第94話 サブマスの思い

ディレイは、ギルドミッションの後処理もあり、パルミラギルドの事務所で夜遅くまで事務処理をしていた。そこへ、キャラバトイベントからの帰り道に、興奮冷めやらぬ様子でルキアが現れる。


「ディレイ。まだ仕事していたんだ」

「どこかのギルマスが、事務処理を全然してくれないからな」

ディレイは、少し棘のある言い方で言ったつもりだったが、ルキアは気にすることもなく、キャラバトの魅力を語り始めた。

「いや〜、それにしても今日のバトルは面白かったよ。まさかフンドシ勇者に弟がいるとは思わなかったよ。その弟が強い強い、ヒゲ戦士が一撃でやられて大騒ぎ」

「それはようござんしたね……」

「ちゃんと聞いてるか、ディレイ。あのヒゲ戦士が一撃だぞ。一撃! こりゃ来週のキャラバトも絶対行かないとだな……おい。ディレイ。聞いてるか」

「ヒゲ戦士って誰だよ! 知らねえよ! 忙しいんだから邪魔するな!」

「本当に真面目なやつだな。そんなの明日にすればいいだろ」

「俺が不真面目になったらこのギルドは終わる……」

「終わっちゃうのか!」

「そうならないように、やってんだろ。それよりギルドミッションの報酬分配を一覧にしといたから、確認ぐらいしておけよ」

そう言われたルキアは、そこに置いてあった紙を拾い上げて、すごい嫌そうな顔をする。

「……数字がいっぱいだな」

「すぐに戻すな! すぐに!」

「僕が確認しても多分、意味ないと思うんだよね」

「それでもギルマスなんだから目を通すくらいはしろ!」


ルキアはそんなディレイの言葉を聞いて、嫌々ながらその紙をもう一度、手に取る。しかめっ面でそれを確認しながら、ディレイに話しかける。

「ディレイ。来週暇かい?」

「暇ではないが、何の用だ」

「よかったら一緒にキャラバト行かないか」

「……そもそもなんだよ、そのキャラバトって」

「何言ってるんだよ。キャラクターバトルのことだよ。各、町内のイメージキャラクターが、本気のバトルを繰り広げる。ルーディア名物のイベントだよ」

「……町内のイメージキャラクター? そんなのあるのか」

「そうだよ。ルーディア、全48区域にそれぞれイメージキャラがいるんだ。知らなかったのか?」

「知るかよ、そんなの……全区域ってことは、うちの町内にもいるのか、そのイメージキャラクターってのは」

「うちの町内のイメージキャラクターは、出っ歯召喚士だね。しかし、残念な事に、出っ歯召喚士は弱くてね。未だに勝ったことがないんだよ」

「……やっぱり意味わからんな」


仕事も一区切りして、ディレイもそろそろ帰る事にした。邪魔しかしていなかったルキアも、帰る準備をする。

「ルキア。帰りに飯食ってかないか」

ディレイが不意に不意にそう誘う。ルキアは悩むこともなく返事をした。

「いいね。勇者酒場もまだ開いてるし……」

「まあ、勇者酒場もいいけど、たまには違う店行かないか」

「いいけど。どこかいいとこ知ってるのか」

「三丁目の高台の建物に、良さそうな店が出来たから、そこに行ってみよう」


ディレイが見つけた店は、二階にある眺めの良い店で、小洒落た雰囲気を醸し出していた。

「ディレイ……高そうな店だぞ。大丈夫か?」

「エミュリタが一人で行ったって言うから、聞いたけど、見た目ほどは高くはないそうだ」


ルキアが心配するのも無理はない。ルーディアの高級レストランの中には、ディナーのコースで、五十万ゴルドくらい平気でする店もざらにある。しかし、この店、『ビストロ・大賢者』は、高級な店構えであるのに、その価格は、庶民にも手の届く良心的な店であった。


「このホワホワしたの美味いな」

ルキアが、ブルリア卵とメッサ鳥のポワレという名の料理を食べてそう感想を述べた。ディレイも同じ料理を口にして、返事をする。

「そうだな。確かに美味い。勇者酒場の料理も美味いが、あそことはまた違った良さがあるな」


二人はコース料理をそのまま堪能して、食後のお酒を楽しむ。二人の席から見える夜景は美しく、それを肴に酒が進んでいた。

「ルキア。ちょっと聞いていいか」

「なんだ。神妙な顔して、なんでも聞いていいぞ」

「お前……その……あれだ。心に決めた奴とかいるのか……」

それを聞いたルキアはすごく考えて、こう答えた。

「そうだな、やっぱりフンドシ勇者だな。もちろん出っ歯召喚士も応援してるけど、心に決めるなら、フンドシ勇者だ」


その返事は、ディレイの意図するものではなかったが、どうやらディレイ本人はその答えに満足したようだ。少し笑って笑顔になった。


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