第44話脱退宣言

 ~1週間前①~



 薄暗闇の中を僕は黒衣の衣装を身にまといながらかけていた。


 建物内は時折見張りの人間が巡回しているのだが、精霊を使役して情報を得ている僕には問題なかった。


「ここか…………」


 程なくして僕は目的地へと到着する。


 素早く中に入るとそこには――。


「何者じゃな?」


 白髪白髭の法衣を身にまとった老人が居た。


「ターレ教の賢者。クロードで間違い無いか?」


 僕は魔術で声を変えると質問した。


「お主は…………もしや。一昨日のスタンピードの時の魔術師かのぅ?」


「いかにも」


 僕の返事に男の警戒が高まった。


「こんな夜更けに気配を消して姿を隠して現れるとは…………この老いぼれは何かお主に恨みを買うような事をしでかしたかのぅ?」


 髭を撫でながらも油断無く見つめてくる。


「いや」


「そうすると。ますます理解できぬ。聖国として褒美のお触れを出した英雄殿が何故このような場所に現れる? 堂々と大神殿へと赴けばよかろうに」


 国を救った英雄として名乗り出るようにお触れがそこら中に出ていた。


「生憎だが富にも名誉にも興味が無い」


「ふむ」


「取引がしたい」


 なので単刀直入に言う。


「なんじゃな?」


「ターレ教は【喜びと平和】を司る神ターレを崇めている。間違いないな?」


 そして、ハーフに対する理解もアグリーアと同じぐらいある。


「なんじゃ。入信を希望かな?」


「いや。生憎だけど俺は神に縋る必要が無い」


 自身が神候補なので庇護してもらうつもりが無い。


「では何を?」


 老人の言葉に僕は言った。


「この国のトップになって。そしてハーフに対する差別を無くしてもらいたい」


 老人の目が見開く…………そして――。




 ☆




「皆。一週間ぶりっすね」


 上杉は明るい笑顔で全員に笑いかけた。

 スタンピード発生から1週間が経過した。


 元々、ダンジョン攻略後は休みを取るという話だったので、僕らは思い思いに時間を過ごした。


 そして本日は休暇あけの初日だ。


「とはいえ。上杉君は凜ちゃんとずっと一緒だったみたいだけどね」


 皮肉めいた言葉を美月は上杉に向ける。


「凛ちゃんも初彼氏だからって全然私に構ってくれなかったし」


「亜理紗っ!」


「亜理紗ちゃん。申し訳ないっす」


 二人は顔を真っ赤にして叫んだ。告白が成功したとは聞いていたが羨ましい限りだ。


「そういう亜理紗ちゃんだってなおっちと一緒だったんじゃないっすか?」


「藤堂君はね…………。連れが離してくれなかったから全然相手してもらえなかったんだよ」


「なおっち。折角の休暇なんだから親睦深めなきゃっすよ」


「上杉と相川さんみたいにか?」


「「なっ!」」


 僕のカウンターで顔を真っ赤にする二人。


「それよりも今日から稼動再開っすからね。稼いでいくっすよ」


 照れ隠しもあるのだろうが、気合を十分に拳を振るう上杉に僕は言わなければならない事があった。


「冒険に出る前に話がある。皆聞いて欲しいんだが」


「ん? なんすか? 改まって」


 全員が注目する。僕は上杉をみて相川をみて。そして最後に美月を見る。


「パーティーを抜けさせてもらいたい」


「「「えええええええええええええーーっ!!!」


 三人の大声が響きわたった。





 ☆


 ~一週間前②~



「無理じゃな」


 クロードは暫く目を閉じて考え込むと結論を述べた。


「何故だ? 俺はこう見えてもそれなりに裕福だ。資金が必要ならば寄付という名目で様々なアイテムを融通してもいい。他にも信者を集める為に、英雄である俺の名前を利用すれば支持を集めやすいんじゃないのか?」


