第二章 2 女子の秘密を打ち明けられるシーンは一度は思い浮かべる男の妄想
「はうぅ……馬車に金貨一枚なんて……そんな……」
と、姉さんの口から悲しみに暮れるため息が
ボク達は結局、人馬車に乗り、王都を目指すことになった。
なぜなら、姉さんが一撃で龍之介を生き埋めにした結果――姉さんの体をやらしい目で見てい男達が、皆青ざめ、運び馬車での同乗拒否運動を始めたからだ。
「いや、ワシはお前さんの一撃で頭から血が噴き出したんじゃけど……」
客車の中で簡単な治療を済ませた龍之介が抗議する。
ハーフビーストは普通の人間より美しく、そして力も強い。
それは姉さんも例外ではないようで、ああやって感情が昂ぶり、加減ができなくなると簡単に男を生き埋めにできるそうだ。
龍之介がシュヴァリエじゃなかったら、こんな包帯程度では済まなかっただろう。
ほんと、昔からそうだけど、姉さんは怒らせると怖い。
「あぁ……あの町に両替所があれば、銀貨に交換できたのに――いや、王都以外の金貨交換所は手数料が高いですから、きっと交換するだけで損してしまいますし……」
「全然聞とらんな。おいヘタ……お前の姉ちゃんは意外にケチじゃのう」
そうだ。龍之介は知らないかも知れないが、姉さんはかなりお金にうるさい。
これは、亡くなった婆ちゃんの影響が大きい。
婆ちゃんは、かなりの倹約家で、姉さんはその
「はぅ……大切な金貨を使ってしまいました。せっかくの金貨が……この子一枚と出会うのに一体何百日働かなければならないと思ってるんですか~」
いや、自分の体の一部以上みたいだ。
姉さんは人馬車の御者に払った一枚の金貨に、まだたっぷり未練を残してしてたようで、残った袋の一枚の金貨に話しかけ始めた。
「なるほどのう。あれは、節約しすぎて死ぬまで貯金を使えないタイプじゃぞ……」
確かに、姉さんのこの姿はボクにも擁護できない。
よし――話題を変えよう!
「ねぇ……いい機会だからさ。お前のことを教えてよ」
ボクはこの
「ん? なんじゃ……急に?」
「別に……ボクはお前のマジェスティなんだから、ちゃんとお前のことも知っておかなきゃいけないと思っただけだよ」
と、こんな建前を口にはしたけれど、ボクは龍之介に興味があった。
龍之介は、どうやってシュヴァリエになったのか。
「うーーん。別に面白い話なんてないぞ?」
別に面白い話じゃなくいい。ただ、知りたいだけだ。
「……そうですね。私達は一蓮托生。私達のことは、あの村で大体知ってもらえたと思いますが、私達は貴方のことをほとんど知りません」
姉さんも僕の提案に賛成してくれたようで、龍之介が話すように促した。
「この際、隠しごとはなしにしましょう」
ニーナ姉さんが金貨袋を大事に仕舞い、ボクらの輪に入る。
龍之介は
「……そうじゃのう……うーんどこから話したもんか……」
龍之介は腕を組み、悩み始める。ボクらはそれを待った。
「そう。ワシもニーナと同じで、生まれたときから孤児じゃった」
そして龍之介は、『はじめから』話し始めた。
「ワシは生まれて、きっと手に負えなくて、捨てられてたんじゃ。じゃけど、運よく誰かに拾われて……ワシは孤児の施設に預けられ育てられた。そんで物心ついた頃――ワシは施設の中で、虐められとった」
龍之介が虐められていたとは意外だ。
「その施設のなかでも、ワシは不憫なほうじゃった。なにしろワシはゴミ捨て場に捨てられていたからのう」
それって……なんて、ひどい! ゴミ捨て場って、それじゃあ、生まれたばかりの龍之介は、本当に両親からいらないものとして扱われたということじゃないか。
