第45話旅立ち

 目の前には泣きそうな顔を浮かべた美月が胸の前で腕を組んでいる。


 僕は何気なく一歩近づく。

 そうすると彼女は近づいた距離の分だけ離れるとじーっと僕の顔を見つめていた。


 彼女のとの約束が思い出される。

 それは――。


 神の瞳で得た僕のステータスを同じ神候補に漏らさない約束。

 勝手に居なくならない約束。

 スタンピードで大量のモンスターを屠ったのが僕らだと漏らさない約束。


 どれもが僕に一方的に利益がある約束だ。そんな美月にたいして僕は何も返してこなかった。

 その上。


「えーっと。美月さん」


 僕の言葉に彼女は震える。


「僕はこれでパーティー抜けるけど。その…………」


 なんと言えばいいのか言葉に詰まる。


 僕の利益のみを追求するのならば彼女を手元から離すのはありえない。

 何故なら、彼女は僕の秘密を知りすぎているから。


 更に彼女は秘密を共有する仲間として僕に接してくれた。

 長年他人を遠ざけてきた僕。他人と接触するのを嫌い、人を避けてきた。


 美月はエレーヌやシンシアと同様に無垢な笑顔を僕に向けてきてくれた人間だ。

 だからこそ…………連れて行きたい。そういう内面があることを僕は知っている。


 彼女の瞳が僕の答えを待っている。

 利益面で考えても心情面で考えても連れて行きたい。


 だからこそ僕は――。


 彼女をこれ以上自分の都合で振り回すわけにはいかない。彼女には自分で幸せを見つけて欲しいのだ。

 神に至る為の競争やハーフなどの人権問題など。きな臭い話に巻き込むべきでは無い。


 そう思って、別れの言葉を用意する。


 僕は先ほどまでと違う覚悟を決めた表情で美月を見る。

 彼女もそんな僕の覚悟が解ったのか泣きそうな表情を作った。


 呼吸をしていざ想いを口にしようとした所で――。


「あの…………直哉。ちょっといいっすか?」


 光男に妨害された。折角膨らんだ勇気を返せ。



 

 ☆



「今。直哉。亜理紗ちゃんに何を言おうとしたんすか?」


 僕は光男に向き直ると。


「これからも上杉の元で頑張って。そういおうと思ったけど?」


 僕の言葉に美月が俯く。


 そんな僕に対して光男は。


「それって亜理紗ちゃんの気持ちを完全に無視してるっすよね?」


「そんな事は…………。第一。光男だって美月さんが抜けたら困るだろう?」


 だからこそ僕は言わなかった。急に二人も抜けたら光男が困るのは明白だ。

 これでも1ヶ月一緒にやってきたのだ、強引に引き抜いて関係を終わらたく無い程度には友情を感じている。


「直哉の俺を思いやってくれる気持ちは嬉しいっすよ。だけど、それって俺の事を下に見てるから言える事っすよね? 自分は一人で行動する癖に。俺は弱いと思うから仲間を譲る」


 その指摘に言葉を返せない。エレーヌやシンシアという規格外な人材が居る事を光男には教えていない。

 だが、レベルを物差しに見下していたというのは確かにあるからだ。


「悪かった…………」


「別にいいっすよ。直哉が力を隠してる事。他にも色々秘密にしてる事ぐらいこの1ヶ月で薄々は勘付いてたっすから」


 その言葉を最後に光男は黙る。


「藤堂君。私からもいいかな?」


 光男の言葉を引き継ぐように相川が出てきた。


「なんだ?」


 僕が聞き返すと相川は意外な言葉を口にした。


「亜理紗なんだけど。あなたが連れて行ってくれないかしら?」


「凛ちゃんっ!?」


 顔を上げて驚きの声をだす美月。


「親友と離れるのが嫌じゃないの?」


 そんな彼女に僕は質問をすると。


「亜理紗は今までで一番の親友よ。だからこそ亜理紗の気持ちが私にはわかるのよ。本当は藤堂君について行きたいのに私達に遠慮してそれを口に出せない」


「やっ…………ちがっ…………」


 口で否定をしようとしているが、美月の言葉は尻すぼみに消えていく。恐らく図星なのだろう。


「美月さんが僕についてきたいとしてそれでも光男が納得するわけ――」


「いやー。ちょうどよかったっす。亜理紗ちゃんさえそっちに行ってくれたら凛ちゃんとラブラブペアで行動できると思ってたっすから」


「う、上杉君っ?!」


 突然の暴言に美月は顔を真っ赤にして怒る。

 当然か。自分を蔑ろにされるような態度をとられたのだから。だが――。


「そうよね。私も折角付き合い始めたんで光男君と二人っきりの方がいいし。亜理紗が変な色目を使って光男君を誘惑しないとも限らないし」


「わっ。私好きな人居るからっ! そんな事するわけがっ!」


 光男に乗っかるように演技をする相川。だが、冷静ではない美月はそれが演技だとわからないのか二人に食ってかかっていた。


 そんな二人の視線が僕へと向く。お膳立てはしたから後は任せるとばかりに言葉が伝わってくるのはこの二人との関係もそれなりに深くなっていたからだろうか?