 国を救った英雄がバックにつく。その効果はでかいはず。

 宗教を大台に乗せるには何よりも宣伝だ。それは炊き出しであったり孤児の受け入れ。他にも教会メンバーの献身的な振る舞い等。


 いずれを満たす為にも資金は必要であり、それさえあれば支持を上げる事は簡単なはずだ。


「英雄殿はこの国が多宗教による運営で維持されている事はご存知かな?」


「ああ。全部で六の宗派により協議制で治められていると聞いているが」


「その際に国民の支持率が大きな影響を及ぼすのじゃが、どのようにして支持率が決まるかご存知かのぅ?」


 その質問に僕は首を横に振る。


「支持率が決まるのはこの国における主要な神殿が20。この所有権によるのじゃ」


 なんでも中央の大神殿を除いてこの国には20の神殿が存在するらしい。そしてその神殿にはそれぞれの宗派の人間が最高司祭として君臨している。

 司祭が君臨している近辺への影響力でかく、その近隣一体を支持する人間に変えてしまえる程らしい。


「そして。ターレ教はこの神殿のうち二つを治めている。つまり、支持率は10%となるのじゃ」


 それは僕が調べた情報と相違が無い物だった。デミアスが40%。アグーリアが30%。ディオメルが15%。ターレが10%。タナシスが5%。そして――ミューズが0%。

 ミューズに関しては何百年も前に落神したという伝説が流れているので0%なのだが、この数字はほぼ0というだけで一応少しは信者もいる。


「神殿を牛耳る事で支持率を得られるのは理解した。それならばもっと多くの神殿を獲れば良いだけだろう?」


 それこそお金の力で解決できそうなもの。僕の疑問にクロードは答えた。


「それは無理というものじゃよ。神殿には来るものを幸福にする聖なる力が溢れておる。これは誇張でもなく訪れるものに傷の癒しや病気への抵抗力。他にも有事の際の奇跡など様々な事象を起こす事ができるのじゃ」


「つまり。形の上だけ乗っ取っても意味は無いと?」


「うむ。それらの奇跡は神殿の最高幹部によってのみ起こされるのじゃ。ではそれはどうして起きるか?」


 そこでクロードはこちらの反応を待つ。だが、僕には検討がつくはずも無い。


「答えは簡単。奇跡を起こす魔道の核が神殿に安置されているからじゃ。そしてそれは一度設置すると何年もの間稼動し続け。やがて力を失うと新たな物を設置する事になる」


「なるほど。その魔道核を設置した人間にしか制御できない。だからこそ神殿の最高権力者は絶大な力を持っているのか」


 そうするとこのクロードが統治している神殿にもその魔道核は存在しているという事になるな。


「それで。その魔道の核ってのはどんなものなんだ?」


 逆に言えばそれを大量に用意して自分の宗派で乗っ取れば支持率を上げられるという事だ。


「本来は最大機密なのじゃがのぅ。まあ、ここまで騒ぎを起こす事無く侵入してきた英雄殿じゃ。隠したところで無意味じゃろう。魔道の核。それは――」




 ☆



「抜けるってどういうことっすか」


「ん? 言葉通りの意味だよ。元々僕がこの国に来たのは別な目的からだったんでね。知り合いも合流したからには本格的に行動を開始しようと思ってるんだ」


「それなら私達も協力するから。一緒に行動すれば良いんじゃない?」


 相川の提案に僕は首を横に振る。それが出来るのならばもう少し他の提案をする。


「なおっちは…………俺らの事を嫌いになった訳じゃないんすよね?」


 上杉の探るような言葉に。


「僕は上杉のロン毛は好きじゃない。だけど、光男の事はそれなりに信頼している。だけどお互いの目的が違うんだ。一緒に行動するのは無理だ」


 そう言って笑ってみせる。そうすると光男も呆気にとられた顔をした後笑顔を見せると。


「直哉。その事情が何かは聞かない。だけど、もし本当に困った事があったら言えよ。その時は利害も柵も関係無しに助けに行く」


「ああ。僕も出来るだけ助けに行くよ」


「そこは利害関係なしに着て欲しいっす」


 それが出来るのなら袂を分かたない。僕は正直なのだ。


 別れの挨拶は済んだ。僕は踵を返して歩き出そうとすると…………。


「あっ…………」


 振り返ると美月が悲しそうな瞳で僕を見ていた。


「美月さん…………」


 僕は向き直ると彼女に向けて掛ける言葉を捜し始めた。

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