そして、それが虐めの原因――ひどい話だけど、人は自分より不幸な人間がいると安心する。
そいつが不幸であればあるほど、不幸にすればするほど……幸福にはならないけど、救われた気分になってしまう。
それは、ボクにでもわかる、自分勝手で身勝手な……人間の
「じゃが、自我に目覚めたワシは、虐めてきていた奴らを片っ端から殴り飛ばしていった。そういう才能があったのかもしれん。どんなやつにも平気で挑み、殴り、そんで勝ってきた」
ボクと龍之介の違いはこういうところだ。
龍之介はやり返す。ボクは逃げだす。
だから、ボクは龍之介にヘタレと言われたんだ。
「殴り合いを続けて、気がつけば、中学生になったが、勉強ができんくて、全然周りについていけんかった。でも喧嘩は相変わらず得意でのう。やってくる奴を片っ端から殴り飛ばし――気が付いたら、その学校の番長になり、さらに気がつけば、ワシはいろんな奴らを敵に回し取った。どっかの
龍之介も学校に行っていたとは意外だ。やっぱり普通は学校に通うもんなんだ。
でも、勉強もしないで喧嘩ばっかりやってるなんて――もったいない。
「そんなワシもどうにか中学を卒業できた。いろんなところに声も掛けられたが、ワシはそれらを全部無視して、お前さんたちみたいに『都会』へ出ることに決めたんじゃ」
都会――ボク達のように、龍之介もまた自分の住んでいた場所を出たのか。
でも、なんで――……
「なぜかは、よくわからん。でも、都会に出れば『何かが変わる』かと思ったんじゃ」
その気持ちはよくわかる。ボクも何度も思った。
王都に行きたい。何かができるわけじゃないけれど、それでもあの村……あの見慣れた景色ではない、どこか遠くへ行けば、何かが変わるんじゃないかと思った。
「それで……龍之介は何かが変わったの?」
ボクはその答えが知りたかった。
「いや、都会に出ても何も変わらんかった。田舎者のワシに、いろんな奴が突っかかってきて、また殴り倒して――また、その繰り返しじゃった」
龍之介は自分の拳を見つめる。その目はどこか寂しそうに――
「それはもう
そうか、外に出ても変わらないのか……。言われてみればそうなのかもしれない。
だって、ボクが王都に行ったからって弱虫の自分が変わるわけじゃない。
ふと、姉さんのほうを見ると、姉さんも何か思うところがあった様子で、目を伏せていた。
どこへ行っても、ボクらは、何も変えられないのかもしれない。
「でもな! そんな時、ワシは『オヤジ』にあったんじゃ」
龍之介は
オヤジ? それって父親ってこと? でも、龍之介は両親に捨てられてたって言ってたけど……
「その人が……あなたの大切な人――なんですね」
ボクより先に、姉さんが気付いた。
そうか! 龍之介の言うオヤジっていうのは両親じゃなくて――
「そう……恩人じゃ」
龍之介は
「あの日――いつものように、ワシにつっかかってくるチンピラをぶっ飛ばしてた。そんで血まみれで路地裏に転がっているワシを、オヤジは見つけて……こう言ったんじゃ――」
大切な日。ボク達姉弟が始めて出会った日のように、龍之介にも忘れられない出会いの日があったんだ。
シュヴァリエになる前の若き龍之介は見る。
路地に差し込むネオンの光を背に、その恩人は言った。
『あんらぁ、お兄ちゃん元気ねぇ。そんなところで寝てたら風邪ひくわよぉ』
真っ赤なドレスと、それに負けないくらい真っ赤な唇。その唇の下には青髭の無骨な大男。
「そう…ワシは思うた。なんじゃこの『バケモノ』は……と――」
オカマかよぉぉぉぉぉ! なにそれ! お前の恩人ってオカマなの!