 未だに二人に怒っている美月、そんな直情的な姿も新鮮でいつまでも見ていたいのだが。


「美月さん」


「何っ? 藤堂君も何とか言ってよ。この二人ったら!」


 二人に対する文句を言う彼女に向けて。


「後悔はさせない。僕に付いてきて欲しい」


 僕は僕の希望を口にするのだった。



 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・


「全くもうっ! あの二人ったら」


 目の前を怒りに身を任せた美月がドシドシと足音を立てて歩く。通行人はその様に怯えて道を譲っている。


「まあまあ。あの二人も悪気は無いんだから」


 結局。美月は僕の希望を受け入れてくれた。

 僕もそうだが、美月も恐らくあの二人が背中を押してくれなかったらここで別れていたのだろうと思う。


「知ってるよ。全部私の為に言ってた事ぐらい」


「だったらそんなに怒らなくても」


「私が怒ってるのは私自身にです」


 そう言って振り返る。


「私が藤堂君に付いていくのには様々な思惑があります。それは藤堂君の能力だったり私の神器について」


 美月の表情が歪む。


「親友のはずなのに。仲間のはずなのにそれを黙ったまま離れるのがあの二人を裏切っているようで嫌」


 自分ばかりが利益を得ているようで納得できないなんて美月は相変わらず純粋だ。


「来年になったらさ。全て話しても良いと思うから」


 一年目はスタート地点だった。僕は抵抗する力も世界の理も知らなかった為臆病だった。

 二年目は準備期間だった。戦力差は明らかだったが、他人を信用していなかった僕は色々と先回りをする為の布石を打っている。


「藤堂君は…………罪悪感なさそうですね」


「そりゃね。僕は今でも他人はどうでも良いと思ってるし」


 自分の身内が幸せならそれでいい。何でもかんでも助けるのは勇者か正義の味方にでもお願いしよう。

 僕は好きになった人たちと幸せにこの世界を満喫できれば満足なのだから。


「その割には上杉君に何か渡してました? あと。凛ちゃんにも」


 目ざとい奴だな。見ていたのか。


「ん。これを渡してた。丁度良いから美月さんにも持っててもらおうかな」


 そう言って二つの指輪を渡した。


「これって…………?」


「これはコールリング。ペアとなっている相手との連絡が可能になる指輪だよ」


「でも。両方私に渡したら意味なくないですか?」


 美月の疑問ももっともだ。


「片方は相川さんとのペアの指輪。もう一つは僕とのペアだよ」


 離れ離れになるとはいえ、会話ぐらいさせて上げたい。そんな想いから僕はこれを渡したのだが…………。


「はじめてもらう指輪が実用って何か嫌です」


 美月は何故か不満そうだ。


 そんな美月を観察していると…………。



「おーい。トード君」


 エレーヌが駆け寄ってきた。シンシアも一緒だ。


「…………遅かった。です」


 近寄るなり不満を漏らす。想定外に時間がかかりすぎたか。


「ごめんごめん。それで、旅の同行者が一人増えたから」


 そう言って美月の肩を押して前にだす。


「美月亜理紗です。宜しくお願いします」


 以前のやり取りを思い出しているのか、美月はおずおずと頭を下げる。

 だが、エレーヌは特に気にした様子も無く。


「エレーヌだよっ! 改めて宜しくねっ!」


「シンシアも。です」


 若干ぎこちなさが残るものの挨拶をした。


「ところで藤堂君。旅の同行者って…………もしかしてキリマンから出るの?」


 はっとしたかと思うと質問をしてくる。


「うん。言ってなかったっけ? 一端この国を出ようと思ってるんだ」


「きっ、聞いてないですよっ! それなら準備が色々あるのにっ! 何で急にそんな…………」


 慌てだす美月。女の子は準備が色々あるらしいからね。でももうすぐ出発しなきゃいけないからごめん。


「何処に行こうと言うんですか?」


 諦めたのか美月は僕に行き先を尋ねてきた。


 その問いに僕は――いや、僕らは三人で答えた。


「「「無限のダンジョンを生み出す【失われた文明】の眠る島。【ロストアイランド】だよ」」」

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