二.おすそわけ

「浦島さんです、浦島太郎さんという名前です」


――――ちょうどそこまで読み終わったところで、




「センパーイ、お待たせしたっすー」


 うどんをお盆にのせた少女が到着した。

 体育終わりらしい彼女からは制汗剤のにおいがふわっと漂う。私は黙ってスマホをカバンにしまい、少し冷めてしまった日替わり定食にとりかかる。



 私の名前は大塚千影。高校2年生だ。

 そして、私を「センパイ」と呼ぶ彼女は上野心。高校1年生だ。


 私たちは一応「同じ高校の先輩・後輩」の関係ではあるが、同じ部活だったり、昔からの知り合いだったりというワケではない。女同士の恋人ということでもないし、「友達」かどうかも微妙だ。ただ毎週木曜日、こうして学食で同じテーブルを囲むだけの関係だ。


 ウチの学校の学食は生徒数に比してテーブル数が少なく、いつも超満員だ。私も去年1年間は一度も利用できず、毎日パンで過ごしていた。

 だが、今年になり木曜午前の最後の授業が移動教室&早めに授業を切り上げたがる教師になったので、そこから急いで学食に向かえば“木曜日だけはテーブルを確保できる”ようになったのだ。


 私には友達がいないので、せっかく確保したテーブルも一人で占拠していて申し訳ないなと思っていたところ、「誰も来ないなら相席してもイイっすかー?」とドッカリ座ったのが上野だった。聞けば、彼女の木曜午前最後の授業は体育のため昼休みには必ず出遅れてしまうとのことだった。


 それ以来、毎週木曜日の昼食は、この後輩と同じテーブルを囲むことになったのだ。


 ◇


「そういや、前から気になってたんすけど……センパイっていつもスマホで何見てんすか?」


 うどんを食べるのが下手すぎな上野は、周りに汁をまき散らしながら聞いてきた。こっちのお盆にまで飛んできそうで心配だ。そんなことが気になって答えなかったところ、追い立てるようにもう一度訊かれた。


「センパイって友達がいないじゃないっすか。

同じクラスに、とか。ウチの学校に、とかじゃなくて。生涯、生まれてこの方、人生で一度たりとも友達ができたことないじゃないっすか。」


 ぶほっ。

 思わずむせてしまった。


「そんなセンパイがスマホで何 見てんのかなーって。

ぶっちゃけ友達いない人ってスマホ持っててもイミなくないっすか?」


 てめ ふっざ けんな

「てめ ふっざ けんな」


 思ったことがそのまま口から出た。


「友達いなくても、有名人とかスポーツ新聞とか猫の画像をアップしてくれる人とかのTwitterをフォローしてるし!スマホ持ってるイミあるし!」

「そういう一方的なフォローばっかで寂しくなんねーすか?」

 たたたたたたしかに私のTwitterは100人をフォローしているのに対して、私をフォローしているアカウントは1人もいない。私が何をつぶやいても、世界中の誰も読んでいない状態だ。


「いや、でもな。聞けよ、上野。

誰かがTwitterとはSNSというより雑誌のようなものって言ってたぞ。しかも、自分で何を掲載するかを決められる、自分のための自分だけの雑誌だ」

「はぁ」

「私は有名人の動向とか、ニュースとか、そういうものをチェックする雑誌を作ってるんだ。オマエみたいに大して面白いこと言わないリア友のどーーでもいいつぶやきばかり載せてる雑誌より百倍おもしろいはずだぞ」

「“りあとも”って何すか?」

 え? そこに引っかかります?

「リアルの友達ってことだよ。ネットの友達じゃなくて」

「ほら、ネットでのつながりはリアルじゃねーって言ってんじゃねっすか」


 ぐぬぬ……そもそも私はネットの友達もいない。基本ずっと読むだけのROM専なので、どこかに書き込んだりもしない。誰とでもつながれるはずのインターネットでもなお、誰ともつながっていないキング・オブ・ザ・ぼっちなのだ。


「センパイも、そろそろクラスに友達つくった方がイイっすよー」

 一つ下の後輩にこんなことを言われてしまった。

 しかしなぁ。こればっかしは性分なのだ。誰とも関わりたくないし、煩わしいことはしたくないんだ。


 ……


 ………



「小説……読んでたんだよ」

「はい?」

「いや、さっき『スマホで何 見てんだ』って訊いただろ?

