3 花より団子

 そうして合コンのある水曜日は瞬く間にやってきた。なぜ水曜なのだろうと思っていたが、その日は定時で仕事が終わる企業が多いらしい。相手の仕事に合わせた日程なのだ。

 さくらは研究室のあるじ、桑原教授に実験を早めに切り上げると報告した。

 教授は五十代後半の中肉中背の男性で、穏やかな人格の持ち主だ。熱心な指導をしてくれるため、学生に慕われている。もちろんさくらもこの教授が好きだった。気安く何でも話せて、こんな父親が居ればなあと、教授の娘さんを羨ましく思う。男の色気が全くないのが、女学生の安心を誘うのだとさくらは解析している。

「珍しいね。なにか用事でもあるのかな? バイト?」

 さくらが明るいうちに帰るのは珍しい。

「えーと、バイトはクビになってしまって」

 バイトの失業と就職が無しになったことを簡単に告げると、

「まだ時間はあるから、頑張りなさい。学生課からも求人まだ出てるし、諦めるのは早いよ」

「はい。頑張ります。で、あの、今日は憂さ晴らししたいので。あ、今日の分のデータは取ってます」

「わかった。いつも頑張ってるからね、今日くらいは大丈夫。行っておいで――って憂さ晴らしってどこに?」

「合コンです」

「え、片桐さん、そういうの興味あったの!?」

 教授はとたん目を剥いた。心なしか少し嬉しそうだ。だが、さくらは静かに首を横に振ると、華やかな誤解を解いておく。

「花より団子、〝みどりん〟より夕食なのです」

 すると教授は妙な顔をして黙り込んだ。



 噴水の音が涼しく聞こえる夕暮れ。だが実際は昼間の熱がまだそこら中に残っている。さくらといえば、精一杯装って、ブルーのアンサンブルに紺色のスカートという無難な出で立ちだ。Tシャツに慣れているせいか、何枚も着ていられないと思う。しかも久々のフルメイクは、毛穴を塞ぎ、不快指数を確実に上げている。

 警固けご公園は、待ち合わせ場所としては定番だ。そのベンチにさくらと藤沢は並んで座っていた。残りの一人が揃うのを待っているのだ。

「フジサワサン、話がちがわないか?」

 目の前に並んだ三人の男から目を逸らしながら、さくらは藤沢に訴えた。

「何が?」

「なんで三対三とか少ないわけ。もっと大人数のを想像してた。一年の時とだいぶ違うと思うけど」

「分かってないなー。今の主流は少人数の合コンよ。ほら婚活とかお見合いパーティーとか流行ってるし、多くの人との出会いを求める大人はそっちに流れるんだよ。合コンに来る層は、少人数で親睦を深めるのを目的としてるわけ。広く浅くじゃなくて、狭く深くってわけよ」

 力説する藤沢にさくらは不安になる。

「餌に釣られただけで、親睦深めるつもりは毛頭ないんだけど」

「甘いなー」

 藤沢はにやりと笑う。

「『合コン』で飲食の対価っていったら、可愛い笑顔とトークじゃん。自腹切るんなら必要ないけどさー。今回はおごりな訳だから、しっかり働くべきなのだよ、キミ」

「笑顔とトーク」

 さくらが苦手とする最たるものだ。人見知りというわけではないけれど、興味が無い話題に適当な相槌などが打てないし、面白くない会話では笑えない。さらには論理の穴にツッコミを入れて機嫌を損ねることも多々ある。――つまりは可愛くないのだ。

「そういうことでしたら、お暇させていただきますー」

 回れ右をしようとしたら、首根っこを掴まれた。

「だめだって。こっちのメンバーではさくらが目玉なんだから」

「いや無理。会費払えって言われるのがオチ」

「大丈夫だって。っていうか、せっかくの機会だからモノにして欲しいんだけど」

 藤沢が、恋より〝みどりん〟と豪語しているさくらにそんなことを言うのは珍しい。にわかに藤沢推しの男に興味が湧いた。

 目につくのは背の高い男だ。顔立ちはすっきり整っているが、自分でもイケメンだと自覚している様子。スーツはおそらくブランドものだろうか。袖から覗く高そうな時計と、茶色い髪がチャラい印象に拍車をかけている。

