037、二人で街を歩いたので逢瀬と呼ぼうと彼女は決めた。

「さて、明後日に備えて、タレの調整をしたい……だけど、道具と調味料が無いぞ」


 マルは憮然としているようにも見える表情で口にした。店舗には掃除用具は揃っていたものの調理用具は最低限しかない。多分、気遣いがないとかではなく、使い慣れたものを持ち込んで使うだろうという考えからに違いない。


 オーリが往復するのが一番早い。というわけで、マルはオーリと何事か相談している。

 こちらとしても、今日はゼセウスと店舗関連の交渉をして、それから、できればレベルアップという軽めの予定を立てていたので道具も何も持ってきていない。


 いや、普通に考えて街へのお出かけに鍋やら包丁やらを持ってくる方がおかしいか。

……とりあえず状況をまとめることにしよう。


「そうだな。マルとオーリは今してること……つまりはここにあるものの確認。ないものの確認。院に取りに戻らないといけないものをピックアップ。それが揃ったらオーリは院まで取りに行く、急いでも良い。で、その間マルは肉の処理に続きがあったらそれをするか、あるいは、バズ」

「あん?」


 ゼセウス、農夫、彼の同僚と続々出ていったときに出ていく機会を逸したのかいまだにいた彼に声をかける。


「道具の不足について、相談に乗ってやってくれるか?」

「……ふむ。新しいものを作るのはなしだ。ただ、すでにうちの工房の店頭に並んでるものを出世払いでなら」

「じゃあ、マル、銀貨二十が上限だ」


 ん、という返事を背後に聞く。マル、オーリ、バズはさっそく何かの相談を始めようとした。

 始まる前ににこちらの予定を告げておこう。


「ニコが来てくれるなら、俺は街を回ってくる。薬屋とギルド支部だな。……ついてきてくれるか?」

「……ん」


 頷く仕草に打てば響く心地よさを感じる。


「じゃあ、行動開始しようか」



 丁稚の子も含めて四人を置いて店を出るとニコはもはや定位置といってもいい俺の左前に来る。

 肩に手をやると一瞬だけ体をぴくんと動かすがそのあとは何でもないような顔をする。

 何に対しての意地なのかはよくわからない。ともあれ、ニコに言ったことはないが触れている肩から体温が伝わってくるのは、導かれているようで心地がいい。


「ギルド支部って、あの居眠りの」


 そんなことを考えていると、ニコはこれから向かうギルド支部のことをそう評した。

 確かに、前回行ったときは留守居らしき女性は額に木目を刻むほどのお昼寝をしていたけど。


「あぁ、あそこだ。きちんと覚えてたか」

「当然」


 胸を張り、ふふんと鼻を鳴らすニコ。

 そのニコを見ながら。ギルドまでこの店からだとどう行けばいいのかを考える。

 地図は何度も見ているので、方角と距離はなんとなくわかる。


 問題はどういう道を行けばいいのか、だ。

 ぐるりと周りを見ると、喧噪を生む人の群れ。

 大通りに面した店だから、本来ならそこそこの家賃なのではないだろうか。

 表にでて、見てみると店構えはいい感じで目立った汚れもない。


「ふうん」


 何とも言えない感情で一つ息をついて、ギルドに向かって歩く。

 何のことはない、どちらも大通りに面しているのだから適当に歩けば着くだろうという判断だ。


 その途中で金勘定の得意なのは誰かとニコに確認してみた。

 得意不得意は別として、という前置きのもと、院のお金を管理しているのはシノリだということが分かった。


「シノ姉は……真面目だから」


 なるほど、何となくそれは同意出来た。

 そんなやり取りをしながら歩くと、ギルド支部からあのお店までは割と近いことが分かった。

 とはいえ、この街のギルドと距離が近いことは余りメリットでもないような気がするが……。


「いらっしゃいませー」


 前と同じ扉を潜ると、前回とは違い、耳長の女性は起きていた。

 いや、普通は仕事中だし起きているか。

 ともあれ今日は会話の出来る状態でよかった。というか、ついこの間、醜態を見た相手がまた同じことを繰り返すようならいくらスキルやクラスがこちらの求めているものであろうがさすがに信用できない。


