第21話 夜のお散歩
お風呂上りにアイスを食べながら、オレは夜風に当たっていた。
火照った身体から熱が引いていき、とても気持ちがいい。
周囲は真っ暗で、光源らしきものはオレの後ろにある旅館と夜空に輝く星々以外からは発せられていない。
「大自然だね」
「
「おっすっす! ひーだよ! アイスいいなー。ひーも貰ってくればよかった」
そう言いながら、陽色ちゃんはオレの座っているベンチの隣に腰かけた。
半袖に短パンを着ているラフな格好だが、寒くないのだろうか。
「見て! おそろおそろ!」
そう言って陽色ちゃんは頭を指差した。
髪型はもちろん違うが、オレと同じ紫のメッシュが入った黒の髪になっている。
「この髪色いよね! ね?」
「そうか? 陽色ちゃんはけっこう幼い顔立ちしてるから可愛い色のほうが似合ってると思うけどな」
「そ? 昼間のピンクとか?」
そう言っている陽色ちゃんの髪の毛の色は、ピンク色へと変化した。
「うん。こっちのほうが似合っていると個人的には思う」
「かなかな。じゃ~これは? ど?」
陽色ちゃんの髪の毛は黄色く染まった。そして肩下まで伸びたセミロングの髪の毛を両手で二カ所掴む。
「ピーナッツたべう~?」
「似てるな!」
「やた! やったね!」
陽色ちゃんは髪の毛を青く変化させ、
「あなたたち、うるさいですわよ!」
キリッとした目で指を振る。
「それは全然似てないわ」
「ちぇ」
陽色ちゃんの髪の毛はオレと同じ、紫の入った黒色へと戻る。
実際にこうして客観的に見ると、不思議な色だ。
染めているわけでもなく、生まれつきこの色なのだから余計に変だと思う。
「ん~ん~」
陽色ちゃんは鼻歌を口ずさみながら、指で空中に絵を描いていく。
やんわりとした光を放つその絵は、徐々に完成していき、可愛らしいウサギが出来上がっていた。
そんなウサギは、
「いってこーい!」
陽色ちゃんの声にこたえるかのように、地を駆け回る。
地面を蹴る度に、光の粒がまるで踊るかのように舞った。
実に幻想的な風景。
その気になれば彼女は色々な光景を彩ることができる。
「真っ暗だね。ね?」
村の中だというのに、光源が旅館しかない。その旅館だってRPGが収納していたもので、この世界のものではなく日本のものだ。
この村では確か、光を灯すのにも魔力が必要らしいので、この村の事情を考えれば夜はほとんど明かりなどないのだろう。
しかも今は村人以外を追い払ってしまったので、余計に光が少ないはずだ。
「そうだな。でもなんかこの暗さもいいと思う」
「うん。ひーもそう思うよ」
この自然とともに生きている感じがなんだかいいと思うのだ。
日本では考えられないことだから、余計に。
「ねねね。ちょっとお散歩しない?」
そう言って、陽色ちゃんはベンチから立ち上がる。
それと同時に、ウサギは光の粒になって飛散し、消えた。
「散歩するって、この村なんもないだろ」
「村じゃなくてさ、空」
陽色ちゃんはにかっとした笑顔で、上空を指差し、言葉を続ける。
「連れてって! ね?」
そして右手をオレに向かって差し出した。
その意図としては、手を繋げということだろう。
オレは腰を上げ、
「まぁいいけど」
少しだけ緊張しながら、陽色ちゃんの手を取った。
すごく小さな手。
それなのに、とても柔らかい。
そんな手を持つ陽色ちゃんは、身長差によって出来る若干の上目遣いで、
「あいと」
と、陽色ちゃん流の「ありがとう」を口にした。
あいかわらず変な言い回しだ。
「せーの! ほ!」
陽色ちゃんがその場でジャンプする。
もちろんオレの手は繋いだまま。
オレはその陽色ちゃんの後に続くように、飛んだ。
そして切り替わる視界。
「わわ!」
突然のできごとに、陽色ちゃんはほんの少しの間あたふたとしていたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「やぱ、すごいね!」
オレにとってはなんでもないことだが、瞬間的に移動するのは異常なことなのだろう。
こうなると頭ではわかっていたとしても、体感するとではやはり違ってくるはずだ。
「オレはさ! 陽色ちゃんの能力のほうがすごいって思うよ!」
「ないよない! ないね! でもあいと!」
陽色ちゃんはオレの手をしっかりと掴んだまま、大きな声を出す。
かなりの上空なので風も強く、更には自由落下中ということもあり、手を繋いでいても大きめのボリュームで話さないと声が通らないのだ。
そして突然、陽色ちゃんの笑顔が苦笑いへと変化した。
「どうした!?」
「あ!
「
「そそそ! 空をお散歩してくるって言っといた!」
「そうか!」
オレの心情も一緒に移動しているのだから、原因はわかっているはずだ。なぜ陽色ちゃんに話しかけてきたのか、全くわからない。
「ね! 見て! 向こうに光がいっぱいあるよ! ね?」
陽色ちゃんは空いているほうの手で指差した。
その方角を見てみると、確かに小さな光の粒が沢山集まっている。それは明らかに集落の光だ。
「あっちには街があるからだよ!」
「街があるの!? あっちは、栄えてるんだね………………」
陽色ちゃんの声のボリュームが下がり、聞き取りが困難になる。
後半も何か言っていたようだが、オレの耳には届かなかった。
ただ、唇を噛むような表情を見る限り、あまりいいことではなさそうだ。
しばらくの間、その街を眺めていた陽色ちゃんは、
「くしゅぅ」
と小さくくしゃみをした。
それを目撃した瞬間に、オレは地面へと視線を移し、旅館の傍を見据える。
そして、移動した。
「わわ!」
突然の移動によって体をよろけさせた陽色ちゃんを、オレはしっかりと支えた。
「えー、もうちょっと見たかったな。な~?」
陽色ちゃんは少しだけ拗ねたような顔をしていたが、そういうわけにもいかない。
なんせ今掴んでいる細い二の腕だって、まるで氷のように冷たくなっているのだから。
「こんなに冷えちゃって。寒かっただろ? ごめん気付かなくて」
「だいじょうぶなのに……」
陽色ちゃんは尖らせた口で、小さく呟いた。
ここまであからさまに残念がられると、なんだか悪いことをしたような気分になってくる。
「……また今度連れてくからさ、次はもっと暖かい格好で行こうよ」
「ほんと!? 約束だよ! よ!?」
先ほどまでの表情から一変、陽色ちゃんの目は、まぶしいと錯覚するかのように輝かせていた。
こんなに喜ばれると、こっちまで嬉しくなってくる。
「ああ、約束だ」
「やたやた! えひひ」
陽色ちゃんのその笑顔は、暖かい色をしていた。
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