いつもここでネット小説を読んでるんだよ」

「ネット小説って何すか? 青空文庫みたいな?」

「私が読んでるのはそんな大層なやつじゃなくて、誰でも投稿できる小説サイトだ。小説家を目指している人が、誰でも自由に投稿できて、読者がそれを読むことができる―――」


 バン


 突然テーブルをたたく音がして、顔を上げる。

 見ると、いつまで経ってもクラスで一人だけ逆上がりができない子供を見るような目で上野が私のことを見ていた。


「センパイ! お金に困ってんすか!?」



「……は?」

 何を言っているのかよく分からなくて、リアクションが二行ほど遅れてしまった。

「あたしもお金そんな持っていないっすけど、少しくらいなら貸したげることは出来るっす」

「何言ってんの?」

「だって、小説を買う余裕もないほどお金に困ってんすよね? 素人の書いた小説しか読めないくらいお金がないだなんて」


 いやいやいやいや、待て待て。


「まずは全ての小説投稿サイトと、そこに投稿している人と、それを読んでいる人に謝れ」


「お金に困ってるワケじゃないんすか?」

「お金が余ってるワケでもねーけどさ……私が投稿サイトを読んでるのは、面白いからだよ。本屋で売っている小説も面白いけどさ、別の魅力があるっつーか」

「でも、しょせんはプロの小説家になれないアマチュアが書いたものじゃねーっすか」


 ヒドイ物言いだが、まぁ、一理ある。

 全体の平均値を比べれば、プロとアマチュアではレベルがちがうだろう。


「でも、そこが面白いっていうかさ……

“面白さが保証されていない面白さ”っていうか」

「辛いようでそんなに辛くないラー油(辛口)みたいなことっすか」


 全然ちがう。


「例えば、高校野球ってあるよな。

レベルだけで言ったら、大学だとか社会人だとか、もっと上だとプロ野球があって、メジャーリーグなんて世界中の化け物が集まりやがる。それに比べたら全然レベルが低いんだけど、自分の母校とか同じ町、地元の県の高校を応援しちゃう、みたいなことよ」

「あたし、野球とか全然わかんねーっす」


 てめえ、何行にもわたっての説明が終わってから言うんじゃねえよ。


「ポケモンで例えてくれたら分かるかもっす」

「……私が分かんねーよ」

「じゃあ、Splatoonで」

「みんなが使っている人気のブキより、私は私しか使っているのを見たことがないソイチューバーが好き、みたいな?」

「分かりやすいっす」


 今の例えで、他の人にも伝わるのだろうか?


「でも、あたしはリールガン系の方が見かけない気がしやすね」

「Splatoonの話の方を膨らますんじゃねえよ」


 要は、作品のレベルとか世間の人気とかじゃなくて、自分の好きなものを探す楽しみがあるって話だ。




「ごちそっさんです」

 気づけば、上野はうどんを全て食べ終えていた。

 私の方も定食を食べ終えていた。週に1度、私が学校で誰かと話す時間も今週はこれでおしまいだ。



「じゃあ、あたしもそのサイトを見てみるっすよ」


 ニヘニヘ笑いながら人なつっこく話すその後輩の姿は、なるほどコイツが誰とでも仲良くなれるワケだと思わされた。相手が好きなものに興味を持てる―――チャラチャラしているようで、人の琴線に触れるヤツなのだ。私にはこんなことは出来ない。


「センパイが読んでた作品は、何てゆーヤツっすか?」

「あー、さっき読んでたヤツか? あれは、ちょっとなー」

「面白くないっすか?」

「いや……まぁ、私には合わなくてもオマエには合うってこともあるもんな。毎週水曜の深夜に最新話がアップされるらしいし、ちょうどいいか」


 後輩は目をキラキラ輝かせながら言う。


「それなら、毎週センパイとその小説の話ができるってことっすもんね」


 まぁ、そういうことになるだろう。


「作品名は……『待ってるこっちの身にもなってくれ』だ」

「………」

「………」

「なんか、センパイのこと言っているみたいなタイトルっすね」





  to be continued...

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