未来への懸け橋-1


  アルセア国は新たな国防軍最高司令官の就任を境に動き始めた。

 前最高司令官が圧倒的なカリスマで有力な支持を集め反勢力を黙らせ改革を進めた。

 一方、現最高司令官は地道に外堀を埋め同志を増やし、自身の改革を通りやすくする道筋を整備していた。

 ずっと鳥羽悠一という時代の先駆者の影で息を潜めつつも地盤を固めていた彼は混迷する軍上層部からとうとう頭角を出した。

  風祭大吾。彼の恐ろしいところはその支持率だ。

 彼は反勢力をも取り込む力があり、次第に少数派で居ることが損なように錯覚させてしまう。最終的には最高司令官選挙の票数を8割得ていた。

  彼はよく口にする「未来を担うのは若者であり。我々は彼らの未来への架け橋でしかない」と。より良い未来の為の思想を掲げ変革したのが鳥羽悠一。安定する現在いまを築き未来へ繋げようと提唱したのが風祭大吾であった。

 どちらが正解かなんてことはない。現在いま求められたものが選ばれた、そんな気がした。


  新最高司令官は前最高司令官が築き上げたものを撤廃したり大きく変えるようなことはしなかったが、新たに付け加えることを行い、国の方針をまとめ上げ足並みを揃えられるよう施策をした。

 その中の一つが来る制裁の日に備える世界防衛連盟への加盟だ。

 ようやく世界四大国全てが加盟することとなった。


  そして大きく取り上げられたのは第二次世界大戦で罪に問われていた罪人達の死罪の取り下げだ。カルツソッドから連行された囚人達は変わらず収監されているが、死罪ではなく終身刑に変わった。アルセア人で死罪とされていた者達の処遇は執行猶予となった。当然、これには大きな反発があった。

「彼らは許されない罪を犯しました。ですが彼らは加害者でもあれば被害者でもありました。私達と同じように彼らにも守りたいものがあった。そして今も最前線で危機と向き合い我々の未来の為に戦っている。今度こそ見届けてください、彼らが死に値する者なのかを。死とはどのような時に必要となるかを。この世界の脅威を乗り越えた先でも死を求めるならば、その時には私もその死を負いましょう」

  最高司令官自らが公の場で断言するとそれ以上の反論は出てこなかった。

 誰もが想像をしなかった発言に度肝を抜かれたからだ。

  風祭大吾にとって罪人達は親しい間柄でもなければ、命を懸けてまで守る必要がある者でもない。綺麗事を言うならば守るべき国民ではあろうとも、自身の命を懸けるには理想論が過ぎる。有翼人計画と無関係であった彼からすれば前最高司令官の負の遺産とも言える。

 どうしてそこまで言い切れるのか理解し難い点はあったものの、支持した国のトップが言うのであればと皆が従った。


  しかし、ただ執行猶予を受けることはされなかった。

 ヘスティアさんの公務の様子や防護壁の研究過程の情報開示と共有、僕らの集団にアルセア軍人の配属が条件にあった。国民の理解を高めると同時に監視の意味を込め、僕らは四六時中カメラの視線を気にする羽目になった。

 公で罪人として扱われることはなくなったが制裁の日を乗り越えるその時まで僕らは密着で撮影され、その映像は中継や放映をされる形になった。


  密着撮影ではあるが僕らに対する配慮もされていたのが救いであった。

 プライバシーを著しく侵害するような同行はなかったし、出自や過去を悪戯に暴こうとはしてこなかった。また、混乱を避ける為、映像内で全ての情報を開示する必要はないとしてくれている。主に人間関係や神器の入手経路などは国家間の所有権争いに発展しかねることは伏せることにした。

 "今、何が起きているか"を報せることに重きを置いた撮影となっていた。

 撮影兼監視をする軍人の匙加減でもあるけど、今のところ僕らが困るようなことはされていない。


「任務で皆さんと行動を共にさせてもらっていますが、私は人としてこの機会を光栄に思っています。この歴史的な瞬間を正しく多くの人に伝えたい。純粋に皆さんの努力を知ってもらいたいですよ」

