第42話体調が悪いだけです。

 ハーフに関してはこれまで研究者達による研究である程度は解っている。


 それは、それぞれの種族の特徴を色濃く受け継ぐという所である。


 エルフの場合はその魔力や精霊視。そして特徴的な耳にやや幼い容姿など。


 魔族の場合は膨大な魔力に加えて召喚魔法。そして魔族特有の身体の一部が受け継がれる。


 僕はこれまでエレーヌが翼を生やしていたり、尻尾が生えていたりするのを見た事が無い。

 翼は生えていれば流石に気付くが、男女の仲ではないので尻尾の有無に関しては確認のしようが無かった。


 だが、現在のエレーヌは魔族の特徴を色濃く出している。


 それが――。


「や。やぁ…………んっ」


 エレーヌの頭部より飛び出た二本の角である。


 これまで僕はエレーヌ以外にハーフデミルを見た事が無い。だからハーフデミルの特徴とは隠せる部分に出ているものだとばかり思っていたのだが…………。


 僕は夢中でその角に触れる。触ってみると意外に思えるが、それ程硬く無い。


 表面はざらざらと層のようになっているのだが、押すと押し返される弾力に神経が通っているのか反応する上に暖かい。


「んっ…………うぅ」


 僕はその反応がおかしくてつい無駄になでくりまわしていると――。


「エレーヌ?」


「はぁはぁ…………なっ、なぁーに?」


 気がつけばエレーヌが力を抜き、僕にしな垂れ掛かっていた。

 目は潤んでおり、汗ばむ肩筋は赤く不規則な呼吸は浅くどことなくエロさを感じる。


「もしかすると気分悪いの?」


 昨日も「体調が悪い」と言っていたし、角の影響なのか酷く息を切らしている。恐らく体温も急上昇しているに違いない。


「んぅっ! べ、別に…………悪くぅっ…………、無い…………もぉおおんぅぅぅー」


 エレーヌはまるで何かに耐えるようにしながら僕に弁明してくる。本当にどうしたのか?


 それにしてもいつまでも触っていたくなる感触なのだ。少しだけケモナーの気持ちが僕にも理解できた。

 彼らがモフモフするのと同様に僕も角をモフモフしてみよう。


 暫く集中して角に向き合う。最初に比べて硬く。そして熱くなっている気がする。


「やぁあぁぁぁーーーーーーーー」


 突如エレーヌが叫び声を上げると…………。


「もう…………だ…………め…………」


 そのまま気絶してしまった。




 ☆




 エレーヌは黙々と食事を口へと運んでいる。


 その隣の席ではシンシアがパンをちぎってシチューにつけながら幸せそうに頬張っている。


 そんな二人を僕は肘をつきながら眺めていると――。


「ん? どうした?」


 エレーヌの動作が止まった。そして僕のほうを見ると。


「トード君。あんまりじろじろ見ないで」


 顔を赤くして睨み付けられた。


「ごめん。それがエレーヌにあまりにも似合ってるなと思って」


 そう言って僕はエレーヌの頭部を指差す。

 エレーヌの頭部の角がある部分。そこに桃色の布が二つあり、それぞれの角を覆い隠していた。


「うぅ…………ありがと」


 エレーヌは僕と目をあわさずにお礼を言った。


 エレーヌが身につけてるのは僕が神界で入手した女性向けの装備品【シニョンキャップ】だ。

 本来であれば頭部にお団子を作りそれを覆う役割を持つ装備なのだが、今回は角を覆うのに丁度良いということで出してみた。


「どうせならチャイナドレスがあれば良いんだけどな…………」


 シニョンと言えばチャイナドレスで間違いない。エナメル質の生地に燃えるような赤い衣装はエレーヌの髪の色とマッチして非常に似合うに違いないのだが…………。


「どこかの服職人でも雇って作らせるか」


 神界の装備はあくまで防御力重視なのだ。お洒落の為に存在する装備はほとんど無く。シニョンキャップもこんな見た目の割には【物理ダメージ10%減少】の効果を持っている。


