暗闇の奥底で-6
エレボス兄様との対話を終え、皆の元に戻るべく歩いていたら集落の隅に居たレツを見つける。
彼の視線の先には地底で暮らす民と交流しているクラウディアとクラウスの姿があった。
短い時間でも触れ合い、互いの情報交換を行っているようだった。
地上人も地底人も大きな差はない、会話の合間に笑みも見られる。
どうして
「用は済んだのか」
「ええ。戻りましょう、地上へ」
「おや、もう戻るのかい?」
私達の会話が聞こえたのだろう、近くの菜園に居た白髪の女性が話しかけてきた。
地底の集落では数少ない人間の年配者であろう女性は丸まった背中で私達に歩み寄ってきた。
「はい、目的は果たせましたので」
「そうかい、久方振りの来訪者に皆浮足立ってたんだけどねぇ。上から落ちてきたのはチアキ以来でね、あの子には随分と知識を分けてもらったよ」
「チアキって…もしかして、御影千彰ですか?」
「あぁ。あの子はお前さん達と違って瀕死の状態で記憶まで失っていた。それなのに記憶を取り戻したらすべきことがあるからって上へ戻っちまった。最近の子は皆、上で生きようとするんだねぇ」
世間に知られていないだけで地底から帰還した人間がいるではないか。
それも自分の知っている人間で。ならば千彰から地底に関する情報を得られたのに。
自分から話さなかったということは千彰にとってあまり知られたくない過去なのだろうか。
「おばあさんは…地上へは行きたくありませんか」
「そうさねぇ…私は生まれ故郷も家族も全部捨ててここに来た。今じゃここが帰る故郷で、一生を終える場所じゃと思うちょる。上の自然は好きじゃけどのう…」
「今すぐには無理ですが、帰りたくなるような地上に変えてみせます」
「それじゃあ長生きせんといけんねぇ。さ、これを食べんしゃい」
そう言って女性は手にしていた籠に入っていた果実を私とレツに手渡してきた。
小さな実は丸くほんのり赤みを帯びており木の実に近い印象だ。
「地底で初めて実を付けたと言われとる果物のルチェラベリーじゃ。食用植物が一切無かった地底のご先祖さんが試行錯誤を繰り返してようやく根付かせた果物…どんな困難も必ず実を結ぶ、縁起が良かろう」
朗らかな笑顔に押され、二人で実を口にする。噛むと甘酸っぱい味が広がり、独特な風味がした。正直、美味しくはない。
横目でレツを見れば彼の眉間に少し皺が寄っている、きっと私と同じ感想だろう。
「どうじゃ、不味かろう。私らも調理せんと食ったりせんからな!けど、栄養価はあるんじゃぞ、地底民の健康の源じゃけぇ」
食べさせた本人は愉快そうにひとしきり笑うと私達をじっと眺めた。
急に明るさが萎れてしまったかのように無くなり心配になってしまう。
「どんな正義も一人で貫くだけならただの独り善がりになっちまう。多くの賛同を得た思想こそが正義と呼ばれちゃいるけどねぇ…それじゃあ賛同が少なければそいつは悪なのかい?必ずしも悪とは限らんじゃろうに…」
私達に聞かせるというよりは遠い誰かに問うように女性は呟いた。
自分の意思と対立するものをただ悪だと切り捨てるだけにはなりたくない。
求める未来は異なるけれどお父様もエレボス兄様も決して敵ではないのだから。
女性の言葉が重く染み渡った。
「いやだねぇ、歳を取るとつい話が長くなっちまう…私の先はもう長くない。けどねぇ家族が笑える未来であってほしいんだよ…もちろん、エレボス様もね」
ああ、この人は地底の人達をエレボス兄様も含めて家族のように大切に思ってくれているのか。そしてエレボス兄様のことを心配してくれている、確かな思いの繋がりがあるんだわ。
「悪いねぇ、年寄りの独り善がりに付き合わせて」
この優しさが独り善がりであってなるものか。
私は腰の曲がった女性に敬意を込めて膝を曲げて視線を同じ高さに合わせる。
「…いいえ。独り善がりではありません。尊い"正義"ですよ」
女性は私の手を取り「ありがとうねぇ」と目を細めうっすらと涙を浮かべた。
とても温かな手。この温もりがもっと広がっていけばいい。
地底のような温もりを地上にも空にも伝わらせていきたい。
ひとつひとつに触れていき、自分の願いが明確になっていた。
私は何一つ無下になどしたくない。
正しさにも過ちにも皆の思いがあり、いくつもの願いが込められているから。
それが私達、生きている者全ての歩みだから。必ず繋げてみせる、皆の居る未来へ――
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