「いや、オヤジはオカマじゃない。『新人類・ニューハーフ』じゃった」
オカマだろぉぉぉぉぉ! 新人類ってなに!? 聞いたことないよそんな人類!!
「そして、ワシはそのバケモノについて行くことにした」
なんでだよぉぉぉ! なんでそのバケモノについていくことにしたんだよ!
さっきまであんなに共感できたのに急に何も共感できなくなったよ!
「怖いもの見たさという奴じゃ。ワシはそのことには怖いもんなんかなかったが……オヤジは別格じゃった」
怖いの意味違くない!? 使い方間違ってない!?
「ヘタ……そんな風に人を言ってはいけないわ」
と
「え……ああ……うん。ごめんなさい」
しまった! オカマと言えど、龍之介にとっては恩人。ボクらと同じ人間なんだ。
「ニューハーフだって立派な職業よ」
いや姉さん、少なくとも『職業』じゃないでしょ!?
「実際にオヤジのモノは大きくて立派じゃった。一度銭湯で見せてもらったがことがある」
おいやめろぉぉぉぉぉ! ボクの姉さんの前で、下ネタはやめろぉぉぉぉ!
「ヘタにはまだわからないしれないけど、立派な人の『背中』は大きく見えるものなのよ」
え……背中の話? あぁそう。背中が立派って話ね。なんか恥ずかしいな。勘違いしちゃ――
「あぁ……じゃから、オヤジがそれをモロッコ行きのチケットを握りしめて『玉取ってくる』と言いだしたときにはワシらは全力で止めたもんじゃ」
いや、背中の話じゃないじゃん! なんだよそれ! モロッコってなにかわかんないけど玉ってそういうことだよね!
「ワシは言った。モロッコなんて異国よりも、近場で有名な
やっぱり下ネタじゃねかぁぁ! しかも、お前はオヤジさんの玉取るのは賛成なんかいぃぃ!
「まぁ、なんだかんだあって、オヤジは自分の店に野良犬のワシを引き連れ、飯を食わせてくれた。ワシは……他人にこんなに優しくされたのは――初めてじゃった」
いや、ボクも始めて聞いたよ。オカマに拾われたシュヴァリエなんて聞いたことないよ。
「それに友達もできた。『
――友達?
「まぁ、働いて稼いだのも初めてじゃったし、友達ができたのも……初めてじゃった」
そうか。龍之介は都会に出て、孤独じゃなくなったのか。
それはちょっと良いことを聞いたかも知れない。
と、そこからしばらく、龍之介はオヤジさんと虎二さん、それに一緒に店で働くニューハーフの人たちの話をしてくれた。
赤字経営を打開するため、虎二さんと一緒に流行の
ボクらからすれば、はちゃめちゃな毎日で、笑いの絶えないことばかりの楽しい毎日。
「そんでワシは……オヤジの誕生日の日に――」
だが、龍之介はその話をしたところで様子が変わった。顔が少し青ざめた。
「……どうした龍之介?……お前顔色が悪いぞ」
心配したボクが尋ねると、すぐに顔を上げ、空元気で
「ハハハ、もしかしたら馴れない馬車の揺れで酔ったのかもしれん。まあ、こんなところじゃ! ワシの昔話は、これでお終いじゃ!」
と強引に話を終わらせた。ボクは少し心配になったが、龍之介の辛そうな暗い表情を見て、もうそれ以上は聞かないことにした。
話が終わり、一息ついたところで、
「ヘタ。龍之介さん。ちょっと見てもらいたいものがあります」
姉さんが真剣な表情になる。
すっと立ち上がり、御者と繋がる半開きの扉を開けると
