貫く信念ー6
流れ込んでくる水が脹脛まできている。シツジクンの漏電部に到達するまで時間はない。考えろ、二人が助かる方法を…!
シツジクンを持ち上げる筋力は残念ながらない。
水位の上昇速度を見るにルーさんと月舘先輩の救助は待てない。
漏電部を塞ぐ材料も工具も手持ちにはない。
今の僕が持っている道具なんて…衣服のポケットやベルトのポーチを夢中で探るうちに金属の冷たさが手を伝う。
それは僕がアルフィード生になってから手にしたもう一つの武器。
護身用にと授業で扱ったのが初めてだった。戦闘技術として磨いたのはわずか数か月。体育祭ではサポート側に回れるようにと特訓した。
ひとつだけ思いついた。でも上手くいく保証もなく可能性は低い。
僕は自分の技術を信用していない、理想ばかり思い描いて実現する力がない人間だ。
上手くできなければ僕は自らシツジクンを殺めてしまうし自分も助からない。
「ユウ、タ…?」
ホルダーから取り出した光線銃を見て止まっていた僕にシツジクンは心配そうに声を上げた。
シツジクンの半分近くが水に浸かっている、迷ってる暇はない。
できるかできないかじゃない。やるしかないんだ。
「絶対に二人で生き残る!」
シツジクンの前に立ち、光線銃を構え照準を上へ定める。
狙いは遺跡天井に氷柱のように伸びる複数の岩柱。
落下場所が僕らと水の漏れ口の間になるような岩を狙う。
誤った岩を撃ち落とせば僕やシツジクンに直撃する。
穴の面積は決して広くない。間違いは許されない。
集中して弾丸を打ち放つ。岩柱の根元の辺りを切り取るように撃ち抜くと一直線に落下してきた。
狙い通り柱は穴の中、僕の目の前に落下してきた。でも一つでは足りない。
水の流れを完全に塞き止められずとも隔てる障害になってもらい、こちらに流れ込む量を出来るだけ減らせるようにしたい。
息を吸い込みもう一度狙いを定める。
同じように撃ち抜き、岩柱をさらに1本落下させた。
落下の衝撃で砕けた岩が隙間を埋めていき、水の侵入を防ぐ壁を作り出す。
もちろん完璧な障壁ではない、隙間から水が流れ込んでくる。時間稼ぎにしかならない。
隙間を埋めるべく、もう1本落とそうと銃を構える。
次の岩柱は穴の真上にはない。恐らく穴の境目ギリギリに落下するだろう。
息をうまく吸えない。心臓の鼓動が煩い。水に浸かった足が重い。
集中しようとするとやけに自分の感覚が敏感になる。
雑念を押しやり撃ち抜いていく。今度も狙い通りの岩柱を撃ち落とす。
しかし、落下場所が想定外であった。
岩柱は穴には落ちず穴と地上の境目に衝突した。
破砕した欠片たちが落石し、刃のように僕らにも向かってくる。
―――失敗してしまった。一瞬で絶望した時だった。
猛スピードで現れた飛行物体が僕の視界を奪った。
たちまち僕らに落ちてきた石が全て払われていく。
堪らず全身から力が抜けていった。
窮地を救ってくれるヒーローとはまさに彼だ。本当にカッコいいな。
「すまない、遅くなった」
「いいえ。ありがとうございます、月舘先輩」
僕らの前に降り立った月舘先輩は急いで周囲の状況を確認をしている。
少し離れた間に状況が一変してるから驚いたに違いない。
「シツジクンが漏電しているんです。気を付けて運び上げてください」
「分かった」
W3Aの機体に感電防止は施されているが、シツジクンほどの大きさのロボットとなると電力も高いだろう。もしものことがある、注意しておくことに越したことはない。
すると先輩は魔法を唱える。出現した風はシツジクンの漏電部分を包み込む。
風は球体のように収まり、電流は球体の中でパチパチとしていたが漏れ出ることはなかった。
魔法はこんなことにも使えるのかと感心してしまう。
月舘先輩がシツジクンを運び上げる姿を見届け、自分も引き上げてもらうとルーさんや工場の全員が駆けて来たところだった。
「凄い大きな音が何度もしたケド…!大丈夫!?」
