜物だ。嫉妬できるほどさくらは熱心に活動していないのだし、羨む資格などない。

 藤沢は、ここぞとばかりににやりと笑った。

「後に続けばいいんだよ。だーかーらー、島田さんは?」

 どうやら詳しく話すまで解放は望めない。さくらはやれやれと口を割る。

「うーん……」少し考えて「なんか、仕事の鬼だったなあ」そう評する。

 かくかくしかじかと仕事モードの島田の様子を語ると、藤沢は感心したような声をあげた。

「へぇ、面白そう。傍から見てる分には」

「うん、見てる分には面白かったけど」

 傍観者だった昨日は、単に仕事ができそうな人だなあと見ているだけだったが、怒られっぱなしの上原からするとたまったものではないだろう。

 ディスプレイに映っていた洗練されたデザインを思い出す。

(あれでもあれだけ怒られるんだからなあ……)

 上原以上に仕事のできない、それどころか初心者も同然なのだ。どういうことになるか想像は容易い。

『島田サンが冷たくするからすぐ辞めちゃうんじゃないっすか!』

 上原の言葉が胸にずしんと重くのしかかった。仕事を辞めるほどの冷たさとは一体どういうものだろう。武者震いをしてさくらは言う。

「ミサちゃんは落ちて正解だったと思うよ、多分」

 オフィス系のソフトを制覇している彼女ならば、別口の割のいい仕事バイトがたくさんあるに違いない。

 そこまで考えて、ふと小さな違和感に襲われる。

「あれ? そういえば、ミサちゃん、小さなオフィスって知ってもまだあそこで仕事したかったんだ……?」

 そうでなければ、さくら相手に喧嘩など売らないだろう。

 求人情報を見たと言っていた。ならば従業員3名という規模の小ささも知っていたはずだ。

 首を傾げると、藤沢が何々? と興味を持つ。小さなオフィスの詳細説明をすると、彼女も不可解そうに首をひねった。

「ってことは島田さん狙いかー? 早速、恋敵ライバル出現じゃん!」

「ライバルって、勝手に人の恋愛をねつ造するなよ」

 面白がる藤沢に苦笑いしながらも、さくらはミサちゃんの思考をトレースしようとした。

(『副社長! うそ! 素敵!』……って、ないわー)

 無理が祟った。キラキラの思考に一気に消耗したさくらは、すぐにトレースをやめ、いつも通りに理詰めで考えることにする。

 例え副社長だとしても三人の社員で回す小さなデザイン会社の役員。そこまで熱心に狙うほどの男だろうか?

 もし島田に惚れたと言っても、出会って数日でそこまで熱を上げるとは考え難い。外見を思い出してみても、申し訳ないが、一目惚れの要素がまったく見つからない。

 一目惚れじゃなければ……と考えて、さくらは思い出す。彼は、名前の由来を聞いて笑わなかった。多分、それは、はじめてのことだ。

『いい名前だな』

 声が蘇ったとたん、きゅっと胸がきしんだ。あれ? と思いつつさくらは胸を抑える。

「さくら? どうかした?」

 藤沢が覗きこみ、さくらは慌てて首を横に振った。頭の中から島田を追い出すと、すぐに話題をミサちゃんに戻してごまかす。

「大体、あの時は、水野氏のほうがお似合いに見えたけどなあ……」

 素直な感想を漏らすと、藤沢がニヤニヤした。

「水野さん、エリートで、金持ちで、背も高くて。絵に描いたようなイケメンだったもんね」

「うん。普通はあれを選ぶはず。あの中で一番いけてた」

 続く島田と田中がどんぐりの背比べと言ったところか。田中氏の彼女の藤沢には悪いが、女子というものは、学歴に始まり、勤務先、背に、顔。わかりやすいものからランクを付けて行くものだ。それはもう容赦なく。だがそれは、以前島田にも語ったが、生き物としての本能なのだ。遺伝子が己を後世に伝えるために、人間を操っているのだ。

(でもなあ)

 ランクの高い男を手に入れたとして。それは本当に人としての幸せに繋がるのだろうか。

 幸せそうなニヤニヤ笑いを続行している藤沢を見ていると、わからなくなるのだった。




 食堂から一歩外へ出ると、そこは別世界だった。真上にある太陽はギラギラと輝き、色だけが濃い木陰はほとんど見当たらない。焼けた白いコンクリートは太陽を反射して目に痛い。立ち上る陽炎は触れるだけで火傷しそうだ。溢れる凶悪な紫外線から肌を守るには、走るのが一番のようだった。

 急ぎ足で研究室のある棟へと向かうさくらを熱風が追いかけ頬を撫でて行く。

「ちょっと! 置いてくなよー!」

 藤沢のハイヒールもさくらの後を追う。カツカツという音に思い出されるものがあった。

 もう一人の島田に熱を上げていそうな人物。年齢不詳だが誰もが認める美人で、しかも社長で、島田を気安く『けいちゃん』と呼ぶ女性。ライバルというならば、彼女の方がよっぽど強敵……

 そこまで考えて、さくらははたと立ち止まった。

(って、ライバルって何!? ……藤沢の思考が移ってるし!)

 この間の夢からどうも調子が狂っている気がする。

「……うわぁ……」

 思わず低く唸ると、さくらはサンダルで残りの行程を全力疾走した。

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