「すみませんが、ちょっと大事な話をします。金貨を一枚お支払いしますので、良いと言うまでこの扉は開かず、客車の方を見ないでください」
と言って大切な金貨を一枚、御者に支払ってから――
扉を内側から、ガチャリと閉めた。
ボクと龍之介は、そのありえない光景に目を丸くして顔を見合わせた。
「おいなんじゃ。お前の姉ちゃんが急に真剣な顔になったぞ」
「なんだろうね。大切な金貨まで払って……」
これから何を話すのかと思っていると、姉さんはそのまま真剣な口調で――
「二人に見て貰いたいものがあります。ですが…その…少し…恥ずかしいので……まず二人とも一度後ろを向いて――私が良いと言うまで、振り向かないでください」
「おう……」「わ、わかったよ……」
と返事をして、姉さんに背を向ける。
なんだ? 大切な話? 龍之介はともかく、ボクも知らない姉さんの話なんて……。
いつのまにかボクらは緊張のあまり、
一体何が始まるんだと不安に襲われていると――パサリッと何かが揺れる客車の床に落ちた。
「おい、なんじゃこの音は……なんじゃか布がすれる音がしないか? もしかして……ニーナは服を脱いでいるんじゃ……」
「いや、そんなはずないよ。気のせいか勘違いだよ」
とさらに何か、先ほどよりも重いものが床に落ちる。
「ま、また何かが落ちた音がしたぞ。なんじゃ……隠し事なしとか言って、ニーナってもしかして
そんなわけないだろ! 人の姉さんをなに変態にしてんだ!
「いや、ワシのオヤジもそういうところがあってな――闇市場で売られてる女性ホルモンを注入した時は、よく脱ぎたがって大変じゃった」
いや、お前のオヤジさんなんてもん注入してんだよ!
とボクらが姉さんに背を向け、言い合いを始めていると
「二人とも……準備できました。ゆっくり……振り向いてください」
姉さんが恥ずかしがるような上ずった声で呼びかけた。
「「…………」」
なぜだかは、わからないけど、振り向いちゃいけないような気がする。
そんなはずないとわかっていても――わずかな可能性がボクの体を硬直させる。
今、ボクらの後ろで姉さんがどんな姿をしているのか。
「ワシはなんか振り向きたくないんじゃが……いやじゃぞ。また殴られるのは……」
「だ、大丈夫だよ。ほ、本人が良いって言ってるんだし……」
そう、姉さん自身が振り向いて良いといっているんだから――振り向いて良いはずなんだ。
「じゃあ、お前さんが先に振り向け。様子を見てワシも振り向く」
「嫌だよ!、お前が先に振り向けよ! なんでボクに危ない橋を渡らせようとするんだよ!」
「二人とも!! は、恥ずかしいんですから……あの……早く振り向いて……こっちを……私を……み、見てください」
姉さんが更に
……ゴクリ。とボクらは互いに喉を鳴らす。
こうなったらもう振り向かないという選択肢はない。
「いいか。ヘタ。同時じゃ。いっせいのせで振り向くぞ」
「――わかった……」
ボクも覚悟を決める。姉さんが例えどんな人には言えない性癖を持っていても受け止める。
それが――『本当の姉弟なんだ』――きっと。たぶん。
「いいか、最後の『せ』を言いきったタイミングじゃぞ。一拍置くとかなしじゃからな!」
しつこいよ! 『せ』のタイミングだからな! お前こそ、振り向かなかったら怒るからな!