「藤沢。あれは別世界の生き物だ。〝しゅ〟も違うかも」

 渋い顔をするさくらに、

「ちがうよ。私が言ってるのは、あっちのひと」

 藤沢が左端の男をちらりと見た。

 黒縁の分厚い眼鏡をかけている男の人。少しだけ幼さを感じるのは、スーツがあまり似合っていなくて野暮ったいから。下手すると学生で通用すると思う。

 背はどうやら165センチのさくらより高い。しかし三人の男の中では一番低いかもしれない。藤沢の彼氏が二番目に高く、彼が175だと聞いたことがあるから、170センチ強だろうか。つまり中肉中背で、目立たない。もっと言うと、地味だった。

 男は上着を脱いでいて、半袖のワイシャツは何の偶然かさくらのアンサンブルと同色の空色だ。良く見るとスーツも紺色。

(ペアルックか!)

 自分で突っ込んで気まずくなる。

「ちょっと地味だけど……」藤沢はそれが少々気に食わないようで、変だなあ、イケメンって聞いてたんだけど、と鼻にシワを寄せている。「でも彼氏のイチオシらしいんだよね。私もさくらがイチオシだけど」

「ねー、持ち上げても何もでないよー。貧乏だし」

「本気だって。って何回言えばいいかなあ。あんたは変わってるけど、いい子だよ」

 藤沢はムッとしながらも言い張った。彼女は時折こうやってさくらを持ち上げてくれるが、過大評価だと思う。

「でも……興味ないよ、私。忙しくてそんな暇ないし。彼氏作る暇あったら〝みどりん〟と戯れるし」

 苦笑いしながらいつもどおりに宣言すると、藤沢が神妙な顔を作る。

「確かにさくらが言う通り、学生の本分は学業だろうけどさ、今しかできない事だってたくさんあるよ。この四年間って、勉強するだけのためにある時間じゃない。自分が何をしたいのか、見つける最後のチャンス。中学は高校入試のため、高校までは大学入試のために皆と同じ物を詰め込まれて来たじゃん? 社会に出たらまた会社の型にはめられる。だから選択肢がある今は何にでも手を伸ばすべき、って、彼氏の受け売りなんだけどね」

 少し照れたように笑う藤沢。さくらは右端の男――藤沢の彼氏を見た。田中忠たなかただしという名の男は、既に社会に出て四年目の二十六歳だ。眉がしっかりした人の良さそうな顔。目が細く一般的なイケメンからは外れている。だがとてもとても堅実で真面目そうなのだ。

 最初こそ驚いたものの、藤沢の人となりを知るにつれ、お似合いだなあと思えるようになった。纏っている空気が似ているのだ。

 藤沢の言葉から、彼女がとてもいい恋をしているのが分かって、さくらはなんだか羨ましくなる。

 ペアルックの男に視線を移すと、藤沢がさも大事なことのように囁いた。

「九州大学の経済学部出身だよ」

九大きゅうだい? 彼氏の職場の人じゃないんだ」

 旧帝国大学である九州大学は、福岡で――いや九州で一番偏差値の高い国立大だ。ちなみに、さくらが第一志望にしていて、落ちたところ。

 九大の農学部で砂漠の緑地化について研究することが高校時代の夢だった。幼い頃から思い描いていた夢を諦めた時に、次にしたいことというのがそれだったのだ。

 夢破れ、第二志望の大学に収まり、せめて《第二志望の夢》をなんとか叶えたくて、生物系の研究室で末端の研究を担っている。《第一志望の夢》――子供の頃からの夢を叶えて職に就いている人間なんて、実のところそんなにいないのではないか。さくらはそう思う。

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