夢への第一歩
「いやぁ! 素晴らしい歌声でしたよ!」
振り向くと、ロタールとクルトがいた。傍らには、何やら大きなリアカーのような鉄の塊がある。
アルファがげっと声を上げる。そういえば、この子は不法侵入中だったな、と思い出す。
拍手を打ちながら、ロタールが近付いてくる。
「貴女にこういう特技があったとは」
「恐縮です」
「胸を張ってもいいですよ。心が洗われる、とても素晴らしい歌声でしたから」
ロタールが笑む。
クルトを見ると、まだ呆けている。どうしたのだろうか。
「それはそうと、少年。君、どこから入ってきたんだい?」
「え、えーと、それは」
「侯爵家に限らず、貴族の家に不法侵入したら、いくら子供といえど、罰せなくてはいけないんだけど。どうして、不法侵入しちゃったのかな? 子供が門から入ってきたっていう報告は、なかったはずだけど」
ひっと、アルファが小さく悲鳴を上げる。すっかり萎縮してしまい、先程の威勢がなくなったアルファの代わりにアンジェリカが答える。
「ロタール侯爵。アルファ君は、ロタール侯爵が造る魔法機が、とても好きみたいで、見学しに来たらしいです」
「魔法機をですか?」
「はい。将来は、ロタール侯爵のようにすごい魔法機を造りたい、と」
ロタールのように、とかアルファは言わなかったが、ここは煽てておく。
「侵入方法は分かりませんが、たまたまわたしと鉢合わせして、わたしの話し相手をしてくれていたんですよ」
「ほう、それはそれは」
ロタールは笑みを深くした。
「アルファ君といったかな? 魔法機が好きかい?」
「うん、大好き……で、す!」
あ、寸のところで、敬語に直した。一応敬語は使えるんだな、とアンジェリカはアルファを見る。ロタールに再び視線を向ける。ロタールは、アルファの目を探るようにじっと見つめていた。
「造りたいと思うかい?」
「うん、あ、はい!」
「そうかそうか」
ロタールはアルファの返事に、満足げに頷いた。
「今度から、門を通して入ってくるといい。門番には言っておくよ」
「へ!?」
アルファが素っ頓狂な声を張り上げる。アンジェリカもロタールの言葉に、目を丸くした。
「あら、侯爵。罰はいいのですか?」
「いいよ。面倒臭いし。それに、魔法機に興味を持ってくれるのは嬉しいことだよ! 未来の発明家を応援したくなっちゃう。でも、今度からは門から入ってくれたらいいかな」
「い、いいんですか!?」
「うん。ただし! 僕の助手候補っていうことで話を通すからね」
「やったぁ!!」
アルファが歓喜の声を上げて、クルトの許へ駆け寄る。放心しているクルトを呼び起こす手間が省けていい、とアンジェリカはロタールを見る。
「あの子はクルトに懐いていますね」
「ええ。ロタール侯爵、本当にあの子を助手にするつもりですか?」
「下積みは大切ですよ。それに、助手が欲しいなって思っていたし」
「あらあら。やけにのんびりした育成ですね」
助手として働かせるには、幼すぎる。即戦力は無理だ。
「子供の発想は度肝を抜かされますしね。それに、英才教育は今のうちにといいますか」
「そうですか」
英才教育は、とち狂った大人による洗脳だと思っているアンジェリカは、心の中でアルファに合掌した。犠牲者になるかもしれないが、それが本人の幸せに繋がるかもしれないので、止めはしない。
「助手といえば、クルトは助手にしないのですか?」
魔法機の原案は彼だということを思い出し、問いかける。
「クルトは僕の代わりに領主代理をやっているし、いずれ辞めるとはいえ、騎士もやっていますからね。これ以上負担を掛けさせるのはさすがに」
「騎士をお辞めになるのですか?」
初耳だ。たしかに辞めたほうがいいのではないか、と思っていたのだが、敵国の王を討ち取った功績もあるため、中々辞められないだろうと思っていたから、尚更驚いた。
「騎士団からは渋い顔されていますけどね。領主の仕事をやっていると知っているので、雲行きも怪しくありませんし、まぁいいか、とあちらが折れかかっているので、まあ騎士を辞めることはできるでしょう」
「とても朗らかですね」
「お国柄ですからねぇ」
アンジェリカは、心の中で安堵する。過労死するリスクが減るのは良いことだ。
「それに、魔法機を造るのに必要な魔力が全くないですからね、クルトは」
呟かれた言葉に、目を丸くする。
魔法があるこの世界には、魔力を持つ人が多い。その中で貴族は魔力を多く持つ人物が生まれる可能性が高いという。
その中で、クルトは魔力を持っていない。庶民の中には魔力がない人がいるというが、貴族では庶子ではない限りそれはほぼないという。
ちなみにアンジェリカは、異世界の者なので魔力がない。その代わり、聖女だけが持つという神通力がある。
クルトを見る。アルファが嬉しくてたまらないといった様子で、クルトの服を引っ張っている。
クルトの困惑した顔を眺めている自分が、今どういう感情を抱いているのか。アンジェリカ自身にも分からなかった。
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