第38話  潜入直後

 軟子なんこさんがドルッと窓の隙間から入っていくのを見届けたのち、オレはすぐさま追いかけた。

 瞬時に中へと侵入し、着地。

 そこは六畳ほどの大きさの部屋だった。小ぶりのベッドか五つと、木製の机と椅子が一組置かれているせいで、かなり狭い。あきらかに詰め込み過ぎだ。


 RPGがつまらなそうにベッドに座り、その隣のベッドにはジェル状の液体がいる。

 その液体はぷるぷると震え、やがて一人の少女へと姿を変えた。

 びしょ濡れの女子高生。

 字面だけ見るとなんとも官能的なイメージがある。


「ボク、ちっちゃくなっちゃったの図……」


 しかし実際は子供サイズの大きさしかない。体積的に半分といったところか……。


「残り半分はどこに!?」


 まさかさっきまで普通のサイズだったので、分裂しているとは思っていなかった。


「悲しいことにここにいるの図」


 そう言って軟子さんはベッドを指差す。

 びっしょびっしょになっている。どうやら水分を吸われたようだ。

 軟子さんの弱点かと思われた吸水性だったが、それは違う。


「むむむむむむむむむむ」


 軟子さんは力むような動作を見せていると、むにゅーんと水分がベッドのマットらしき部分から抜き出てくる。

 そして軟子さんがもう一人現れた。


「復活の図!」「脱出の図!」


 二人のハーフサイズの軟子さんがそれぞれポーズを取る。

 しかし意見が分かれたことにより、


「復活が合ってるの図!」「脱出だよの図!」


 喧嘩が勃発した。

 自分と喧嘩するのはどうかと思うが、問題はただの言い争いでは済まないところだ。殴り合いに発展している。

 といっても殴るたびにぷるぷると震えるだけなのだが……。


「このー!」「てやー!」


 子供のような掛け声で殴っていたのだが、喧嘩はどんどんヒートアップしていった。

 激しく殴る蹴る。強く殴りすぎて飛び散るは、そしてしまいにはちぎり合いが始まる。

 ちぎっては自分に吸収させるを繰り返し、大きさを競い合っているが、なぜか数が十人くらいに増えていて、一向に大きくなる気配がない。


「何があったのかな?」


 音々ねねさんがいつの間にやら来ていた。

 この惨状を見て顔を引きつらせている。

 問題はそこではなく、彼女自身が紙のようにペラペラになっているところだ。

 きっと窓の隙間から侵入するためにその体になったのだろう。


 オレが音々さんの疑問にどう答えたらいいのかと悩んでいると、コンコンっと窓から音が鳴る。

 そこには陽色ひいろちゃんと想樹そうじゅさんが立っていた。

 陽色ちゃんは閉まっている鍵を指差している。


 開けろとのことらしい。

 オレは窓を開けて、二人を引っ張り上げる。


「あいと!」「……ありがと」


 顔を逸らす陽色ちゃんと、すまし顔の想樹さんもこの部屋に加わり、かなり部屋の密度が上がった。

 もう手乗りサイズにまで分裂した軟子さんが至るところで喧嘩している。もう一体何人、いや何匹いるのかもわからない。


 現状ですらもうカオスになっているのに、


「変身」


 などとRPGが言い出した。

 声が聞こえたほうに顔を向けると、RPGが光り輝き、もはやシルエットしか見えない。そしてそのシルエットが徐々に変化していき、やがては戦隊シリーズのようなヒーローへと変貌を遂げた。


「とう!」


 などと叫びながらベットから飛び、一回転しながら着地。その際、数匹の軟子さんを踏みつぶしているが、本人たち(踏んでるほうも踏まれているほうも)は気にしていないようすだ。

 ぴしゃっと飛び散っていたが、全く気にした様子もなく。むしろ小さな軟子さんが増えた。


「あ! ひーもやったほうがいいよね。ね?」


 そう言って陽色ちゃんは黄金人間へと進化した。

 眩しいほどの輝き放っている。しかもこの宮殿のように七色の光を……。

 なんか金色の全身タイツを着た人が光っている。みたいになっているが、それを指摘するのはさすがに可哀想だと思い、オレは口を閉じた。


「……わたしは……普通の人しか……できない……」


 想樹さんは地面に四つん這いになって落ち込んでいる。

 なんで普通なことに落ち込んでいるんだ。理解ができない。


 しかし改めて見てみると、ヤバイ状況だ。


「大量に分裂した少女にペラペラ女。特撮ヒーローと黄金タイツマンまでいる。それで落ち込む人か。どんな組み合わせなんだよ……」


 異色パーティーすぎるだろ。

 まともなはずの想樹さんがむしろ逆におかしく見える。

 それほどまでに異常が充満した空間。


 今からこの宮殿内をばれないように移動し、地下にまで行かなければならないというのに、こんなことでいいのだろうか。

 むしろここまで騒がしくて、よく誰も来ないなと思っているほどだ。

 まぁ、周囲に誰もいないとわかっているから、ここまでバカ騒ぎをしているのだろうけど……。


 そんな思考をした途端だった。


「え!?」


 この部屋のドアが開かれたのは……。


 ダンディな魔法使いが一人、アホ面を晒して佇んでいる。

 そうなる気持ちもわかる。オレが彼の立場だったのならば、頭が働くなるだろう。


 しかしどうしよう。


 もうバレた。

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