第62話お金持ちが多い訳

 古代文明の滅びにより、人類は大きな後退を余儀なくされた。


 魔力により空を駆る飛行船。


 大規模な魔法陣で一度に多数の人間を転移させるゲートの魔法陣。


 魔力の核を使用することにより、上級モンスターも寄せ付けない防護結界を張る事が出来る結界装置。


 それらは文明が滅ぶと共に製作出来るものは居なくなった。


 そんな古代文明の遺物は世界各地に生成されるダンジョンより出土される事になる。


 曰く。


 ダンジョンとは古代文明の人類が残した後世への試練である。


 曰く。


 ダンジョンとは古代文明の有力者が残した財産を保管する倉庫のようなものである。


 曰く。


 ダンジョンとは世界を循環している魔力が寄り集まって形を成したある種のモンスターである。



 いずれが真実かは判らない。


 一つだけ言えるのは放っておいてもダンジョンは生成されるし、黙っていても人類はダンジョンへと挑む。


 そして、ダンジョンはその報酬に輝かんばかりのお宝を用意して人々を罠へと誘うという事だ。


 僕らが目指したロストアイランド。


 そこには古代文明の遺物が多く残り、そして今もなお人類は挑戦を続けている。それがまるで先代文明への挑戦だとでも言うかのように。



 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・


「と言う訳で。僕らは今ロストアイランドへと来ているわけだ」


「何処に向かって話しかけてるの。直哉君」


 長かった船旅のストレスも手伝ってか大地に降り立った僕は気分高揚で大地を踏みしめていた。


「船酔い。いいの? です」


 やっぱり大地は良いね。船の上のふわふわとした感触とは大違いだ。どっしりと構えてくれているし。


「弱ってたトード君にもっと構いたかったよ」


 船上では気持ち悪いと感じた潮の香りもこうしていると清清しく感じるから不思議だ。


「船酔いするなんて情けないです。また膝枕でもして差し上げますか?」


「煩い! 黙れ!」


 散々無視してきた僕だったが、最後のステラの言葉だけは許せなかった。


「大体君が魅了の能力なんて持ってるからこっちがエリクシール飲めなかったんだ」


 本来なら僕の手にはエリクシールがある。これは万能薬と呼ばれている存在なので当然船酔いにも効果はある。


 だが、飲んでから半日は効果があるのだが、それを超えると切れてしまう。そしてエリクシールには飲んでから消化しきるまでの待期時間が存在する。


 こればかりは万能薬を持ってしても解消できない副作用という奴だ。お陰で僕は待期時間に魅了を掛けられる事を警戒していたのでエリクシールを飲むことが出来なかった。


「その分。甲斐甲斐しく世話をしたじゃないですか。私だって他の方と同じように豪華客船を見て回りたかったんですよ?」


 そう言って悪びれもせずに返される。


「まあまあ良いじゃないの。折角の豪華な船旅だったんだからさ。次に乗るときは私が酔い止め作って上げるから」


 散々堪能しておいてその発言。僕はエレーヌの頬を両手で引っ張った。


「それはそうとして意外にお金持ちが多いんすね」


 亜理紗は不思議そうに言った。それについては無理も無い。僕が説明をしようとすると…………。


「それはですね。ここロストアイランドが古代遺物の。神器の名産地だからなんですよ」


 ステラが横から説明をはじめた。


「それってどういう事なんですか。ステラさん」


「美月さんは一年にどれだけのダンジョンが生成されて攻略されているかご存知でしょうか?」


「うーん。私達も潜った事あるけど、結構な難易度だったし…………50ぐらいかな?」


 亜理紗の答えにステラは首を横に振ると。


「およそ200。それが公式に発表されているダンジョンの攻略数になります」


「そんなになんだっ!?」


 驚く亜理紗をよそにステラは続けた。


「そしてその6割がロストアイランドでの攻略になります」


 つまり。実質的にダンジョンビジネスのシェアの半分以上がこの島から産出されているのだ。


「ダンジョンを攻略すると最低でも一つの上級装備がドロップされてダンジョンコアが取り出せます。ご存知でしたか?」


 亜理紗は首を縦に振る。


 この辺は僕と一緒にダンジョンを制覇している。その際にシルフィードという弓をドロップしたし、ダンジョンコアも手に入っている。


「その際に神器がドロップされる可能性があります。これは公式には公開されていない情報なのですが、神器がドロップされる確率はおよそ0.1%とされています」


 1000回に1回。つまり。およそ5年に1度は神器がドロップされているわけだ。


「すごく。低い。です」


 シンシアが鈴のような声を漏らす。


 それにしてもステラは色々知っているんだな。


「ダンジョンコアについては? 何か知っているか?」


 僕の質問に対して彼女は…………。


「ダンジョンコア。ダンジョンを生成している元となる存在で、膨大なエネルギーを備えた物質。ですが、現在の研究ではそのエネルギーを現代文明が解析して使用できたという例はありません」


