10 母の弁当

「なんね、あんた、妙に洒落た恰好しとうやないね」

 コンビニで待ち合わせていた母、早百合さゆりの第一声はそれだった。疑いの眼をじろりと向けられてさくらは笑って誤摩化す。

「そりゃ、面接やけんね。当たり前やろ」

「そんなもんね。とかいって、本当はデートやないとね? 化粧までして、なんか気合い入っとらんね?」

「違うって」

 これだからおしゃれはできないとさくらはうんざりした。明日からはまた適度によれた恰好をしなければ。母が安心するように。

(でも……なんかやだな)

 せっかく手に入れた新しい職場にはよれたジーンズも、安物のサンダルも似合わない。あの巨体の上原でさえ、この暑いのにスーツを着ていたのだ。

「ほんとかねえ」

 覗き込まれて、さくらはすぐに話題をそらす。

「それよりご飯は? 買ってく?」

「弁当作って来たんよ。どうせろくなもの食べてなかろ」

「うん、まあね。貧乏やし」

「きついんなら、はよう帰ってきんしゃい」

「まあそのうちね」

 口癖のようなその台詞をさくらはさらりと流す。決して『うん』とは頷かないのを母は知っているのだろうか。


 二人並んでボロアパートに辿り着く。鍵を開ける前に「今日は散らかっとるよ」とひと言断った。ファッションショーの残骸はそのままだ。だが、多分その方が安心するだろうとさくらは計算している。

「はー、掃除くらい、ちゃんとせんと」

 母は呆れつつも予想どおり満足そうだ。そうしていつも通りにチェックを入れて行く。

「トイレ借りるけんね」

「いいよ」

 トイレはユニットバスに備え付けられている。

 今、母は洗面台を確認し、便座を確認しているのだろう。今は隠すものは何も無いのだが、母が何を探しているのかは何回目か知らない突撃の結果何となく予想がつくようになった。男が居たという形跡だろう。

 トイレのチェックを終えた母は、次に洋服の山を畳みながらさりげなくベッドの下を覗き込む。隠しているものが無いかと余念がない。

 娘をまったく信用していないこの行動には、もの申すべきかもしれない。

 だが、一度怒ったら、『やましいことがあるんね』と逆ギレされたので、面倒で放っている。本気で何も出て来ないのだから、怒る労力が無駄だ。

 服をクローゼットに仕舞うと、さくらは母が持って来た弁当をテーブルに広げる。箸を台所に取りに行き、冷蔵庫の水だし麦茶をグラスに注ぐ。

 弁当は重箱入りだった。一段目には卵焼きに唐揚げ、ハンバーグ。子供が好みそうなメニューがたくさん詰まっている。しかし、二段目にはひじきの煮物に、切り干し大根の煮物、ほうれん草のおひたしに家庭菜園のミニトマト。野菜もしっかり入っている。全て手作り。懐かしい味だった。

 大きなおにぎりが四つ。具はさくらの好きなシャケと明太子、おかかに辛子高菜だ。

(もうこんなにたくさん、一人じゃ食べきれんよ)

 この弁当の量はさくらが中学の食べ盛りの時の量だった。あの時からさくらは成長を許されなくなってしまったのだろうか。

 母はニコニコしながらさくらが弁当を食べるのを見つめている。

「おいしかろ。どんどん食べんしゃい」

「うん。ありがと。お母さんは食べんと?」

「家でお父さんと食べて来たんよ」

「ふうん」

 さくらは笑顔を貼付けてひたすら弁当を食べた。

 お腹は空いているし、愛情の詰まった弁当は嬉しい。だけど母の愛情の分だけ胃が重くなる。

(私、ずっと子供のままじゃいられんのよ)

 さくらはおにぎりを噛み締めながら、心の中で訴える。


(いつかは離れて行くんよ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます