第二章 4 人形屋敷とかただのお化け屋敷

 それから、私と龍之介達は、シュヴァリエ、龍之介のかつての友人・黄河 虎二こうが とらじに連れられて、王都のとある屋敷へと招待された。


「気にせず楽にしてくれ。小さいが、ここが今の我が家だ」


 その小さな屋敷は、奥ゆかしくも、しっかり清掃され、整った内装――ふむ、ちょっと私にはシック過ぎますが、十分に合格点まんぞくですね。


 欲を言えば、もう少し明るい、白を基調にしたほうが好みなんですが……いえ、野宿一歩手前だったのですから、これ以上は望みませんけど。


「相変わらずじゃのう」


 龍之介が部屋を見渡し何かに気付いた。すぐに、それに私も気がついた。


 『』――この屋敷の、いろんなところに、飾り付けとして、『人形』が配置されている。


「まぁ、人形集めは、俺の唯一の趣味だからな」


 これはすべて黄河 虎二のものらしい。

 男のくせにお人形集めが趣味とは――これが、オタクってやつでしょうか。


「すごい……こんなに、たくさんの人形……」


 ヘタとニーナが感嘆かんたんの声を上げる。


 ふむ。そう言えば、この異世界では人形はたいへん高価な代物でしたね。主流は陶器とうき人形。どこかの劇場では、人のやる舞台と同じくらい人形劇も人気だとか。


 私も、ひょいっと跳んでテーブルに乗り、飾られた人形をいくつか眺める。


 ふむ。どうやら、虎二の趣味は糸で操る人形マリオネットが多い。

 人形の種別は……ほぼ人型ですね。赤子から大人、男女の人形が、雑多に飾られている。


「昔っからそうじゃ。まぁ、ちっとばかし顔に似合わず少女趣味すぎるがのう」


「顔に似合わずは余計だ」


 虎二は部屋のソファに、どかっと座る。ニーナとヘタは飾り付けられた人形を博物館で眺めるように、物珍しそうに、丁寧ていねいにひとつずつ眺めている。


「わぁ……この子、可愛い」


 ニーナは一体のフリルの服を着た大きな目の少女人形が気に入ったようで、だらんと垂れた人形の手を自分の手に乗せてかわいがる。


「ホントに人間見たい――でも、ちょっと気持ち悪いかも」


 逆にヘタは精巧に作られすぎたその人形を、怖いと思っているようですね。


「そう。それが人形の面白いところだ」


 二人の意見に虎二は満足そうな顔で


「リアルな人形ってのは、ある程度のリアリティを帯びると見る人間によって好感が違うんだ。そこの嬢ちゃんには、その人形は可愛らしく見える。だが、そこのちっこいのは不気味に見える。それがお前達の感性の差だ」


と黄河 虎二はうっとしい解説し始めた。


「それに、人形ってのは作ってる人形師の感性が大きく関わってるんだよ。可愛らしい人形を作ろうとしても、世間からは不気味がられたりする人形師もいるし、逆に不気味なものを作ったら世間からかわいいと言われる奴もいる。リアルさを追求するやつもいれば――」


 オタク特有の止まらない早口に、


「なんだか虎二さんの方が不気味だね」


と、ヘタがこっそり龍之介に耳打ちする。


「こいつは、根は暗い奴じゃからのう。まぁ、悪い奴じゃないから怖がらなくても大丈夫じゃ」


 ニーナは、まだ部屋に飾り付けられた人形を見て回っている。ヘタも、それに付き合い部屋の一番高い棚に飾り付けられた一体の人形を見つけた。


「あ――でも、あの人形はかわいいかも」


 ヘタがその人形に指を指す。ニーナもその人形に注目した。


「そうね。でも、ちょっと他の人形とは違いますね。あんまりリアルじゃないって言うか――リアルじゃなくて、なんというか……そう! ですね」


 猫の私の低い視点からでは、棚が高すぎてよく見えない。


 ――まぁ、別にいいか。


 あなた方が「かわいい」という人形に、私は興味ありません。


 それよりも、この部屋に私をモデルにした『星の女神の像』がないのが逆に腹立たしいです。 人形フィギュア集めが好きなら、まず何よりも先に私の女神像を集めるのが基本でしょう。


「そうじゃのう……ん? こいつは……」


 龍之介もその人形を見て――そのあと、首を傾げてから、なぜか私のほうを見る。


 そして、ヘタが部屋の角にある椅子を持ち上げ、その人形を手に取ろうとするが――


「おっと、そいつを持ちあげないでくれ。そいつは先日、床に落としちまってな。形はたもってるが、ちょっと動かしただけで崩れちまうんだよ」


と、虎二はヘタを注意した。ニーナはそれを聞くと


「さわっちゃだめよ、ヘタ」


 手にとる寸前だったヘタの脇を持ち上げ、床に下ろしてとがめた。


「わ、わかってるよ」


 まったく男の子ですねぇ。どうせ人形がどんなパンツを履いているか気になったのでしょう。


 そんなやりとりをしていると、部屋の扉が開く。扉の前には紺の服を着て、銀縁ぎんぶちの眼鏡をかけ、スラッとした長身細身の整った髪の男が立っており、軽くお辞儀をして


「お話中――失礼いたします」

 物腰ものごし丁寧に挨拶をする。


「なんじゃ、召使いもいるのか――」


 あら、使用人付きですか。いいですね。気に入りました。

 私用のミルクは人肌程度に温めておくよう、あとで龍之介に念押しで頼んで起きましょう。


「いや、そいつは俺のマジェスティだ」


ってこいつがマジェスティなんですか!?


「え! この人が!?」

 ヘタも驚いて声を上げる。


「恐縮でございます」

 銀縁眼鏡はまた慎ましくお辞儀をし、


「わたくし、黄河様の執事をさせていただいております、サ―シェスと申します」

 自ら進んでマジェスティであることを、名乗った。


「こいつは変な奴でなぁ。仕える相手が欲しくて、あの命懸けの召喚の儀式を行い、俺を呼び出したんだよ」

 虎二は膝を叩いて笑った。


「え!? それってじゃない!?」

それを聞いてヘタは困惑する。


 シュヴァリエは『騎士』。呼び出したマジェスティは『主人』。

 これが私が創ったこの世界での召喚システムの主従関係ルール


 それを逆にシュヴァリエに仕えるマジェスティがいるなんて――


「いえ、むしろ私には好都合でした。なにせ、に仕えることができるなど、普通はできませんから」


 ふむ、面白い。シュヴァリエは私が見出した人間。故に、仕える価値は当然、凡百な人間よりもはるかに――いえ、ここにいる龍之介のような『オマケ』も含まれると考えれば、必ずしもそうとも言えませんでしたね。


「まぁ、お前らは客人ゲストだ。好きに使ってくれ」


 黄河 虎二は龍之介の友人と言うこともあって、私たちが滞在中、余った一部屋を分けてくれることを約束してました。


 この人形部屋に来る前、チラッと寝泊まりする部屋を見せて頂きましたが、ふかふかのベッドに清潔な白いシーツがピシッと敷いてありました。ほんとによかったです!


「お食事の準備にはまだ少々時間がかかります。先に、湯の準備をいたしましたが――お客様いかがでしょうか?」


 召使い兼マジェスティのサーシェスは、ヘタとニーナに尋ねる。


「それじゃあ、お言葉に甘えて――ヘタ、一緒に入りましょ」


「はぁ!? ボクはもう一人でお風呂くらい入れるよ!」


 なに、一丁前に恥ずかしがっているんですか。

 いえ、ヘタも男の子。この場合間違っているのは私とキャラ被りの姉の方なのでしょうか?


「ダメよ。あなた、お風呂嫌いで適当に洗うでしょ? 最近ちょっと匂うし――いい機会だから、徹底的に洗ってあげるわ」


「うわっ! よせって! 姉さん!」


 やれやれ。それじゃあ、私も久々にお風呂に入らせて貰いましょうか。女神の力で当然、汚れない体にしてありますが、やっぱり疲れをとるにはお風呂に入るのが一番です。『お風呂は心の洗濯』なんて言葉もあるくらいですし――


 ってちょっと! 扉を閉めないで下さい! 猫はドアノブに手が届かないんですから!


「それで、あの二人、どっちがお前のマジェスティなんだ?」


 二人が私を置いて部屋を出て、虎二はにやけ面で龍之介に問う。


「ん? ワシのマジェスティはあのちっこいほうじゃ」


 はぁ……。二人とも自分のマジェスティをあっさりと教えるなんて――


 マジェスティは女神の目を持つ以外は普通の人間。いわば、あなたたちの守るべき存在で有り、でしょう。

 それを教え合うなんて、いくら友人でも気を許しすぎでは? 二人とも私の話をちゃんと聞いていたんですか? あなたたちの主人が大望を叶える前に死んだら、あなたたちは、この異世界で終わりなんですよ?


「なんだよ。あの綺麗な姉ちゃんの方じゃねえのか。俺はてっきり、お前にもついに春が来たのかとおもったのによぉ」


 どいつもこいつも男ってヤツは……。ニーナなんて、ちょっと顔が整っていて、スタイルが良くて、胸が大きいだけじゃないですか。女神の私から見ればあの程度、日陰に咲く程度の小さな花。満天に輝く星の女神の足下にも及ばないでしょう。


「――? 何言うとるんじゃ? 今の季節は春なのか?」


「あいかわらずだな――お前」

 鈍感な龍之介とそれを聞いて呆れる虎二。


 やはり、龍之介のこの性格は今に始まったことではないのですね。そう言えば私に会ったときも龍之介は全然、私に見惚れている様子がありませんでした。発情しているのもどうかと思いますが、枯れているのも問題ですね。


「それで? お前らはこの国に何しに来たんだよ」


 虎二は話題を変え、どこからか取り出したグラス二つに何かを注ぐと、龍之介に尋ねた。


「ワシらか? ちょっと出稼ぎって奴じゃ。ここに根を下ろし、一山当てようと思うてのう」


 そして、龍之介は自分が召喚されてから、ここまでの話を簡単に、包み隠さず、語りはじめた。私の正体まで龍之介が話してしまうのではと内心ドキドキしましたが、彼は私との約束はちゃんと守り、私の話はしなかった。


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