088、行列の話

 といっても、見てもらったとおりですが、と、坊は言った。


「これを参考にするなら、二本入りと五本入りを適当に作ればいいか」

「数的には……同じくらい?」


 表を確認すると、確かに同じくらいだった。

 家に持ち帰るのが二串というのは、何か……まぁ、家族構成によってはよくあるのかもしれないが、


「これをベースにすればいいのでは?」

「俺の疑問点が解消されてないんだけど」


 口を挟んだのはオーリだ。彼の持ち出した疑問のないよう。食器として用いている葉が客に供給されるものである以上、それは懸念すべき点であるがその点に関しては、


「別にそれについては、葉を受け取ればいいのでは?」


 坊がいう。意味は分かる。

 葉というのはあくまでも仲介物でしかない。

 俺を渡すのは会計の前のタイミングでもあとのタイミングでもいいはずだ。

 にも関わらず、それを遵守しようとするのは、あくまでもすでにあるルールが頭にあるからだ。


 彼らはこの街に何度も来ている分、それが強いのだろう。

 対して坊はこの街のルールが頭に刻まれている、という意味では同じであっても、それを変えることで商機を生む側の立場である。それ故にそういった発想が出てくるのだろう。


「じゃあ、二本入りと五本入りで包んだものを作って、持ち帰りを……」

「だったら、列自体を分ける」


 こちらの肘をつねるのを止めないままニコが提案をした。


「ほう、つまり?」

「早く処理ができる包んだ後のものは渡すだけ。だったら、焼き上がりを待つ列に入れる必要がない」

「……、なるほど。でもそれは待ってる人を差し置いて先に持ち帰るってことになるか」

「別のものとして考えればおかしくない」


 ニコの案はそれ自体は有用そうだが……。


「んー、あんまり」

「マル?」


 難色を示したのはマルだった。


「その場で食べた方がおいしいぞ、なのに、持ち帰りのほうがいいところがあるというのは、あんまり個人的には……その」


 理屈の正しさがわかる分、あまり大きく言いたくはないのだろう。

 それに頷きを返したのは意外なことに坊だった。


「料理人としては、ということですね。では、いくつかの他のデメリットもあげてみますので、採用不採用を少し考えてみましょう……あ、でも、そのアイディア自体は非常にいいと思いますが」

「ん」


 ニコはもとよりあまり気にしてない様ではあるが、それでも一応、このタイミングでフォローを入れる坊は気遣いができる子なのだろう。


「えーっと、先ほどフツさんがおっしゃったように順番についての不平等感が多少ある、というのが一つ、次に、行列をなくすというメリットが同時にデメリットでもある、という点です」

「……それはどういう意味ですか?」


「はい、シノりん。今、こちらで経営している屋台の場合、元の評判とかはありませんので、集客は『看板』『匂い』『口コミ』が基本です。このうち、口コミはできてすぐの分あまり期待できませんが……もう一つ」

「それが行列ですか……うん、なるほど。人が並んでいる店ならはずれはないだろう、ということですね。わからなくはないです」

「はい、それにある程度の人数がいることは治安の維持にも役に立ちます。人目があれば悪いことをしにくいということですね。これは適度なら有効です」


 そこを切り取ると、行列を崩すのは確かにデメリットがあるようにも感じる。


「あん? でも、行列ができて、できたままっていうのは、結局、客が目的を果たせていないからじゃないのか?」


 オーリの疑問。それは確かに、そうだろう。購入後に食べる分はまだしも、購入までに時間がかかるから行列ができているというだけでは、『人気があって』ではなく『手が遅いから』の行列になってそれはあまり意味がないのでは? という素直な疑問だ。


「行列自体の効果は、それが何に起因するかにあまり関係ないと思いますが……まぁ、正体を知るとがっかりするので、リピーターが減るでしょうね」


 つまり、行列を作るためにサービスを落とすのはもってのほかだということだ。


「となると、列を二つに割ってというのは、有効?」

「さて、そうですね。単純にうちの問題だけとして見れば有効でしょう。たぶん、店前で串焼きを食べているだけでも客引きの効果はあるでしょうから」

「じゃあ……」

「でも、だから採用とはいいがたいのは、もう一つの兼ね合いです」

「……あ」


 気づいたのはシノリだった。


「飲み物の売れ行きが」

「そうですね。提携している飲み物屋さんはいまのところ、行列で待っている間の客向けに商品を売っていますので、今の形だと循環しますが、持ち帰りを持ち帰りの列としてしまうと、彼らの商機を奪ってしまうことになります。契約金を減らすか、別の形を提案するか、そのあたりが必要になるかと思います」



 持ち帰りのほうには最初からセットにする、という案も出たが、作業スペースの問題と、そもそも相手が呑んでくれるかわからないこと、そして、この屋台の営業は期間限定になるだろう、ということからとりあえずは見送りになった。

 そして、幾らかの話し合いの結果として、


「じゃあ、とりあえず、持ち帰りと焼きたての提供は窓口を分ける方向で。調理はマル、焼きたて販売の接客と会計はシノリ、セットを包むのはリノ、セット側の販売の接客はオーリ、会計はニコで今日は行こうか、坊は悪いけど引き続き売れ行きの把握をしてくれるか?」


「えぇ、焼きたての売り上げが減って持ち帰りがあまりに増えるようですと見直しが必要ですからね」


 この辺りはマルのやる気の問題だ。手を抜くことはしないだろうが、焼きたてで一番おいしいものではなく利便性の良い持ち帰りがいい、ということになれば張り合いは薄くなるだろう。

 そういう観点では、坊の仕事は非常に重要になる。


「よし、じゃあ、みんなで話しておくことがなければ開店時刻までは準備に戻ろう」

「はーい」


 軽い感じで、しかし、しっかりとした返事が返ってきて打ち合わせは終わった。

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