046、お昼ご飯の出来はいかが?

 さて、と一息つきたくなるほどの時間がたって。

 太陽が天頂に至ろうとするころに食堂に向かう。

 無論、ニコとともにである。



「どうでしたか?」


 質問とともに、配膳してきたスープとパンを合計三つ向かいの席に置いたのはクヌートである。

 彼は俺とニコの分をそれぞれの目の前に並べてお盆の上の木の匙をこちらに寄越してくる。

 リコの実の独特の酸いような匂い。赤く染まる椀。


「こっちの成果は……まぁまぁ? 今のところ種類分けが主で内容を吸い上げるって段階じゃないけど」

「そうですか」


 クヌートはさほど興味のなさそうな……、というよりも、目の前のスープのほうに関心があるようで少し気もそぞろだ。


 木の匙でスープの中をかき混ぜる彼、まだ口に運ばないのかと思ったが、周囲を見ればクヌートと同じように椀の中をかき回すものはいても口をつけているものはいない。

 どういうことか、とニコに視線を向けると、


「昼食、夕食は号令をしてから」


 そんな回答が端的に返ってくる。確かに、目覚めたあの日の夕食もそんな風だった気がする。

 先ほど見た書類の中身について、二三、ニコと確認をしていると台所の方向で少年の声で号令がかかった。

 食堂の皆は瞑目してその号令を聞いている。


 祈り、なのか。ここは確かに教会であるからそれは適切なのかもしれない、あるいは、神とつながる場である神殿ではなく、神の教えを広める場としての教会で祈るのは少しずれているのだろうか。

 号令の中身は……少し興味深く、ある意味でシニカルだ。


 子供の守護者である神の教会であることと孤児たちが集まる教会であることは相反しないが、その結果、祈りの聖句に『両親に対しての感謝』が含まれるのは何らかの意図なのかあるいは、どこかからの引用をしたことによるずれなのか。


 かの神をあまり知らない自分には、それが随分と皮肉げに響く。

 そんな、取り留めのないことを思っているうちに号令は済んだらしい。

 少年少女は匙を躍らせ思い思いにスープを口にしている。


――その笑みを見る限り、彼らの口に合っていたらしい。


「ふふっ」

「……どうした?」

「いや、心を砕いてたんだな。と」


 料理のリアクションを見ていたのを観察されていたらしい。

 ニコは笑いながら、一匙一匙とスープを口にしていく。


「美味しい?」

「うん!」


 その笑みは純粋無垢と感じられるものだ。

 ふふふ、と正面のクヌートが微笑を零す。

 どうかしたのかと、視線を投げると。


「仲がいいな、と思いまして」


 そんな風に笑顔で言う。


「うん!」


 ニコはそれはそれは嬉しそうに頷いた。俺としても別に否定の言葉があるわけではない。

 クヌートはしかし、何か言いたいことがあるような表情をしている。


「言いたいことは」

「……はい。わかりました」


 何か不満や言いたいことがあれば聞きたいと、その促しに彼はうなずいた。そして、口にしたのは。


「味はおいしいです。苦手な子が出ないように香辛料で肉の嫌な臭いは無くしつつ、表面は焼き上げて肉のいい匂いは立たせる。それでいて、肉を大量に使いすぎるというほどでもなく十分に野菜も入っている……そこまではいいのですが……」

「いいよ、気にせず」


 詰まった言葉への促しで彼はようやく口を開く。


「貴方に直してほしい、というか、見直してほしい点は二つです」


 彼は二本の指を立てる。


「一点目は見落しかもしれませんが、聞いているはずのところです。薪代がかかる冬の時期に『長時間煮込む』工程の入る料理は出来れば避けたいです」

「……なるほど、たしかにな」


 その点は失念していた。この地に生まれて育った者には刻まれているかもしれない注意がしかし、外から来た自分にはなかった、と。

 そして、どの程度というのは見当もつかないが避けられる工程を避けないのはよろしい態度ではないだろう。真摯ではないと言えばいいのか。


「悪かった」

「いえ、最初からすべての注意点を回避できるとしたら、それは運がいいだけでしょう」


 僕も注意しませんでしたし、とクヌートは言う。初対面の相手のことを注意するというのは確かに少々ハードルが高いことだろう。

 だから、それは仕方がない。そして、もう一点は、


「もう一点は、僕も器にそそぐ時まで気づかなかったんですが」


 こつと、椀を叩くクヌート。その動きに響くのは中身をもって重くなった木椀の湿った音……、あ。


「そうですね。まぁ、初めて入った厨房で食器まで把握しろ、というのは無理が過ぎますよね」


 言いたいことはよくわかる。リコの実、リコの実だ。

 そういえば、マルの作ったスープに入っていた実はピューレ状ではなく、干したリコの実を具のようにして使っていた。それでも、スープ全体の骨格になる程度の味が染み出していたが、俺の使い方とは大きく違うところがある。


 それはスープの色だ。

 彼女のスープが透明でそこに赤い油が浮いているという程度なのに対して、こちらは赤色がスープを構成しているという具合だ。それの何が問題なのか。味については問題ない、マルの味には全く届かないものの、子供たちの様子を見ていると問題のないレベルだと分かる。

 では、色の何が、というと。


「色が取れなくなるか?」

「んー、下地だけでも残っているのはまだいけるかもしれませんが、木そのままで削りだしただけのものはちょっと厳しいかと思いますね」


 この院の食器は不ぞろいだ。そこにかけるよりももっと他に金をかけるところがあるからだろう。

 ともあれ、目地まで目立ち特に何の加工もされていない木椀、特にこの院で使っているようなものは長年使い続ける用途のものではない。おそらくは旅の道具として使い捨ててもいいような使い方をするものである。


 安く、軽く、落としても陶器よりは割れにくい。そういう意味では子供の多い孤児院には向いているのかもしれないが、それでも、長年使うものでないことは確かだ。


「……一応これも必要なものリストに入れておこう」

「この辺りは僕も気が付きませんでしたね、――器に合わせて調理を変える、か」


 そういう意味ではスープとパンの組み合わせというのも、木の器に余計な臭いや汚れをつけないためだったのかもしれない。もちろん、安上がりに満腹感が得られるというのもあるだろうが。


「うん、でも、おいしいですよ」


 行儀悪く椀を傾けて中身を呑み、それから最後に残ったパンの切れ端でしみたスープを拭ったクヌートが言う。おそらくは行儀の悪いような行動もいろいろ言ったこちらが気負わないようにおどけているのかもしれない。


「ごちそうさまです」


 と、いって、けれど、まだ立とうとはしない。

 こちらの状況も知りたいか……。

 特に黙っておくべきことがあるわけではない。

 人数と年齢構成、去年の冬にどの程度現金と人手と物が必要だったのか。そのあたりがどのへんにまとめられているかが掴めている。


「じゃあ、まあ、こっちで今何を出そうとしてるかを教える。興味があれば、午後そのあたりの話をしようか」

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