第56話ステラ・シルヴェスタ

 私がこの世界に生まれたことに意味なんて無い。


 母は私を産んですぐに死んでしまったし。父は私に対して距離を置いていたから。


 私は物心ついた頃から無口だった。


 他の家の子供と遊ぶ事無くただひたすら強さを求め続けていた。


 家にある魔道書や錬金術の教本を読み魔法を覚えようとする。

 剣や槍などの武器を振り回して修練をしてみたりもした。


 他人からみれば、幼い私がそのような行動を取るのをさぞ奇怪に映った事だろう。


 そして、どれだけ努力をしても、それらが実を結ぶことは無かった。

 魔力の低さに腕力のなさ。自分には戦闘に関する才能が一切無かったからだ。


 私には力がいる。それなのに、どれだけ努力をしても魔力は向上しないし。

 どれだけ剣を振るっても一向に上達する事は無い。


 10歳になる頃。私は強くなるのを諦めた。それは自分の人生を諦めるとイコールの内容なのだが、その時の私は既に打ちひしがれておりどうでも良いと思っていた。


 全てを諦めた私はそれまでしなかった事をする事にした。

 父との対話。私は今まで無視をしていた父と関わりを持つ事にした。


 私の中では父とも認識できない男。仮初めの関係ではあるが、世間体では立派な父娘なのだ。

 私は出来る限りの笑顔を作り、父と接するようになった。


 そうすると父も私との接し方が変わった。私に対して微笑みかけてくれたり、冗談も言うようになった。


 今まで壁を作っていたのは私の方。父は本当は私と話をしたかったのだ。



 それから5年間。私達の関係は思いのほか上手く行っていた。

 毎朝、父が作った料理を客に運んではお客を相手に軽い挨拶を交す。そして厨房に戻っては父と汗水流して働く。


 それは平凡でこそあったものの確かに幸せな日々だった。こんな幸せな日々を私は望んでいたのだと思った。



 ある日。私はお使いの帰りに路地裏を通っていた。

 本来であれば通る事が無い危険な場所なのだが、急いでいたという事もあり、私は足早に駆け抜けようとしていた…………そこで。





 惨劇を目にした。




 空に浮かび上がる魔族に事切れている人間が数人。


 彼らがどのような関係で、どうして戦いがあったのかは解らない。

 だけど、一つだけ解っているのは、私が今。危険な状態にあるという事だけ。


「ひっ!」


 恐怖で後ずさる私。何せ、相手は魔族なのだ。恐らく自分は目撃者を残さないという名目で殺されてしまい、残る死体は路地に晒される事になる。


 そんな覚悟と共に目を瞑った私に。


「まさか。このような場所でこのような美しい方と出会えるとは…………」


 そのような状況にそぐわない言葉を聞いた。


「私は魔王軍四天王が一人。【ブラックパール】と申します。美しき方。貴方の名前を教えて頂けないでしょうか?」


 その魔族はどうやら私に【魅了】されているようだった。恍惚とした表情をしてまるでお姫様に接するように私に話しかけてくる。


 初めて感じる感覚。どれだけ努力をしても手に入らなかった【特別な力】。それを私は手に入れた瞬間、脳裏に情報が入ってきた。


 切っ掛けとなったのは死の恐怖。それがトリガーとなり、私の能力を覚醒させたというのだからどこの少年漫画の主人公なのか?