 なるほど。そこまでしか解っていないのか…………。僕はステラの情報力を低めに評価すると。


「ですが、ダンジョンコアはこの世界の有力者達がこぞって欲しがって居ます。そしてその手の有力者達はダンジョンコアの事を別な呼び名で呼ぶのです。そう――」


 そこでステラは僕を見るとこういった。


「「魔力の核」と」


 知っていたのか。


「魔力の核って何?」


「魔力の核とはこの世界に残る古代文明の利器を起動する為の装置なのです」


「それって…………簡単に手に入らない物なんじゃ?」


 その質問にステラは頷くと。


「ええ。例えばキリマン聖国に張られている防護結界。それを張るための装置が文明の利器に相当します。これは上級モンスターの進行を食い止める程に強力です。全部で20ある建物に存在する装置に魔力の核を配置して起動することが出来、起動している間はモンスターは入り込むことが出来ません」


「それはおかしいんじゃないかな?」


 ステラの言葉に矛盾を見つけた亜理紗は疑問を口にする。


「何がでしょうか?」


「だって。スタンピードの時に聖国は防護結界を張らなかったんだよ? もしその話が本当なら冒険者を集めて戦う必要無かったんじゃない?」


 物事の一面を見るとそう考えてもおかしくない。だが…………。


「それは違いますね。たとえモンスターを防げたとしてもモンスターが死ぬわけではありません。起きてしまったからにはどちらにせよ討伐しなければならないのです」


 そして防護結界で受け止めた分。魔力の核の寿命は確実に縮んでしまう。有権者達はそれを嫌って冒険者を戦わせたのだろう。

 それに関してはこの場で口にするのは雰囲気が悪くなるので黙っている。ステラも同じ考えなのだろう。


「だからこそ魔王はキリマンを攻めるのを控えていたともいえます。だって、スタンピードで消耗させた所で防護結界を出されたらどうしようもないのですから」


 なるほど。詳しいとは思ったが、恐らくは四天王経由で魔王軍の情報を得ていたからか。これは中々侮れない相手だ。


「最初の質問に戻りますね。何故、お金持ちが多いのか。エレーヌさんわかりますか?」


「ふぇっ! えっと…………わかんにゃい」


 突然話を振られてうろたえるエレーヌ。少しは考えろよ。

 だが、シンシアが姿勢を正して真っ直ぐに手を伸ばす。正解を知っていて答えたくてたまらない子供のようだ。


「シンシアさん。どうぞ」


「神器。でる。です。売ればお金になる。です。裕福になる。です」


 自信満々に言い切った。ドヤ顔で僕をみる。可愛いので後で撫で回す事にしよう。


「それだけですか?」


「あぅ。です」


 ステラの辛辣な問いかけに妙な声を漏らす。


「もしかしてダンジョンコアでしょうか?」


 まあ、そこに至るよね。


「そうです。神器は出れば確かに億万長者になれるのが確定しています。ですが本当の目玉はむしろダンジョンコアにあります」


「それってそんなに高く売れるの?」


 エレーヌは復活したのか興味深々で質問すると。


「売れます。しかるべき場所にもって行けば物凄い価格で」


「それっていくらぐらいですか?」


 亜理紗も気になったのか質問すると。


 ステラはたっぷりと間を溜めると言った。


「およそ金貨1000枚から50000枚です」


 三人が絶句するのが解った。


「この船にお金持ちが多いのは、彼らはダンジョンで一攫千金を果たしてこの地に住居を構えた所謂『勝ち組』だからです」


 金貨1枚の価値は日本で言うところの1万円だ。ダンジョンドロップのシルフィードで金貨2500枚。ダンジョンコアの等級は3だったが金貨でおよそ2000枚。


 これだけで世間一般でいうと勝ち組になる。そして一度ダンジョンを制覇した冒険者は再度ダンジョンへと潜る。


 危険はあるが、他の冒険者に比べて攻略実績があるのだ。危険を避けつつもダンジョンボスにたどりついては攻略をして帰ってくる。これを何度か繰り返して十分な稼ぎをしたところで自身の潮時を見極めて引退するのだ。


 引退した後は、悠々自適な生活が待っている。そもそもロストアイランドにリゾート施設があるのは昔ダンジョンで稼いだ人間が、ダンジョン暮らしの合間に少しでも息抜きを出来る施設があったらなと希望したからだ。


 そして彼は自分の希望を叶えるべくリゾートを建設したところこれがブレイクしたのだった。

 今では世界中の金持ちがここに羽目を外しに訪れる程である。


 三人はステラからその辺の背景を含めて講義を受けると。


「ステラちゃん。凄い!」


「博識。です」


「魔力核なんて極秘情報まで知ってるなんて凄い」


 うん? 君ら。何故そんな目でステラを見る?

 その程度の情報なら僕だって知ってたぞ。むしろ今からそれを説明しようとしていたぐらいなのに。何故に彼女らはステラを尊敬の眼差しで見るのか?


 僕が言い知れぬ感情を持て余し始めていると――。


 ステラと目が合った。三人に話しかけられて笑顔で答えていたステラだったが僕を見ると。


「フッ」


 してやったりという表情で笑いやがった。どうやら彼女は僕がこの情報を知っていると解った上で横取りしたらしい。


 三人からの尊敬を自分に集めるその為に。


 大人気ないステラに対して僕は冷静に皆に話しかける。


「じゃあ。次はこの島のシステムについて僕が説明するとしようか」


 一人だけに良い所をみさせぬ。


 僕の戦いは既に始まっていたのだ。



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