「すみません、シツジクンが――」
「わ…しハ、ヘイキ…ス…ユ、タガ…まも…テ…シタ…」
「ボロボロじゃないっすか!」
エレクさんともう一人の技師さんが急いでシツジクンの修理に当たってくれる。
僕はシツジクンを守れたとは言えない。申し訳なくて頭を上げられなくなる。
ルーさんと月舘先輩が離れた後、何が起きたのか説明し自分の手際の悪さを詫びた。
抑え込んでいた感情が溢れ出したかのようにルーさんは僕を叱った。
「無茶して!」
「…ごめんなさい」
「まったく…勇太が死んじゃってたかもしれないんだヨ!?」
「でも僕はどうしても二人で助かりたかったんです。後悔はしていません」
「何で…!」
急にルーさんは口を噤み俯いてしまった。
僕のことを心配してくれていたのに、反発してしまったのが良くなかっただろうか。
「私が高位魔法を使えないせいだネ…ちゃんとしたエルフなら、すぐにでも二人を助けてあげられたのに」
力なくそう呟いたルーさん。彼女の過去や苦しみは分からない。
でも自分の力の至らなさ、その悔しさは痛いほど理解できた。
「ルーさんは自分に出来る精一杯をしてくれました。ですから気に病まないでください」
この悔しさを何度味わえば済むのか。
きっと僕のような弱い人間は延々と向き合い続けるのだろう。
簡単に割り切れるものではないけれど、僕はひとつだけ信じている。
「僕なんて出来ないことばかりでよく落ち込んでしまうんですが…でも悔しさは必ず次に繋がりますから」
悔しさなんて本当は一度だって味わいたくもない。
それでも悔しさを知っているから努力が出来る。他人の努力の凄さを理解できる。
力ある者を妬むのではなく、今よりも高みを目指そうと思える。
悔しさは非力な自分を縛る鎖ではない。未熟な自分を向上させるバネだ。
「…へへ、私が慰められちゃったネ」
シツジクンは機体部位の損傷は数か所見られたもののコアは無事だった。
声が掠れていたのはスピーカーの接続不良が原因でシツジクンの精神や頭脳と呼べる部分は生きていた。
応急処置を終えたシツジクンを洞窟から運び出し、本格的な修理を行う為僕らは工場へと戻ってくる。
ところが工場の様子がおかしい。大きく変わったところはないのだけど…何かが違う。違和感の正体はすぐに分かった。もう日が暮れているとはいえ工場がうす暗いのだ。
誰かが寝静まろうと常に誰かが作業する工場は常に明るかった。
その工場の源とも呼べる溶鉱炉の火が消えている。とても自然現象で消せるような熱ではない。工場の皆さんが離れている隙に何者かが消したのだろうか。
僕が怪しんでいるのに技師の皆さんは誰一人違和感に気を留めない。
「あの、溶鉱炉の火が消えてますよ」
エレクさん達はすぐさまシツジクンの修理に着手しているとはいえ溶鉱炉を気にしないなんてことはない筈なのに、当たり前のようにこの薄暗さを受け入れている。
不安になってしまい堪らずハオさんに違和感を指摘してしまう。
「それがどうした」
「え、だって…」
鍛冶師であるハオさんにとって溶鉱炉は無くてはならない道具のひとつだろう。
それなのに大切な道具の異常に顔色を全く変えないなんて…ということはハオさんが自ら消したのか。
だとしたら理由が分からない。人生を捧げるように武具を作り続けている彼が急にそれを止めるなんて。
僕が困惑している間にもハオさんは自分の道具をまとめ始めた。
視線を逸らすとルーさんは先程僕らが採ってきた鉱石を全て箱に梱包している。
「ここを離れるんですか…?」
よく見れば工場内の器具が整頓されていた。
一見散らかって見えても技師達が思い思いに使いやすい様に置いてあった道具達がきちんと収納されている。
長い期間この工場を誰も使わない。ハオさんだけではない、技師達全員がこの工場から居なくなるのだろう。それにしたって急過ぎる。
「どちらへ向かわれるんですか」
ハオさんは僕の問いに答えてくれない。
僕らには工場から居なくなることを話してくれなかった。でも工場の技師は全員が知っていた。
それが僕らに対する答えか。僕らが懲りずに居座ったせいで離れる選択をさせてしまったのだろうか。
ハオさんは手荷物をまとめ終えると壁に立て掛けてあった一振りの剣を手にする。鞘に入った剣を両手で持つと僕の前まで来る。
「やるよ」
「…え?」
脈絡なく手渡された剣をそっと受け取る。
見たところ鞘も柄も真新しい、最近完成させた物だろう。
僕のパレットを壊したことへのお詫びだろうか。
「抜いてみな」
僕が戸惑っているとハオさんは促してきた。
言われた通り鞘から剣を抜くと素人目にでも心奪われる業物の片手剣が姿を現した。
お詫びにしては上等な武器だ。買おうと思うならば家一つ分の値はするだろう。
「そんだけ筋力がついてるなら充分に扱いこなせるだろ。お前の筋肉は飾りか?素振りしてみろ」
つい剣の美しさに見惚れてしまった。僕が持つには立派過ぎる品だ。
恐る恐る素振りをすると驚いたことにとても扱いやすかった。
使い慣れていたパレットの剣よりも不思議としっくりくる。
パレットの剣よりも重い。なのに嫌な重さではない。程よい重みが剣圧に力強さを与えてくれる。
「お前に合わせて作った、お前の為だけの剣だ」
剣の長さや重さ、持ち手に至る細部も僕に合わせて作ってくれたのだろう。
剣を振るえば言葉の意味を理解せずにはいられない。
採寸のような僕の身体の計測は行っていない。
ハオさんは全て見ただけで僕に合う剣を作ってくれたことになる。
鍛冶や制作の技術だけではなく、見る目も優れている。これが彼の職人としての凄さのひとつか。
「初めてここに来た時、小動物みてえに震えてたくせによ、目は力強かった。勇太、お前みたいなまっすぐな奴の意志を貫き通せるよう、俺達は武器を作り続けるんだ。まあ、作るのが面白れえってのが大前提だがな」
ハオさんはにかっと笑った。彼の笑顔を初めて見た。
認めてもらえた気がして僕も思わず綻んでしまう。
手にした剣に頼もしさすら感じる。
愛用している武器や道具を相棒と呼ぶ人が居るがそう呼ぶ気持ちが分かった。
「この剣に恥じないよう頑張ります」
軽くて丈夫なのは武器の利便性として最適だ、そう思っていたけれど。
今はこの"重み"に見合う人でありたいと心から思える。
扱ってきたどんな武器とも違う。僕が初めて手にした"誇り"だ。
「親方、準備オッケーっすよ」
修理を終えたエレクさん達と一緒に治ったシツジクンもやって来た。
そして工場の技師達全員が荷物を抱えている。本当に全員で工場を離れてしまうんだ。
「っし、じゃあ行くか!」
「その、行くとはどちらへ…?」
「防護壁ってやつを作りにだろうが」
僕の二度目の質問に今度は答えが返ってきた。
「そ、それじゃあ…!」
僕の言葉に応えるようにハオさんは不敵に笑うと技師達へ向き直る。
「おめえら、初の出稼ぎだ!気合い入れていくぞ!」
『おー!!』
技師達の活気ある声が響く。
ハオさんだけではなく、腕のある技師達が三人も協力してくれる。これほど頼もしいことはない。
後から知った話だが、ハオさんは僕らが工場に来た翌朝には防護壁の製作依頼を引き受ける気になっていたそうだ。
その時点から防護壁に必要になるであろう部品の製作を技師達に指示していた。
僕らが最後に行った洞窟から採掘された鉱石は
もしかしたら僕らが訪れるよりも前、旺史郎さんから連絡を受けた時にはハオさんの中で既に答えは出ていたのかもしれない。
ハオさんは自尊心が高い人だが相手の強い意志も尊重する人だ。
旺史郎さんの意志もきちんと届いている。だから僕らが来ても受け入れてくれた。
必要だったのはきっかけ、そんな気がした。
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