「トードーさん。シンシアは似合う? です」


 エレーヌだけに贈り物をするのは良くないと思った僕。シンシアにも耳を隠せる花柄の帽子を贈ってある。

 こちらは【魔法ダメージ10%減少】となっているので二人とも防御力が上がっている形だ。


「うん。妖精のように可愛いよ」


「…………嬉しい。です」


 照れた様子を見せるシンシア。そしてエレーヌ。


 約一ヶ月ぶりに過ごす日常は懐かしいと共に、僕の心を暖かくしてくれるのだった。



 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・


「はふぅ…………やっと一息ついたよ」


 満腹になったエレーヌはお腹をさすりながらリラックスしている。


 どうやら先ほどまでの体調の悪さは空腹が原因だったらしい。


「トード君がこれくれなかったら外に出れないところだったもん。飢え死にするところだったよ」


 そういって嬉しそうにシニョンキャップを弄る。


「その角。引っ込められないの?」


 僕は先ほどから浮かんでいる疑問を口にした。


「うーん。そのうち引っ込むと思うんだけど…………」


 エレーヌにしても歯切れが悪い。


「角が生えちゃうのは魔人化しちゃってるからだし。私の中の血が落ちつかないと消せないんだよね」


 普段は自分の意思で魔族の血を抑えているらしい。それができなくなるのがMPが減少している状況らしく。

 そうなると魔族の血が暴れだし、魔人化が起こる。


 エレーヌはその辺の事情を時間を掛けて説明した。


「なるほど。MPが回復するまではそのままって事か」


「それよりトード君。いつから私の事知ってたの?」


 そう言って探るような目を向けてくる。その視線に僕は自分の秘密をまた一つ。この二人に明かす事にした。


「僕が持つアイテムに他者のステータスを看破する物があるんだ。だから割と最初のほうにエレーヌのステータスを見た時。僕はエレーヌがハーフデミルだと知ったんだ」


「そう…………。それで怖いと思わなかったの?」


「全然。むしろ何を恐れるのか理解できないな」


「エレーヌさん。だから言った。です。トードーさんは気にしない。と」


 呆れる様子のエレーヌを諭すシンシア。いや、だってね。むしろハーフの地位向上のためにこの国に居るぐらいだし。


「嫌われるのを怯えてた私が馬鹿みたいだし」


「そうだな。僕がハーフぐらいでエレーヌを嫌いになるわけない。むしろ好きだしね」


「うえぇっ!」


 僕の言葉に悲鳴を上げるエレーヌ。そんなに嫌なのかっ!?


「トードーさん。シンシアは? です」


 クイクイと引っ張るシンシア。


「シンシアの事も大好きだよ」


 可愛らしい師匠に僕は好きと宣言するのだった。





 ☆



「それで。僕はまだこの国でやる事がある。先に帰ってもらえるかな?」


 美月とは会ってしまったが、出来れば上杉達に合わせたくは無い。

 この二人の実力は飛びぬけているので神候補に実力を見せるのは良くないのだ。


「やだ。一緒に居たい」


「シンシアも同意。です」


「そういうと思ったよ」


 取り付く島も無い二人。我が身を省みずこんな所まで来るだけある。


「二人ともここが宗教国家だというのを忘れてませんか?」


 僕の問いに二人は首を仲良く傾げる。


「この国の主流の宗教は【デミダス教】。ハーフを排除するのに躍起になってる宗教だ。そんな場所に君達を留まらせるのは危険が多くて僕としては不安な訳なんだけど…………」


 何故帰ってほしいか僕は簡潔に答えた。その結果が…………。


「だったらトード君。一緒に帰ろうよ。モカ王国ならそこまで差別も激しくないよ」


「一緒に居たい。です」


 左右から挟みこむように懇願される。


「駄目な物は駄目。僕はまだこの国でやる事があるんだから」


 やや強めの口調で突き放す。これも二人の為を思ってこそなんだ。

 そんな風に考えていると――。


「だったら。勝負で決めよう。私達が負けたら大人しく帰るよ」


「…………です」


 二人は意味不明な事を言い出した。これ受けなきゃ駄目なのか?

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