 私はこの力を使い、ブラックパールを魅了の支配下へと置いた。




 半年の時間が経過した。

 私はブラックパールを通して魔王軍の動きを知り。魔王の狙いを探っていた。


 私には魔王を倒す必要があったからだ。この世界に生まれて最初に挫折をした日から。

 自分にやがて訪れる終焉。それに怯えながら生活をおくっていた。


 だけど。今の私には【魅了】がある。この力を使えば種族問わず男であれば支配下に置く事が出来る。


 だけど、誰でもいい訳じゃない。私の目的を考えるのならそれなりに強い男が良い。

 私の能力で同時に支配できる人数には限りがあるからだ。


「おはよう。ステラちゃん。今日の朝食オーダーできる?」


 黒髪の少年。藤堂直哉。彼は私の父の宿に長期宿泊するお客の一人だ。


 うちの宿は高級宿で売っているので中々長期で泊まる人間は居ない。彼はどこからかお金を調達してきたのかかなり裕福だった。


 私は彼に魅了を使うか検討したが思いとどまった。結局、最後に必要なのは武力。見るからに弱そうな容姿と荒事に向いていなさそうな性格なので役に立たないと判断したのだ。



 それからも、私は様々な男達を品定めしていく。中にはそれなりに強そうな人間も居た。

 だが、それらの人間は大抵歳をとっていたり、肉体のピークを過ぎていたりととてもではないが魔王や他の敵を相手にするのには荷が重い。



 1年が経ち。父は藤堂直哉が戻らないことにぼやいており。私はエレーヌやシンシアが彼を探して出て行ってしまったので退屈していた。


 退屈だったのでエレーヌから預かったアトリエの掃除をしているとそいつが現れた。


「ここって、有名な錬金術師の工房ですよね? 君がその人?」


 黒髪に高い身長に甘いマスク。彼は「平松」と名乗った。


「いえ。ここの人間は現在旅に出ていまして。私は代理のステラと申します」


 その名を聞いた瞬間。私の中で期待が高まった。もしかすると彼ならば私が望んでいる基準を満たすのではないかと。


 事実。彼はこの歳にしてAランクの冒険者だった。私は彼を魅了して支配することにした。

 だが、残念な事に彼には取り巻きと呼べる女が数名居た。


 そして、その内の一人に私とブラックパールが会話している所を目撃されてしまった。

 平松は私が魅了しているので問題は無い。だけど、魔王軍との繋がりを吹聴されるのは良くない。


 今後の父との生活に支障がでてしまうから。


 私はブラックパールから魔王軍が展開中の作戦を聞いていた。その内の一つにレーべの襲撃があった。


 ここで彼らをすり潰す事にしよう。

 平松でも私を護るぐらいの力はある。その時のドサクサで女を始末してもらえば良い。私は早急に計画を立てるとレーべに向けて旅立った。



 レーべへと到着した。


 事が起きるまでは時間がある。私達が街に到着すると女性陣は美容の為とスパへと私を誘った。


 だけど、元々取り巻きの女達とは折り合いが悪かった私はお風呂を早々に切り上げて一人で散歩をしていると見知った人物を見かけた。


 キリマンに居るはずの藤堂直哉。彼は平松と知り合いだったらしく、二人で話をしていた。


 その後の再会を祝した宴会ではエレーヌとシンシアも存在した。

 その瞬間私の中で情報が合致した。今から1ヶ月前。キリマンを襲ったスタンピードが謎の三人に倒されたらしい。


 目撃したブラックパール曰く。二人は精霊魔法を使い、一人は神話級魔法を操ったらしい。


 シンシアは精霊を使う。エレーヌは魔道の実力者。藤堂も平松と同郷ということならそれなりに強いはず。


 つまり。彼らは三人でスタンピードを壊滅させて、四天王を倒してしまった張本人。


 その時から、私の興味は藤堂直哉へと向いた。

 共に過ごした期間は長く、それなりに親しい間という事もある。魅了を使うつもりは無かったので【香り】は与えていなかったが、今回は短期間で見極めなければならないので場合によって使う事を決意する。


 この機会に使える人物か見極めてそして――。




 ・ ・


 ・


 翌日の出発直前。藤堂が二手に別れようと提案をしてきた。

 平松は私と離れるのを渋る様子だったが、私はこれを了承した。


 恐らく、先日の内に朝倉が藤堂に接触をしたのだろう。

 彼らの間には不思議な信頼関係が伺える。


 過ごした期間に関わらず、彼女が言う言葉を藤堂は無視できない。

 今回の平松との引き離しは私の様子を探るつもりだったのだ。


 私は、その誘いに応じると藤堂に対して【香り】を使用した。私の身体から溢れる甘い香り。それが異性の判断力を奪い、私を魅力的に魅せてくれる。


 私の能力はまず、香りを使って私にメロメロにさせる事から始まる。完全に魅了を成功させるには他の女の存在は邪魔なのだ。

 過去の実験では妻子が存在する。つまり私のほかに大事な存在がいる人間に対しては完璧な効力を発揮できなかった。


 恐らくは自分の命を天秤にかけた時、躊躇うことなく命を捨てれる存在。そうならなければ完全に魅了出来ないのだ。


 ブラックパールや平松は事の他上手く行った。初期の香りから念入りに刷り込みをしたので落とすのは難しくなかった。


 私は二人にしたように藤堂にくっつくと存分に香りを使い彼を虜にしていく。




 やがて森に到着した。


 そこには六魔将が5人揃っていた。完全な計算外。私に操れるのは四天王のブラックパールだけ。なので、彼を通じて指示は出せてもイレギュラーは発生する。


 エレーヌやシンシアがいかに優れていて四天王を倒したとはいえ、残る二人の日本人は戦力として計算が出来ない。

 最悪の場合、一人は私が魅了して同士討ちをさせる必要がある。そんな風に考えていたのだが…………。


 藤堂は六魔将を赤子の手を捻るかのように倒してしまった。

 思いがけぬ誤算。平松だってここまで圧倒的な力を持っていない。


 私は過去の自分の判断が間違っていた事をしって悔しがると共に、今なら邪魔な女は戦いで離されているのでチャンスと見ると藤堂に話しかけた。


「凄いですっ! トードーさん。相手は六魔将なのにっ! 二人もいたのにあっという間にっ!」


 興奮気味に話しかけて彼の目を見る。その瞳は私に対する優しさで溢れている。


「大したこと無いさ。それよりステラちゃんこそ怪我は無いか?」


 いける。私はその声に判断をする。


「私は平気です。トードーさんが護ってくれたので」


 私は既に準備が完了している事を察すると――。


「トードーさん。お礼をしたいので目を瞑って貰えませんか?」


 私の言葉に彼は察したのか目を瞑る。丁度その時。森の中から彼女達が出てくるのが目に入った。


 私はそんな彼女達に見せ付けるように彼に抱きつくと――。


 魅了のスキルを発動させるのだった。

  

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