真実

 飽きてきた。歌も尽きた。


 アンジェリカはベッドに腰を掛けながら、足をぶらぶらさせる。


 覚えていた歌も、所々忘れている歌も、全部歌いきってしまった。思い出しながら歌うのも、思い出せなかったらモヤモヤするだけで、答え合わせしようにも出来ないから止めた。


 ベルベットが来て、然程時間は経っていないように思える。ちらちらと鉄格子の向こう側を見ても、変わった様子がなく暇だ。


 それにしても、いつ主犯と会うことができるのだろうか。夕方から夜までは、時間が短い。床に耳をぴたっとくっつけても、下から音は聞こえてこない。ぴゅうぴゅうと風が吹く音がするだけだった。


 空を見ても、まだどんよりとした曇り空。晴れる気配がない。



(いっそのこと、雨降らないかしら)



 嘆息した直後、鉄格子からひょっこりと小さな影が現れた。

 小さな影を見て、アンジェリカはきょとんとした。



「ラル……?」



 それは自分に懐いてくれているラルだった。でも、どうしてここに。


 疑問に思っている間にも、ラルは辺りを窺いながら、慎重に部屋の中に入っていき、アンジェリカの許へ駆け寄り、膝の上に乗ってきた。


 その背中には、小さな筒が括り付けられていた。



(そういえば、スリスは、伝達方法として使われているって、言っていたっけ)



 かつてヘルツに教えてもらったことを思い出し、筒を開ける。思っていた通り、筒の中には紙が入っていた。


 紙を取り出して、ゆっくりと広げて見て、息を呑んだ。



「うそ……」



 思わず、声が漏れる。それほどまで、中身がアンジェリカにとって衝撃的だったのだ。


 それは手紙だった。驚いたのは内容ではない。書かれている文字だった。


 震える手を叱咤しながら、文字をなぞる。懐かしさのあまり、感情が激しくこみ上がってくる。



(信じられない、どうして……)



 それは、間違いなく日本語だった。

 簡単な日本語で書かれたそれは、こう記されていた。




『これからお前を助けにいく。ぜったいに助けるから、待っててくれ。約束だ』




 約束。その単語で浮かぶのは、あの子のこと。

 絶対に約束を守る、と豪語した、あの子の顔と、笑顔。

 日本語、約束、そして髪と目の色。



(ああ、そういうこと……)



 視界が滲む。アンジェリカは、小さく笑みを零した。


 どうして、気付かなかったのだろう。重ねれば、たしかに面影があるではないか。なにより、あの顔は、お兄さんとよく似ている。



「小太郎……」



 七年ぶりに名前を口にする。


 どうして、この世界にいるのか。同じ歳のはずなのに、なんで二十歳になっているのか。


 疑問が、次々と浮かんでくる。



(早く会って、聞き出さないといけないわね)



 目元を拭って、ラルを撫でる。


 返事をしたいところだが、生憎ここには書くものがない。せめて手紙を受け取った、ということを伝えたい。


 ラルを抱え、鉄格子の傍らまで行く。



「ラル、手紙ありがとう。気を付けて、みんなの所へお帰り」



 小声で囁くと、ラルはキュゥと鳴いて、塔を降りていった。それを見送り、アンジェリカは手紙をポケットの中に仕舞う。


 手紙を見られても、問題ない。日本語を読める者など、この世界で二人しかいないのだから。



(これは、お守りとして持っておきましょう)



 手紙を入れたポケットを、上から優しく撫でる。


 その時、扉の向こう側から、話し声が聞こえた。扉をじっと見据える。少し経つと、扉がゆっくりと開かれた。


 仮面を被った男が二人、そこに立っていた。よく見ると、仮面の表情が違う。怒った顔と悲しい顔を模っているように見える。


 一人は見張り番だろう。後一人は仲間に違いない。



「待たせたな。下に降りるぞ」



 そう言ったのは、悲しい顔をした仮面の男だ。声の感じからして、見張り番なのだろう。

 とうとうか、とアンジェリカは軽く笑んで、頷いた。



「分かりました」



 笑みの底で、感情を押し殺して、相手に悟られないようにする。

 意を決して、アンジェリカは仮面の男の許へ歩み寄った。

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