  撮影任務にあたる蒲白ほびゃく隊長がこのような思想のおかげか強い不快感は感じていない。警察課の軍人と聞いた時は身構えたものだが蒲白隊長をはじめ、隊の皆さんは仕事熱心で僕らへ協力もしてくれた。

  日頃、国防軍の広報役を任されている風祭大佐の隊が最も信頼している、空撮を得意とする蒲白隊。警察課の彼らはもちろん武術の心得もあるが、何よりW3Aの操縦技術が高い。

 体育祭ではW3Aに搭乗して試合中の選手を捉えつつブレない撮影をしたのも彼らでその技術はもはや職人技だ。

 軍内では撮影隊なんて揶揄されてしまい警察課の中では異質な立ち位置になっているそうだが彼らはそれを受け入れていた。

 話してみれば気のいい人達で次第に僕らの間にも信頼関係が芽生えた。

  蒲白隊を撮影任務に指名したのは風祭統吾大佐だった。

 彼はミディエーターユニオン総司令官に任命されていて、ヘスティアさん達の行動を統括し全ての責任を負うという。


  ミディエーターユニオンはヘスティアさんに協力している人々を統率するべく改めて創設された組織だ。

 僕らの集団は優秀な人達の集まりだったこともあり明確なトップは存在していなかった。ヘスティアさんが代表であることに相違はないが、神器を集め終わった彼女は各国との外交に忙しい。全体に細やかな指令を出す程の余裕はなかった。

  神器の使い手達は基本一か所に集まり、緊急事態に即時対処出来るよう行動を共にしている。時折ヘスティアさんが相手になりつつも新たに手にした大きな力を使いこなすべく日々鍛錬を続けている。

  防護壁の開発リーダーは御影博士がしてくれているが彼は自分が上に立つことに気乗りでない。開発リーダーも責任感からやっている節があり、他者との連携や補佐は工藤美奈子博士が主にしている。

  鳥羽会長率いるレジスタンスはヘスティアさんの外交をサポートしつつ引き続き情報収集や物資の調達を行っていた。

  僕らは大きく分けて3つの集団があるが全てを理解し指揮する者は存在していなかった。そこでミディエーターユニオンとして正式に組織を設立し、全員がその構成員となった。総代表をヘスティアさんとし総司令官を風祭大佐が担う。

 風祭先輩の実兄であり最高司令官の子息でもある大佐はアルセア国と僕らにとって頼もしい懸け橋となってくれた。


  神器の使い手七人を保有する形になるミディエーターユニオンの統轄をアルセア軍人が務めることは他国から反発もあったが、戦力を独占することはなく各国と中立の立場を保ち、制裁の時には危険である最前線に立ち軍事力を回すことが盟約に結ばれている。

  僕や月舘先輩、鳥羽会長主導のレジスタンスに賛同し軍命に背いた生徒は他にも居る。死罪ではないにせよ、国の法に反したのは事実だ。そんな僕らも揃って執行猶予扱いとなっている。

 来るべき時に裁かれる身ではあるが、大勢の罪人の責任を風祭一家が全て請け負う形になった。最高司令官の寛大な処置に感謝せざるを得ない。




  種を超えた共存への理解を得る為に大衆への演説に各国上層部との対談、魔法使いを相手取る対人の戦闘訓練を神器の使い手である七人と直接行い、更に各国の軍にも演習として披露する。星の大穴から帰還した彼女は言葉通り休むことなく連日動き続けていた。

 有翼人は睡眠の休息は必要ないとは言っていたが、常に何かに気を張り巡らしていて疲れないはずがない。


「もう少し休んだほうがいいですよ」

「平気よ。今は時間が惜しい」

  夜も更け、一息の休憩を入れるというので様子を見に来れば、彼女は資料に目を通していた。これは休憩ではない。

  ヘスティアさんは恐ろしいほど精力的に動いている。今までも彼女は天からの制裁を避けるべく懸命であったし、決して手を抜いている様子はなかった。けれど今は必死というか、まるで命を削るように見えた。

