第38話 出るらしいよ

宿は貸切状態で、飯の時間になっても酒場には俺たちしかいなかった。宿のおばちゃんも、他に客もいないので騒いでも大丈夫ですよと優しい言葉をいただき遠慮なく騒ぎ出す。


宿と一緒でボロい酒場であるが、料理は大変美味しかった。酒も多種用意されていて、ヴァルダやディレイなどの酒好きはかなりここが気に入ったようだ。


さらにユキの注文した自家製アイスがすごく美味しいらしく、彼女はすごいペースで注文していた。


「ジンタ。飲んでるか〜」

シュラが赤い顔で近づいてきた。どうやらかなり飲んでるようで、いい感じで酔っている。俺は酒はそんなに飲まないので適当に相手をした。

「そこそこ飲んでるぞ」

「いやいや。ちょっと酒が足らないだろ。私が注いでやるからグラスを出しな」

変に逆らっても面倒くさそうなので素直にグラスを出した。シュラは手に持った酒をドボドボとそこに注ぐ。

「ほら。ぐいっと・・」

仕方ないのでぐいっと一口飲んだ。しかし、一口だけってのが気に入らないのか、ブツブツと文句を言う。

「それくらい飲み干せよな」

厄介な奴である。俺が酔っ払いに絡まれて困っているのを見て、ニジナが助けにきてくれた。

「シュラちゃん。ジンタはあまりお酒飲めないから・・・」

「おぉぉ・・ニジナ・・お前はいつも可愛いな・・」

そう言ってシュラはニジナに絡みつく。大胆にニジナの胸を触り、太ももに手を滑らせる。

「ちょっと・・シュラちゃん・・・そんなのダメだって・・」

シュラも物好きな奴だな・・色気のないニジナにも興奮できるとは・・まあ、でもシュラが責められてる姿なら見たいが、ニジナのそんな姿を見ても興奮しない。仕方ないのでシュラを止めるとするか・・


「シュラ。その辺にしておけよ。ニジナが何かに目覚めたら厄介だ」

しかし、その言葉に反応したのはニジナ本人であった。

「なに意味不明なこと言ってんのよ!」


まあ、ニジナは少し怒り気味だがシュラは止まった。持っていた酒が無くなったのか、彼女は新しい酒を取りにカウンターに向かう。


俺も酒ではなく、炭豆茶を貰おうと、その辺を歩いていたメイドに話しかけた。

「炭豆茶を貰いたいんだけどあるかな?」

俺がメイドにそう聞いているのを見て、ニジナも便乗して話しかける。

「私は果実ジュースが欲しいです。ありますか」

「ソフトドリンク類は別室にご用意してます。よろしければご案内しますのでどうぞこちらへ」

そう言って飲み物のある部屋へと案内される。なぜソフトドリンクは他の部屋にあるのか理解できないけど案内に従ってメイドに付いていく。


メイドは酒場の廊下に出ると、すぐ近くの扉を開いた。その中には階段がありそこを降りていく。ここでなぜ地下? と疑問には思ったが、せっかく案内してくれているので黙って付いて行った。


地下は薄暗くなんかジメジメしている。階段を降りた先に扉があり、そこを開けてメイドが言う。

「ここでございます。どうぞお好きな飲み物をお選びください」


そう言われて、俺たちはその部屋へ入った。


「ちょっと暗くて見えないな・・ニジナ。ライト出して」

しかし、明かりをつけて血の気が引く。その部屋にあったのは飲み物などではなく、壁一面に無数に書かれている『お母さんゴメンなさい』という言葉であった。


「ぐっ・・・なんだこれは・・・」

「趣味悪いわね・・」

どういうことか聞こうと、さっきのメイドを見るが、そこに彼女の姿はなかった。



シュラザードは野郎どもが騒いでいるうちに風呂に入ろうと、大浴場へ向かっていた。ヴァルダがいるので覗きをしようとするバカはさすがにいないとは思うけど、用心に越したことはない。


風呂は思ったより綺麗であった。洗い場にちゃんと石鹸も置かれている。外見でかなり覚悟していたので、その分良い意味で期待を裏切られた感じである。


入念に体を洗った後、湯船に足からゆっくり入っていく。湯加減は悪くない。そのまま疲れを癒すように目を瞑った。


ヒタッ・・・・


何かの音にシュラザードは後ろを見る。しかし、静まり返った風呂場に特におかしいところはない。


ヒタヒタッ・・・


今度は人の気配を感じて、勢いよく後ろを見る。だけど、やはり誰もいない・・気のせいだろうと正面を見直すと、湯船に人がいるのに気がついた。それは髪の長い女性で、後ろ姿だけど美人の雰囲気がにじみ出ている。


あれ・・おかしいな・・誰もいなかったと思うけど・・


少しおかしいと思ったけど、まあ、先に入っていて、気がつかなかっただけだろうと思うことにした。だけどそれは甘い考えであった・・その髪の長い女性がこちらをゆっくり振り向いんだけど・・・その顔は美人どころか・・肉と皮がない、完全なガイコツであった。普段アンデットとの戦いに慣れているマスタープリーストの彼女であったが、その不意の衝撃にはパニックになった。


「だぁ!!! ターン・アンデット! ターン・アンデット! ターン・アンデット! うわぁあああ・・」


幽霊にターン・アンデットが効かないということを実証しただけで、彼女の魔法を唱える虚しい声が風呂場に響く。さすがにどうすることもできないのを悟ると、シュラザードはそこから逃げ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る