第75話ハーレムのヘイト管理が下手だとぼろ雑巾ができます

「ふー。運動の後の一杯は格別です」


 達成感を漂わせたニーナとニースは汗を拭うと水を飲む。

 そして床に転がされて気絶しているロック。異様な光景だ。


 仮にも魔王がこんな状態で放置されて良いのだろうか?

 僕は先程までは差し違える覚悟でいたのだ。三人に告白をして自分を奮い立たせて死亡フラグを自ら踏み抜いて自身を背水の陣へと追い込んで。


 それだというのに敵対すべき魔王ロックは彼の味方と思われる二人の少女によって地を舐めさせられているのだ。


「それで。藤堂さん達はどうしてこちらに?」


 ここは迂闊に答えられない。何せこの二人は転生者であり魔王の側近。ここで本当の目的を放すと戦闘になるかもしれないのだ。


 いざとなったら仕方ないが、避けられる戦闘は避けるべきだろう。


 だが、そんな僕の考えに対して空気が読めない奴が存在した。


「私達は魔王をたお――――ムグッ」


 危ない所である。チャンスをピンチに変える事に定評があるエレーヌ。僕はニーナの質問が出た段階で彼女の位置を探っていた。

 そして言葉を発すると同時に高速で動くと余計な言葉を言わないように背後から口を塞ぐ。


 距離にしてニーナには聞こえていないだろう。だが――。


 ひそひそとニースがニーナに耳打ちをすると。


「今そちらの人が魔王がどうとか言っていた。おねえちゃんがそう言ってますよ?」


 アサシンとしての能力なのか。元々地獄耳なのかニースが聞いていたようだ。

 僕はエレーヌをぎゅっと強く抱きしめると。


「聞き間違いだ」


 とにかく強気で返事をする。エレーヌがジタバタともがいているが無視する。


「ええ……でも確かに……」


「この子の挨拶は「マオータオー」なんだよ。だから気にしなくていい」


 強引な言葉にニースは顎に手をやって考え込むと可哀そうな子に同情する目でエレーヌを見る。察してくれたようで危機は乗り越えた。


「ヌゥゥゥゥゥ!?」


 エレーヌが何やら悲し気な叫び声を上げているようだがどうしたのか? まさか自分の迂闊な言動に今更気付いて嘆いているのか?


「そんな事よりロックを随分と痛めつけてたけどどうしたんだ?」


 もしかして仲間割れだろうか。転生者同士が一枚岩では無く、この機会にロックを打ち取ろうと戦闘をしている最中に僕らが乱入した。

 それならば力を貸せば後腐れなく魔王を葬れるので願ったりなのだが…………。


「大したことはありません。いつも通りに折檻しただけですから」


 彼女らの攻撃に対してロックは無抵抗だった事からそれは無いと思っていた。

 恐らくだが、これは罰を与えられていたのだろう。勝手にロストアイランドに失踪して発見された罰。昨晩勝手に抜け出して僕と会っていた罰。


「なんでそんな事を?」


 僕は自分の推測が当たっていると知りつつも聞く。彼女らの力関係がどうなっているのか探るきっかけにもなるからだ。

 だが、それは藪蛇だった。次の瞬間背筋が凍る程の笑みをニーナは浮かべると――。


「私達に対して言ってはいけない事を口にしたからですよ」


「ひっ!?」


 怯える声が漏れる。エレーヌの口は塞いでいるのでシンシアか。もしくは亜理紗か。認識できていないがもしかすると僕の声だったのかもしれない。


 それは圧倒的強者を目の当たりにした死の恐怖ではない。


 そう言った恐怖であれば僕は先日の内に乗り越えてきた。愛しき人達の存在を認識する事で決して折れぬ心を手に入れたのだ。


 これはそう言った種類の恐怖では無く――。


「私達に何処の馬の骨とも知れない男に嫁ぐように言ったんです。酷いと思いませんか? そもそもロックはいつもそうなんです。私達を幼少の頃から保護して宝物のように扱ってロックなしでは生きられない身体にしておいて。私達の気持ちに気付いているのに他の女に色目なんて使うし。ええ勿論その女は物理的に排除しましたよ。それからロックの側近を男で固めるようにして私かニースが常に傍で監視するようにして。寝る時も食事の時もお風呂の時も一緒するようになって。本人は照れているんで嫌がる素振りをして見せるけど本当に嫌なら振り払う筈なんです。だから今回の件も私達の気持ちを試す嘘だと直ぐわかりましたし。もし本気で言っているようならロックと相手を殺して私達も死ななければならないですから。私達の最上の幸福はロックと共に生きてロックと共に死ぬ事なのでそれも案外悪く無いかもしれません。死ぬことで私達とロックの愛は永遠になり私達は永遠にロックの物になりロックは永遠に私達の物になる。三人だけの完全な世界になれるのならそれはそれで悪く無いと思うのです」


 目に狂気が宿っている。ニースはニーナの息をつかせぬ言葉にウンウンと頷いている。


 圧倒された僕はこの場から逃げ出したかった。先日の件がバレた場合、殺されるのはロックだけではないのだから。

 これが元の世界でも見たことが無かった【ヤンデレ】という属性なのか。ファンタジーの世界でなまじ実行する力を有していると本気で恐ろしさを感じる。


 亜理紗やシンシアも同感だったのかドン引きしているなか。


「うにゅっ!」


 力が弱まってエレーヌが抜け出した。そしてニーナへと詰め寄る。


「それ本当に酷いよっ! 絶対に許せない」


 ニーナの手を取るエレーヌ。シンパシーを感じたのか同意して見せる。これに同意するなんて告白している身として嫌なんだけど……。


 分かり合う女子達を尻目にエレーヌとの今後の距離の置き方について考えていると。


「それで。こちらには何をしに?」


 ニーナが話を蒸し返してきた。


「えっと…………」


 正直に言うと不味い。シンシアや亜理紗は大丈夫だが、エレーヌがあっちに寝返る可能性が出てきてしまった。想定外の事態に余裕が無くなっていると。


「一緒にギルド証を受け取りに行こうと思って誘いに来たんですよ」


「えっ?」


 そっちを見ると亜理紗がしれっと言っていた。


「そうでしたか。わざわざ来てくれたのに待たせてすいません。お姉ちゃんすぐに準備しなきゃ」


 そういってニーナとニースは準備を始める。助かった……。


 僕は胸を撫でおろしていると亜理紗が寄ってきて。


「直哉君。後で事情聴くからね」


 肩に手を置いて強く握る。

 恐らくニーナが言った言葉の意味を正確にとらえているのだろう。二人を嫁にという話については意図的に伏せていたから。


 僕は彼女たちが戻ってくるまでの間に納得する言い訳を考える必要に迫られるのだった。

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