 このままでは彼女が燃え尽きてしまうのではないか。そんな不安を抱くようになった。


「ねえ、勇太。ひとつお願いをしていいかしら」

「はい。僕にできることでしたら何でも言ってください」

「それ、止めてくれる?」

 "それ"とは一体何だろうか。思い当たる節がなくて僕は返答できずに瞬きをするだけになってしまう。するとヘスティアさんは困ったように小さく息を吐いた。

「その…敬語?だったかしら。私は末妹でお兄様達やお父様へはそれが当たり前だったからあまり気にしていなかったのだけど…私は勇太とは違う関係でありたいわ」

「違う関係、とは?」

  僕にとってヘスティアさんは年上なので敬意を込めて敬語を使っていたが彼女が望まないのであれば使わないことは可能だ。しかし敬語を使わない関係とは何だろうか。

 ヘスティアさんと僕を表す関係…仲間、が最も近いのだろうか。

 思わず聞き返してしまったが、ヘスティアさんも僕らの関係の表現を悩んでいた。


「勇太は私のことをどう思っている?」

  どう、とは…。苦手な展開だ。

 ヘスティアさんがそうだとは言い切れないけども、この手の女性からの質問は相手が求めた回答をできないと怒らせる。

 求めている回答は正論でない場合も多い。ヘスティアさんの求める正解は分からない。

  女性の「どう?」の類の質問は一種の試験問題みたいだ。

 僕が懸命に考えた末の回答を3人の姉に「違う!」と毎度機嫌を損ねられた日々が苦く思い出される。

「……努力家だな、と思います」

  長考したが絞り出た答えはただ素直に言っただけだった。

 彼女はこの短期間で僕ら地上の文化を学び、天も地も公平に見定めようとしている。祠探しや地上を守る手立てに尽力するだけではなく、地上人へ歩み寄る努力も怠らない。

 自分の価値観と大きく異なる事象を分かろうとするのは相当な労力を要するのに。

 めげることなく彼女はひたすらに努力を重ねていく、尋常ではない精神力を持っている。

「ふふ、散々悩んでそれ?ごめんなさい、あなたを困らせるつもりはなかったの」

  ヘスティアさんは笑ってくれたのでセーフだろう。

 恐怖の問答をどうやら乗り切った。強張った肩の力が一気に抜ける。


「私はね、勇太を信頼している。心から安心できる、あなたが傍に居てくれて本当に良かったと思っているわ。だからね、私はあなたとは対等でありたいの。そういった場合はどんな関係で言い表すのが適切だと思う?」

  なるほど、そういうことか。

 彼女の求めている主旨をようやく理解し改めて思案する。 

「うーん…互いに信頼し合っていて同じ物事に取り組むならば相棒、とかですかね」

「相棒、良い響きね」

「でも無理に関係を当てはめる必要もないかと。大事なのはその人とどうありたいかですかね」

「なら簡単だわ」

 そう言うとヘスティアさんは僕に向かって手を差し出してきた。

「私は勇太と友達になりたい」

  こんな風に面と向かって友達になるなんて少し気恥ずかしかったが、彼女のストレートに思いを口にできる姿勢は羨ましくあった。

 驚いたが断る理由はない。僕は差し出された手を握り返す。

「分かりました」

「だから、それ!」

  拗ねたみたいに怒る彼女は何だか僕らと大差ない年頃の少女に見えた。

 本来の年齢など忘れてしまいそうだ。

「ああ、ごめん。…よろしく、ヘスティア」

「ええ。よろしくね、勇太」

  無邪気に笑う彼女を初めて見た。

 大業を成し遂げるべく彼女はずっと張りつめていた。もしかしたら自然な彼女はこちらなのかもしれない。

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