「一昨日ぶりですね。フツ=カミゾノさん」

「昨日はよく眠れたのかい、ラノワ=シレノワ君」


 思わずで言ってしまったが、よく考えれば――いや、考えなくとも皮肉になってるなこれ。

 彼女の眉もピクリと動いた気がする。


「君をスカウトをさせてもらいに来たんだが……どうだろうか?」


 口が滑る前に、と、単刀直入に本題に入る。

 彼女の反応は何とも言い難いものだった。苦いものを口にしてしまったような表情。


「……確認をしたいのですが、あなたは――ダンジョンを制御しようとしているんですよね?」


 ラノワはそんなことを問う。ダンジョン制御のスキルをもっているものを探しているのだから、それ自体は自明に思えるが……。

 だが、問う理由があるのだろう。であればごまかす理由も特にない。

 そうだ、と頷き肯定する。すると、さらに彼女からの質問が来る、眼鏡の奥の鋭い視線。


「偶然他の街から来たギルド支部を開く権利を持ったギルド員が、偶然他の誰にも見つかっていないダンジョンを見つけて、偶々、その制御のための人員を探している、と、そういう事でいいんですね」

「……ふむ」


 そういう言い方をすれば、確かに、怪しいところは満載だ。こちらに対して警戒するのも分かる。――だから、ニコ、敵意のこもった視線で相手を警戒するな。

 すぐに飛びつく馬鹿だとは思わないが、とびかからんばかりの『空気』を作っているニコ。俺は彼女の右肩に置いていた手を放し彼女の後ろに移動する。


 それは、滑る様に――彼女の傍に身を寄せるような動きだったためかニコは反応をしなかった。ぎこちない左手は彼女の左肩から前にそっと垂らして、かわりに右手を彼女の頭にかける。抱き心地のいい、小さな頭を右腕で目隠しするようにして抱える。勿論、痛くない程度の力で彼女の視線を切るため、という程度に。


「とげとげくしないで。もっと人当たり良くしないと落ち着くまでこの恥ずかしい体勢のままにする」

「――い」


 い?


「いっしょうおちつかないかもしれない……ない、ない、ない」

「落ち着いてないなぁ」


 緩めに力をかけると、ふにゃあ、と鳴いた。

 いつもの緊張した雰囲気より年相応という感じがして随分と可愛らしい。


「お、で、なんだっけ。ラノワ君」

「……いえ。大した話ではないので、いいです。それで、ダンジョン師としての私に声をかけたということは、もう一度確認ですが、ダンジョン破壊をしたいわけではなく制御をしたいということでいいのですよね?」

「そうだね。どちらかというと制御可能にして資源迷宮にしたい」


 ダンジョン師とは下級ギルド職員から派生するクラスで、迷宮への干渉を可能にするスキルを会得する。

 おおよそのクラススキルがパッシブな加護であるのに対して、明確にアクティブなスキルを幾つも覚える。例えばそれによって、階層数を推定したり、敵の傾向を読み解いたり、<あふれ>や<こぼれ>がどれくらいで起こるのかを予測したりが可能になるのだ。


「私は正直レベルの方があまり」

「それは、まぁ、迷宮のない街にいれば上がりにくいだろうね」


 若干陰りのある表情を見せたラノワ嬢に対して、心がけて軽い口調で返す。


「この支部が暇なら、でいいよ。転職というか、転勤してきてほしいってことでもない。俺たちは俺たちで何とかするけど、もしも興味があるなら来てくれるとありがたい。というのと、できれば一度見に来てくれるとありがたい、ってところかな」

「それは、無償でしょうか?」

「そうだな。 勿論、スカウトを受けてくれるなら相談してそれなりの給与にしよう。見学がてら来てくれる時には今度出店される新しいお店の料理人渾身の弁当でどうかな?」


 誘うように言葉をかけてみた。不潔だと思われたのか、ニコに脇腹を突っつかれた。

 そんな被害を受けて得られた答えは、


……考えておきます。

 という小さな声だった。

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