第20話 そんな世界もある
日も落ちそうな夕暮れ時、人気の少なくなった商店街を一人の男がコソコソと歩いていた。男は商店街の中の潰れた店へと足を踏み入れる。店内に入ると、無造作に置かれた大きな棚を横にずらして隠し通路へと進んだ。
隠し通路の奥には扉がり、それを開くと中へ入る。
「ジンタ。久しぶりだな」
「ふっ。新作が入ったと聞いた。来ないわけにはいかないだろ。ビルゲット」
彼は特殊三次職のフォトグラファーという珍しいジョブの冒険者である。フォトグラファーは、その戦闘能力の大半を失う代わりに、神写と呼ばれるスキルを得る。それは、自分が見たものを紙に正確に映し出すことができるスキルで、一部の人間に絶大な支持を得ていた。
「ジンタ。見ろ、これが噂の新作、サキュバスのミリアちゃんのファースト書物『にぎってあげる。』だ!」
「うぉぉぉ・・・・マジか・・サキュバスとは良いチョイスをしたなビルゲット」
「まあな、だけどミリアちゃんの神写をするのは苦労したぞ。とあるマスターサモナーに頭を下げて撮らせてもらったんだ。それも何度もお願いしてやっと協力してくれたんだ。金も相当かかってる」
ビルゲットの説明にジンタは頷きながら答える。
「その苦労の重さだけの価値はあるってものだ。見ろ。このミリアちゃんのお尻を・・・プリッとした張りのある人肌に、異物のように生えてきている禍々しい尻尾を・・・この丁度付け根の部分がたまらないぞ」
ジンタがそう力説すると、ビルゲットも負けずと自分の好みを伝える。
「確かに尻もいいが、一番のオススメは背中だぞ。この無駄のない筋肉質の体、美しく浮かび上がる肩甲骨から、邪悪と言っていいほどの異質な黒い翼・・まさに美とはこのことを言うのだと思い知らされる」
「わかるぞ。この翼の付け根のクチャっとなってるところがエロティズムを掻き立てるよな」
どんな性癖にも、同志と呼べる者がいる。そしてその同志とはどこかで惹かれ合い、やがて人生のどこかの分岐点で出会う運命なのだ。俺とビルゲット当然のように出会った盟友と呼べる関係であった。
「よし。この書物を買うぞ! ビルゲット、いくらだ」
「五万ゴルドだ」
「・・・・高いじゃないか・・いつもは一万ゴルドくらいじゃないか」
「今回のは必要経費がすごくかかっているんだ、これでもお前だから安くしてるんだぞ」
「うむ・・今は持ち合わせがない・・付けにできないか」
「それはダメだ。俺は商売では貸し借りはしないことにしている」
くそ・・商売だと妥協をしない男だ・・ここはお金を工面して出直すしかないか・・
とりあえずミリアちゃんの書物は取り置きしておいてもらい、俺は金の工面をすることにした。しかし、どうするか・・ニジナにはもう三万ゴルド借りてるから頼めないしな・・
とりあえず、何か売る物はないかと部屋に戻って探してみようと思った。
「どうした、ジンタ。探し物か」
部屋をゴソゴソしていると、ユキが声をかけてくる。
「いや、何か売れるものないかと思ってな」
「お金無いのか? ユキがアイスいっぱい食べたからか?」
「そうじゃないよ。ちょっと必要になってな・・」
子供ながら家計の心配をしているのか不安な顔でこっちを見ている。
「おっ! そうだ忘れていた。これがあったな」
バックパックを調べていると、ジョブクエストの時にドロップしたアイテムが出てきた。ローパーからは光る枝、アイストロルからは氷の結晶を手に入れている。
早速、ギルドの換金係にそれを持っていくことにした。原則、冒険で手に入れたドロップアイテムは、どんなものもギルドで換金しないといけない決まりになっている。そこでドロップアイテムを相場より少し安い価格でギルドが買い取り、その差額がギルドの資金となるシステムになっていた。
「ワゲン。ドロップアイテムを持ってきた。換金してくれ」
ジンタにワゲンと呼ばれた小太りでメガネをかけたおじさんが、無言で手を出して見せてみろと催促する。俺が光る枝と、氷の結晶を渡すと、ワゲンは目の色を変える。
「おい。ジンタ。お前にしてはすげーの持ってきたな。これはかなりレアな素材だぞ」
「マジか! いくらになるんだ」
「そうだな・・相場では二つで百五十万ゴルドにはなるから、ギルド買い取りで百万だな」
「すげー! 一気に金持ちだな」
「だが・・・お前ギルドに九十万、借りてるな。それは引いとくぞ」
「な! 忘れてた・・」
「ほい。十万ゴルドだ。大事に使えよ」
まあいい。十万もあれば『にぎってあげる。』は買えるぞ。すぐにビルゲットの店に行こうとしたのだが、ニジナに捕まった。ニジナは右手を出して何かを求めている。俺も手を出して握手した。
「違うわよ。お金入ったんでしょ。返してよ三万ゴルド」
「どうして知っている!」
「さっきそこでワゲンに聞いたの」
くそ・・余計なことを言いやがって・・ニジナには出世払いにするつもりだったのに・・仕方ない・・三万ゴルド無くなってもまだ七万ゴルドはある。
「チッ・・無駄遣いするなよ!」
「何よそれ。お小遣いみたいに渡さないでよ」
ニジナにお金を返すと、俺はビルゲットの店へと急いだ。が、門のところでリュカーに呼び止められた。
「ジンタ。あんたお金入ったんだって」
「誰に聞いた!」
「そこでワゲンに聞いた」
あいつはなぜみんなに言いふらしているんだ・・・
「ふっ。入ったがどうした」
「何言ってんのよ。前に貸したお金返してよ」
「・・・・いつだ」
「最悪。覚えてないの? なんかどうしても買わないといけない書物があるって言って借りたじゃないの」
「・・・・・返してなかったっけ?」
「返してないわよ。早く返して二万ゴルド」
くっ・・仕方ない。ギリギリだが五万ゴルドは残る。うるさそうだから返すか・・
「ほら! 持ってけ!」
「毎度!」
まあいい。まだ『にぎってあげる。』は買えるだけのお金はある。また誰かに捕まる前にビルゲットの店に行こう。
「よう! ジンタ。どこ行くんだ」
だっ! ディレイ・・なぜ待ち伏せするように現れる・・
「なんだディレイ・・お金はもうないぞ」
「なんだよお金って、違う違う。お前の二次ジョブクエストのクリア祝いをしようと思ってよ」
「なるほど・・そっちか・・」
「今から勇者酒場で騒ごうぜ」
「いや・・今からは少し用事が・・・」
「いいからいいから。ギルドの奢りだから金のことは気にするな」
俺は強引に勇者酒場へと連れて行かれた。みんなギルドもちの宴会には耳がいい。いつの間にか大勢のギルドメンバーが勇者酒場に集合していた。俺は早く『にぎってあげる。』を買いに行かないといかないのに・・
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