「じゃ……いくぞ……」
緊張の一瞬。ボクと龍之介は顔を見合わせ
「「いっせいのーーーせっ!」」
かけ声と共に勢いよく振り向き、後ろに立つ姉さんを見た。
そして、床には脱ぎ捨てられた服の一部と、母さんの形見の髪飾り。
そして、姉さんのあられもない――
「――へ?……耳?」「――え?……尻尾?」
姉さんの頭の上、そしてお尻には、人にはないはずの―――獣の耳と尻尾がついていた。
「――は、はずかしぃ……」
姉さんはその場で真っ赤になった顔を押さえて座り込む。
その感情に会わせたように、ピクピクと耳が動き、長い尻尾が左右に振られる。
「にゃーーーお」
もう一匹の同乗者の白い猫が、呆れ声で鳴いた。
◇
「こいつは……なんとも
龍之介さんは私の頭上にある毛で
人間の方とは少し違う、獣の耳独特の軟骨の堅さを確かめるように、何度も折ったり、少し癖のある毛をブラッシングするように指で
「ひゃう……」
必死に唇を噛んでその快感を我慢するが、我慢していても、不意に耳の先や内側などの弱いところに触れられると、つい声が出てしまう。
「気持ちいいのう! もふもふしとるし、ちょっとコリコリとした部分もあって、手触りがなんとも癖になるのう」
「ひゃっ! そんなに強く触れないでください! 繊細なんですから……もっと優しく……」
と手つきが少し
「ここもすごいよ。ツヤツヤだし、柔らかくて気持ちいい」
今度はヘタだ私の尻尾を
「ヘタ! そんなふうに乱暴に引っ張らないで! そこは一番敏感なところなんですから! ひっ! ひゃあ……んっ……」
軽く叱るが、ヘタはまったく聞く耳を持たず夢中になっている。
こんなに楽しそうなヘタを見たのも久しぶりなので、私もどうにも強く注意がしづらい。
「おいヘタ……交代じゃ。今度はワシがそっちを触りたい」
「うんわかった。じゃあそっち行くね」
更にエスカレートする二人のアグレッシブさに私は慌てて
「だめです! これ以上されたら私おかしくなっちゃいます! おしまい! おしまいです!」
と、お開きにする。
「なんじゃ……残念じゃのう」
「もっと触りたかったなぁ……」
これ以上触れれたら、私がどうにかなっちゃいますよ。
と、私は体の中に獣の尻尾と耳を隠した。
子供の頃は体の中に隠すことができなかったので、村の外に出るときは、深く帽子を
だが、この体が成長するにつれ、こうしたハーフビーストの特徴を自分の体内に収納することができるようになった。
そのしまう光景を、また物珍しそうに二人が見るのは、また私は気恥ずかしくなる。
そして、自分のおしり、獣の耳が飛び出していないかと最終確認。よし、大丈夫。
私は深く深呼吸をして、先ほどしっかり締めた御者さんに繋がる扉の鍵を開ける。
「ふぅ……御者さん。ありがとうございました。もう終わりましたから、大丈夫ですよ」
客車の扉を空け、御者さんに改めてお礼を言う。すると、御者さんはなんだか気まずそうにしたあと、慌てて笑顔を作る。
「え? ああ、そうかい。なんかしらんがお前さんも大変だねえ」
大変? なんのことでしょうか?
「うちの馬車はホテルじゃないんですが、まぁ、金貨も頂いとるし、別に構わんですがね」
――へ??
「いや、それにしても小さいのと大きい男、二人同時に相手なんて……若い証拠なんですねえ。いやはや、うらやましい。私も今晩、家内と頑張ってみましょうかねえ」
と、御者さんがとんでもない勘違いをしていることに気がつく。
扉を閉めても、この薄い扉一枚では、私の姿は見えなくても私たちの声は聞こえてしまう―――と、いうことはあの会話だけを聞いたら――
「いや! 違います! そう言うんじゃないです!」
顔が、火が出るんじゃないかと思うほど熱くなる。なんとか誤解を解こうとするが、私がハーフビーストだとバレるわけにはいかないので、なにをしていたのか、説明できない。
「気にしなさんな気にしなさんな。若い男女が三人、長い時間も密室にいりゃあ、そんな気分にもなりますよ!」
違うんです!ほんとにそんなんじゃないんですっ!
