第141話 群の鼓動

薄暗い広い部屋──床に書かれた巨大な魔法陣の真ん中に、モンスターポータルが青白く光っていた。その前には神妙な表情のスフィルレンの姿がある。


「私の魔獣がたった10人未満のパーティーに倒されるなんて……」

そう呟きながら、スフィルレンはモンスターポータルに近づいた。魔獣が倒された報告はすぐにスフィルレンへと伝わり、そのせいで彼女は相当イラついていた。

「スフィルレン様、どうするおつもりですか? もしかして再召喚なさるつもりでは?」


「もっと強力なのを召喚して、私の魔獣を倒した奴らを殺すのよ」

そう言うスフィルレンの顔は鬼気迫るものであった。

「しかし、魔獣の召喚に使える魔力源は残り少ないですし……クラウシャ様に咎められませぬか」

「魔力源はメリューカを滅ぼせば大量に手に入るでしょ、それより今は遺跡内を嗅ぎ回っている冒険者たちの駆除が先決です」


「その冒険者たちですが、どうやらラウガ様が片ずけに動くようでして……魔獣の準備をしております」

「なんですって! ラウガが私の魔獣を勝手に使おうとしてるの!?」


それを聞いたスフィルレンは、怒りと焦りの表情で部屋を飛び出し、すぐに魔獣が待機している大フロアーへと向かった。



ラウガは屈強な戦士のような大男で、元四次職の冒険者であった。そんな彼は、青い宝玉を手に持ち、五十体の魔獣の前にいた。


「ラウガ! その魔獣たちを冒険者の処理に使うつもりですか!」

スフィルレンは大フロアーにやってくると、すぐにラウガにそう声をかけた。

ラウガは表情を変化することもなく、スフィルレンに答える。

「そうだ、今、遺跡にいる冒険者たちは早めに処理した方がいいだろうよ」

「どうして……」

「二つ頭の魔獣の戦闘力は、通常の魔獣より上だ──それが簡単に倒されたのだぞ、そんな冒険者たちを放置していれば、我々の計画に支障をきたす恐れがある」

「だからと言って、今いる魔獣を全て投入するなんて──」

「これはクラウシャ様も同意のことだ」


クラウシャの意思だと聞いたスフィルレンは、それ以上、抗議できなくなった。

「クラウシャ様は、今、どこへ……」

「祭壇で瞑想中だ、大事な祈りだから邪魔するなよ」


「ラウガ、それでは聞くけど──具体的に冒険者たちの処理はどうするの?」

「三階層の大空洞へ誘い込んで、そこで殲滅する。あそこなら袋の鼠だ、逃げることもできないだろ」


「わかりました、それではその戦いには私も参加させてもらいます」

「ふっ、好きにすればいい、ただ、戦いではなく、一方的な殺戮になると思うがな」

スフィルレンはラウガのその言葉を否定しなかった、それは自分たちの戦力に絶対的な自信があるからであった。


「それでは早速大空洞へと向かおう」

そう言うとラウガは、手に持った青い宝玉を魔獣たちに向けてかざした。青い宝玉の光は魔獣たちを照らし、全ての魔獣はラウガの意思通りに動き出す。


「ラウガ、私が冒険者たちを大空洞へ誘い込むわ、魔獣を五体ほどよこしなさい」

「いいだろう、上手くやれよ」


スフィルレンはその五体の魔獣を使って、冒険者を殺すつもりであった。それはラウガに指揮された魔獣によって目的が達成されるのを良しとしない、自己中心的な発想からの行動なのだが、自ら召喚した魔獣たちは、自分の所有物だと思っている彼女にとっては当たり前の考えであった。



巨大な魔法陣の中心で、膝をついて一人の美しい女性が祈りを捧げていた──祈りの先には、見るからに邪悪な石像が置かれたいる。


女性はその石像をジッと見つめると、何かを思い出したかのように表情を変えていく……その表情の変化は異様なもので、慈愛に満ちた女神から、殺戮を好む悪魔に変貌するほどの変化を見せた。


「……ラミュシャ……貴様だけは絶対に許さない……必ずや目にものを見せてくれるわ……女神が不死とは思うなよ……」


その呟きには凶悪な恨みが込められていた……

女性の名はクラウシャ、かつては博愛の女神と呼ばれた者であった。


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