第104話 父と娘と

ユキにはお父さんがいない。でも、お母さんが優しいから、ぜんぜん寂しくはなかった。


そんなユキも、たまにお父さんの事を考える。どんなお父さんなのか、優しかったのかな……それとも怖いお父さんだったのだろうか……だけどユキはそれを知らない。


一度、お母さんに、お父さんの事を聞いた。だけど、お母さんは、ただ、いつものように優しく笑うだけで、何も教えてくれなかった。


そんなお母さんだけど、今日はなんだか少し様子が変である。話を聞くと、なんとお父さんが帰ってくるらしい。だから、そんなに嬉しそうなんだ……理由がわかり納得する。


その話を聞くと、ユキもなんだか心がソワソワしてくる。初めてのお父さん。お母さんのように優しかったらいいのだけど……


氷の扉が冷たい音を立てて開かれる。外光に照らされて黒い影が入ってきた。お父さんだ……そう思うと急に胸の奥がザワザワと騒ぎ出す。


「ユキ。お父さんが帰ってきたよ」

お母さんがそう言うと、さらに気持ちが高ぶり、正面を見ることができなくなった。

俯いたユキの前に、お父さんは歩み寄ってきた。勇気を出して顔を上げる。そして、その顔を見て思わず声が出る。

「あっ……ジンタだ」

「ジンタじゃないぞ。お父さんだぞ」

ジンタの言ってることは意味がわからないけど、なんだかホッとしている自分がいる。


ユキを見つめてニコニコしていたジンタは、両手を広げてこう言ってきた。

「さぁ〜お父さんの胸に飛び込んでくるのだ」

ジンタはお父さんではないけど、とりあえずその胸に飛び込んでみる。なぜだろう。お父さんじゃないのはわかっているのに、すごく安心する。このまましばらくこのままでいたい……そう思っていたのだけど、ジンタはそんなユキの気持ちなど考えてないのか、すぐにこう言いだした。

「よし。次はお母さんを抱っこしようかな」

「ヤダ〜。あなたったら……それは夜になってからで……」

「ははははっ。それもそうだな。だけど、ちょっとくらい、良いだろう」

「もう……ダメよ。ユキが見てるでしょ」

「いいじゃないか、おまえ」

「もう。あなたったら」


なんだろう……お母さんとジンタのそのやりとりを見てるとなぜか胸がムカムカとしてくる。さらに二人のイチャイチャはエスカレートしていき、とうとうチューをし始めた。


そんな二人を見てると、胸の底からイライラが湧き出てくる。どうしてこんなに腹が立つのか理解できないのだけど、湧き出る不快感は、やがて大きな怒りへと成長した。


怒りは物理的な姿となって現れる。ユキの周りに冷気のオーラが巻き上がり、もはや制御できなくなった魔力の渦が巨大な冷気の渦となり広がり始めた。



サキュバスが背中を洗ってくれている。嬉しいことに、たまに柔らかい何かが、背中に触れる。多分、彼女の豊満な胸が当たっているのだろう。そう考えるだけで、俺のアレは、もはや何とも表現できないくらいの感じになっている


よし。今日、俺は男になるのだ……そう心に誓うと、さらに体を清める為に、湯船へと入った。


もしかしてこれは温泉ではないのか……肌に感じる滑りと、少し感じる硫黄臭に、極上の泉質を感じる。


湯加減も最高である。熱すぎず、温すぎず……ベストな湯加減とはこれを言うのだろう。


そんな至福な温泉を堪能していると、サキュバスも湯船に入り、俺に近づいてくる。もちろん、それを拒否する理由もないので、王様気分でそれを眺める。

「お客様、隣、いいですか」

「うむ」

そう言うと、サキュバスはジンタに密着するように隣に座った。


なんと幸せな一時なのだ、どうしてこんな良い思いをしているのか、忘れてしまったが、ここはこの瞬間を存分に味わうしかないだろう。俺はサキュバスの肩に手を回して、その体を抱き寄せる。サキュバスはそれを全然嫌がりもしないで、俺に身を任せていた。


さて……これからあんなことやこんなことをしてやろうと思ったが、なんだか温泉の湯が少し温くなってきたように感じる。

「うむ……少し湯が冷めてきたみたいだな」

「あっそうですか、では、暖かい湯を足してまいります」

そう言うと、サキュバスは湯船から出てしまった。ちょっと残念な感じではあるが、冷めた湯に長くはいられない。ここは少し我慢することにした。


サキュバスがその場から去ってすぐに、ネコ科の銅像から出ていた湯の勢いが上がる。その湯からは熱そうに湯気が立ち上っている。

「うむ。これですぐに温かくなるな」

そう思っていたのだが、お湯は全然熱くならない。それどころかどんどん冷たくなっていく。


浴場全体が湯気で視界がなくなっていくほど、見た目では湯は熱そうに感じるのだが、なぜかその見た目とは対照的に、湯は水のように冷たくなる。流石に入っていられなくなるほど湯が冷たくなってきたので、俺はそこから出た。


しかし、湯から出てもその冷たさを体に感じる……やばい……このままでは凍えてしまう。俺は自分の服を着るために、脱衣所へと向かった。


だけど、風呂場の扉が開かなくなっていた。

「お……お〜い。こ……ここから出してくれぇ……」

震えながらそう叫ぶが、何の反応もない。やばい……寒すぎて体の感覚がなくなってくる……そのまま寒さに耐えていたが、俺の意識が段々となくなっていく……

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