「わかってますよ。ちゃんと口止め料に追加で金貨一枚もらいましたし、このことは誰にも言いません。墓まで持っていきます」
御者さんは渡した輝く金貨を一枚見せ、親指を立てる。もう、すべてが裏目。
もう私が御者さんにできる弁明法は――
「うぅ……違うんですーーーーーー!」
こうして、国を囲む山々が、山彦するほどの大きな声で叫ぶしかありませんでした。
◇
「いやあ……さっきまで騒がしかったと思えば、二人とも寝てしまったみたいじゃのう」
先ほどの
ニーナも大人びた姿をしているが、まだまだ子供のようじゃし、ヘタも久しぶりに村を出て、興奮しとるようじゃった。この客車の中の心地よいこの揺れが、ワシにも眠気を誘った。
だが、眠る前に聞きたいことがあった。
「……これなら少しは話せるんじゃないか?」
ワシは相変わらず、膝の上を寝床にしているセレスヴィルに尋ねた。
先ほどのワシらのやりとり、お前さんも入りたかったんじゃないのか?
「にゃ――お」
セレスヴィルはどこか
「なんじゃ…もしかしてお前さん、ニーナばっかり注目されて
ふてくされたセレスヴィルの頭を指先でコツコツと小突いてやる。
「ふにゃ!」
爪を立てて指を目がけて反撃に出る。間一髪でそれを回避し、
「冗談じゃ冗談じゃ」
軽く一言謝ると、セレスヴィルは顔を体に埋めて引き籠もってしまった。
どうやらセレスヴィルは同じ言葉で話す気はないらしい。二人の眠りが浅く、会話を聞き取られる恐れがあるからかもしれんし、それとも御者が聞き耳でも立てているから、かもしれん。
「まぁ、別に、ワシが一方的に話すだけなら問題ないじゃろ。ちょっと、お前さんに聞きたいことがあったんじゃ」
セレスヴィルの耳がぴくっと動く。どうやら話す気は無いが、聞く気くらいはあるらしい。
「ワシは……お前さんも仲間と思ってもいいんじゃろか?」
セレスヴィルは全く反応しない。じゃが、ワシは話を続けた。
「先日……あの奴隷商人がやってきたとき、不覚にもワシは、まだ寝ておった。お前さんがその爪でひっかいて教えてくれなかったら――あの二人を守れなんかったかもしれん」
それは、あの三大寺との対決の朝の話。
このセレスヴィルの行動が無ければ――ワシはこうして二人と一緒には、いられなかったかも知れない。
「まぁ、お前さんにはお前さんの『
白猫はチラッとこちらに顔を向けた。相変わらずの綺麗な碧と赤の二つの瞳に目が合う。
「……どうじゃ? ワシらは仲間か?」
ワシの問いに、セレスヴィルはしばらく考え――鳴いた。
「……にゃーーお(まったく。しょうがない人ですねぇ。まぁ、そのように頼まれて無視するのも可哀想ですし……よかったですねぇ。私が慈愛溢れる心も美しい女神で。あっ、でも私を仲間にしたからには、これから行く王都では、私に相応しい住処を用意して下さいね。まず、ふかふかのベッドは絶対条件です。あの村では、床に汚い布を敷いて寝るしかなかったので、全然体が休まりませんでした。清潔でふかふかを所望します。それと、食事はきっちり三食+一肌くらいに温められたミルクをつけて下さい。猫の体とはいえ、三食しっかり食べないと健康に悪いですから。それと、ブラッシング! 見て下さい! 私の綺麗な毛並みが、最近痛んできました! きめ細かい高級櫛でお願いしますね。そうです、私を仲間にするならそれくらいはしてもらいます。あっ! いまさら拒否とかダメですよ! 女神を誘ったのですから、あなたにもう拒否権はありません! これはお願いじゃありませんよ。あなたの義務です!)」
一体その一鳴きにどんだけ言葉を詰め込んどるんじゃ!
ワシは呆れつつも、それが本当にそんな意味なのか、それとも気のせいなのかと、外に見える異世界の夕日と、それに照らされる王都の城壁を眺めながら、考えた。
「そうか――そいつはよかった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます