第16話精霊魔法
「くふふ」
肉料理を食べながらエレーヌは薄ら笑いを繰り返す。
「師匠。さっきから笑ってて気持ち悪い。シンシアが怖がりますよ」
僕はパンを口に放り込むとエレーヌに注意をした。
「だってさ。買取屋にもって行ったら今日の稼ぎが金貨32枚になったんだ。これで当分は水と黒パンから離れられるよ」
エレーヌは上機嫌だった。
散々粘って狩りをした結果として貧困生活から抜け出せそうなのだ。
「そういえばトード君は換金しなかったね。どうして?」
「僕は冒険者に登録してませんからね」
買取のカウンターに持っていく際に、冒険者カードがあれば10%高く買い取ってくれる。
なので、普通の人間は売るときに冒険者カードを提示する。
「ありゃ。それなら言ってくれれば手数料5%くれたら私がやってあげるよ」
「結構です。それならシンシアに頼みますから」
僕がそういうと「むー」と不満そうな顔をする。一体なんなんだ?
「それにしても。トード君は冒険者登録しないの? 色々便利なのにさ」
その言葉に僕は簡潔に答えた。
「有事の際に召集されるのが嫌ですから」
冒険者には緊急時にギルドの指示に従うというルールがある。
戦争時の仕事や移動の制限。スタンピートや災害級モンスターに対する緊急招集など。
高ランクになればなるほど冒険者の扱いは上がる。
高い恩恵を受けるために冒険者たちはランクを上げようと躍起になって働き、そして死ぬ。
僕は自分の命より大事な物は存在していない。
もし仮にこの国が戦争を始めたり、モンスターの大量発生で追い落とされそうになったりした場合僕はさっさとトンズラするだろう。
「えぇ。その時は一緒に戦おうよ」
「嫌です。僕は自由奔放な生活を送ると決めてますからね」
お金を稼いだりレベルを上げるのはあくまでその為の手段だ。
自分が世界最強になれないと理解しているのだから変に目立つポジションに立ちたくない。
「でも。師匠の命令は絶対なんだよ?」
その言葉にピタリと手が止まる。そうだった、このエレーヌはどうしようもない生活力の無さとドジっぷりから忘れてしまいがちだが、僕に命令権を持つ唯一の人間なのだ。
僕は暫く考え込むと。
「師匠が戦争で亡くなった場合って師弟関係はどうなるんだ?」
「その場合。どちらかの死をもって関係は解消される。です」
僕の思わず漏れた言葉にシンシアは丁寧に答えてくれた。
「ふむ。つまり師匠が死ねば僕は逃げることが出来ると…………」
どうなのかなぁ? 上級モンスターがいるモンスターハウスに放り込まれて死なない人間だし。そこらの一般兵士程度で何とかできるのだろうか?
「ちょっと。怖い事言わないでよ。冗談…………だよね?」
失敬な。僕が尊敬するエレーヌを本気で殺しに掛かるとでも思っているのかね?
でも、それを言うと面白くないので僕は笑うと。
「ご想像にお任せしますよ」
「と、トード君。こっちのお肉はスパイスが効いてて美味しいよ食べてみてよ」
そう言ってフォークを突き出してきた。僕はそれをそのまま食べさせてもらうと。
「本当ですね。この肉の獣臭さがスパイスで消されて、噛み締めるほどに味わいが広がります」
「でしょでしょ。ところで私達って仲良しな師弟だよね。こうして皿を分け合えるぐらいにさ」
「そう思いますか? あっはっは」
「そうだよねー。うっふっふ」
「はむ…………美味しい。です」
僕とエレーヌは顔を見合わせて笑いあう。そしてシンシアはエレーヌの皿からとったその肉を小さな口で味わっていた。
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「そういえばさっき彼女に精霊を見せてもらったんですよ」
食事が落ち着き。お互いに軽口を叩きあったので話題は自然とエレーヌの得意な分野へと移る。
「へぇ。エルフは精霊魔法が得意って聞いてるけど。実物見たこと無いんだよね」
どうやらエレーヌも見た事が無いらしい。
「私。精霊との親和性が高い。です。でも。他人に姿を見せられるほど。熟練して無い…………。です」
そういえばさっきも何か言いかけてたな。途中でエレーヌが現れたから有耶無耶になってたけど。
「トードーさん。精霊との親和性高いと思います。です。きちんと習えば。精霊魔法。覚えられると思います。です」
「えっ? 本当に?」
僕の問いに彼女は首を縦に振る。
「嘘!? だって、ただの人間がそんなの扱えるわけが…………」
エレーヌも驚いているようだ。
それにしても精霊魔法か…………。実は憧れだったんだよな。精霊を使役して魔法を使うのって。
普通の属性魔法も良いのだけど、自分の意思を組んでくれて働いてくれる精霊の方が実は好きだったりするのだ。
「ちゃんとした精霊魔法師に師事すれば覚えられる。です」
シンシアの太鼓判に僕は気持ちが高ぶる。
「だったら。シンシア。僕に精霊魔法教えてくれないか?」
「えっ。…………でも。です」
チラリと不安そうな顔をする。
「トード君。まだ属性魔法覚えてないのにっ!?」
エレーヌが裏切られたような顔をした。
「例の冒険者達が国を出るまでシンシアはギルドに顔出すわけにも行かないだろ?」
話を聞くと、彼女は半ば強引にパーティに入れられたらしい。
精霊魔法の希少さを買われたらしいのだが、いざという時に見捨てられた事を考えると、ピンチの際の足止めとして利用するつもりだったのかもしれない。
そんな彼女が無事生還を果たしたら彼らは再びパーティーにいれて連れまわすかもしれない。
この世界においてハーフというのはどちらの種族からも疎まれるらしく、彼女を助ける人間は存在しなかった。
「その間の滞在費は俺が出すし。なんなら授業料も金貨100払うよ」
「私のときは出し渋った癖にっ!?」
エレーヌが後ろでなにやら言っているけど知らない。
希少性の高い精霊魔法なら習得するのにお金は惜しまない。
「本当に。いいの? です」
まだ悩む素振りをするシンシア。僕はその手を握ると誠実な目を向けて言う。
「シンシアさえよければ僕に教えて欲しい」
そうするとシンシアは白い肌を赤く染めると潤んだ瞳で答えた。
「はい。です。不束者ですが。宜しくお願いします。です」
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