第148話 ビンタの音
未知の敵に対してキネアはすぐにステータスサーチを実行したようだ、そして驚きの声を上げる。
「グレート・エンペラー……六次職って……嘘でしょう……」
目の前の男は、うちの怪物ギルマスのルキアより格上……そんな敵を前に、流石に焦りを隠せなかった。
「おかしいのう……六次職は大陸に五人……五人とも私は知っておるが、こんな奴、見たこともないぞ……新しく六次職が増えたと言う話も聞かぬし……」
超級の冒険者たちに顔が効くうちの姉が知らない六次職の冒険者なんて考えられない……もしかしてステータス改変……確か、暗殺者や高レベルのシーフにそんなスキルがあるって聞いたことがあるけど……
こちらが戸惑っているのを見て、男はニヤリと微笑みこう言った。
「ふっ……自分の知ることが全てだと思わぬことだ」
「どう言う意味じゃ……お前は何者なのだ」
「名はラウガだ、お前たちを殺す者だと覚えておくがいい」
そう言うとラウガは殺気を増幅させる──それに合わせて、周りの魔獣たちも唸る声をあげて興奮し始めた。
「悪いがあの男は任せる、私は隣の女に用がある」
シュラちゃんはそう言って女の方へと歩み寄っていった。
見た目から前衛職の敵を相手に、近接戦闘タイプのシュラちゃんがいなくて大丈夫かなと思ったが、それは心配しすぎだった。
男は両手剣を振り上げ私に斬りかかってきた──対人戦などでヒーラーを狙い撃ちするのはセオリーで、そんなこと予想できたのに……私は不注意に前の方まで出てしまっていた。
踏み込みの早さも剣を振るスピードも、六次職の近接ジョブに恥じない脅威的な剣撃が襲いかかる……そんな攻撃にハイプリーストの私が反応できるわけもなく、ただ目を閉じて体を強張らせた……しかし、その剣の刃は私に届くことなく弾き返される。
私を剣の攻撃から守ってくれたのはユキちゃんだった……驚くことに、ユキちゃんはあの凄まじい剣の攻撃を素手で弾き返していた──流石にそれにはラウガも面食らっている。
「嘘だろ……何なんだお前は……」
さらにユキちゃんは一瞬でラウガとの間合いを詰めると、軽くビンタをラウガにお見舞いした、軽く見えたのだが、ビンタを受けたラウガは空中で一回転して真横にぶっ飛んでいく……
「ぐっ……なんてこ……」
ラウガが全てを言い終わる前に、ユキちゃんは倒れたラウガに近づくと、さらに強烈なビンタを喰らわせた。
今度は空中で二回転して吹き飛ぶ……さっきよりダメージが大きいようで、ラウガはピクピクと震えながらゆっくり起き上がった。
「き……きさ……」
これまた言い終わる前に、ユキちゃんの強烈なビンタが炸裂する……今度のはさらに威力が上がっているようで、鈍い音が響き、ラウガはその場に崩れ落ちた。
「すごいよ、ユキちゃん──六次職の冒険者をビンタだけで倒しちゃうなんて……」
私がそう声をかけると、大人のユキちゃんは、小さい時と変わらない無邪気な笑顔で照れる。
「それにしてもユキちゃん、どうしてビンタで倒したの? 魔法でポンっと倒した方が早かったのに」
キネアがユキちゃんにそう聞いた。それに対して、少しはにかむようにこう答えた。
「魔法だとこの人、死んじゃうかもしれないでしょ……ユキが人を殺したらジンタ、悲しむと思うから……」
確かにユキちゃんが人を殺したって後で知ったら、ジンタは悲しむかもしれない……ユキちゃんはジンタの事をよく分かってるな……
周りの魔獣たちは、ユキちゃんがラウガをしばき回している間に、マリフィルとうちの姉に倒された──後はシュラちゃんの方だけど……どうやらそちらは他人が入る余地はないみたいだ。
「シュラ! 出て行けといっただろ!」
「スフィルレン! 何やってるか知らないが、魔獣なんて使ってるなんて、ろくな事じゃないだろ! 今すぐそんな事やめて私のとこへ戻ってこい」
二人は言い合いながら戦闘を繰り広げていた、しかし、必死で戦っている敵の女性と違い、シュラちゃんは本気で攻撃をしているようには見えない、今のシュラちゃんは進化によって相当強くなっているので、本気を出せばすぐに戦いは終わるだろうけど、多分そうはしたくないのだろう……
周りを見て、仲間の男や魔獣が倒されたのに気がついた敵の女性は、ヤケになったのか、持っている鞭をガムシャラに振り回してシュラちゃんに攻撃する──しかし、その攻撃を軽く避けて一気に間合いを詰めると、その女性の手を蹴り鞭を吹き飛ばした。
武器がなくなった女性は戦意を失ったのか、その場に座り込んでしまった。
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