明日への鎮魂歌ー3


  急遽執り行う事を決めた葬式は研究施設の海岸でしめやかに行われた。

 アルセアとルイフォーリアムの間に位置するこの小島から、遠くだが二つの国が双方ともに見える。眼前に広がる美しい海と空の中、多くの尊い命は散っていった。

  参列者はそれぞれの思いを乗せて花を手向け、エルフの皆が送る命に向けて惜別の歌を歌ってくれた。


  世界防衛の為に動いている面々がほぼ全員顔を合わせられた事には驚いた。

 私に使いを頼まれ支度を終えた佳祐君と勇太君。最後の祠探しへと向かうヘスティアさん達にも声を掛けると皆が集まってくれた。

  計画規模のわりに少人数とはいえ、開発グループ以外は世界各地を飛び回っている。志を共にしながらも実際に一堂に会するのは初めてだ。駆け足で寄せ集めのように募った私達がこうして一つの組織として機能していた事が不思議なくらいだ。

  同志の中には先の第二次世界大戦で家族を亡くしている人達も居る。痛みを抱えたまま、休みなく歩み続ける私達に悲しみ、慈しむ時間を与えてくれる機会にもなった。

  私達は感情を分かち合える。そうして痛みや弱さを抱えながらもまた歩き出す。

 明日を繋げてくれた皆の分も、またさらに未来へ繋げるために。

  鎮魂歌は静かな海へ響き渡り、果てない空へと昇る。きっと、私達の想いを届けてくれている。


「命が潰えた場面は何度も見た。だが、こうして死者を弔ったのは初めてだ…ありがとう、美奈子」

「…はい」

  感謝されるようなことはしていない。それでも御影博士からその言葉をもらえたことは私にとって救いであった。夜空を眺める御影博士の横顔は寂しさが滲むもののどこかすっきりして見えた。

  部屋に引き籠っていた工藤博士も誰かと話すことはなかったが、平静さは多少取り戻したようでしっかりとした足取りで式には参列してくれていた。


 

  式が一通り終わり、感傷に浸る人や決意を改め去る人と各々に動き始め散会した頃だった。研究室に戻ろうとした御影博士の前に一人の来訪者が現れた。

 目つきが悪く不愛想な博士だが、途端に思考が固まったのが分かる。

「相変わらず細えな。どうせまともに飯食ってないんだろ」

  不遜な態度のわりに真っ先に御影博士を気に掛ける。まったく、喧嘩腰でしか話せない男だ。

 彼に旭さんの訃報と葬式について連絡を付けると、こちらへ来る意思を告げられた。

  

  私は先の戦争の時に彼を頼ってしまった。

「工藤を止めて欲しい」犬猿の仲と言っても過言ではない私からの頼みだ。何を今更と怒鳴られ、断られる覚悟もしていた。しかし、意外にも彼は大きなため息一つつくと即決で受けてくれた。

  実姉の訃報を伝えた時こそ、責められると覚悟していたのに。彼は怒ることも詳しい状況を尋ねてくることもなく、「そうか」と一言だけだった。

 堪らず不安になってしまい謝罪を告げると「…姉貴が自分で決めてとった行動なら、それでいい」と感情を抑え込むように呟いた。

 落ち着いた低い声色で私は別人と話しているのかと錯覚してしまいそうだった。

  学生の頃はあんなに生意気で減らず口ばかり叩いていたのに、大人になったということだろうか。…違う、私が彼の本質を正確に理解できていなかったのかもしれない。


  相対した二人は互いに口を開かず、御影博士は視線を合わすことすら出来ていなかった。

 静寂の時間が長く感じてしまう。喜びの再会でもないのだから無理もないのだけど。

  天沢君と御影博士が直接会うのはどれだけ振りだろうか。

 御影博士と旭さんが二人で地下研究室から失踪したのは私達がアルフィード在学2年生の時だ。以降、御影博士は行方知れず、地上での消息が掴めたのは近年だ。となれば約20年来の再会となるのか。

  当時の二人は決して仲は悪くなかったが、結果として御影博士は旭さんを守れなかった形になる。天沢君が恨んでいても不思議ではない、そして御影博士もそれを察しているはずだ。


「謝るとか止めろよ」

  御影博士が頭を下げたのと天沢君が言葉を投げかけたのは同時だった。

「俺はお前を恨んでない、ただお前の行動を認めてもない。それはどんなに謝られても変わらない。姉貴は自分で選んだ。未来も、お前のこともだ。だから謝る暇があるなら、これからで示せ」

  反論を許さない物言いだったが、これが彼なりの優しさだろう。

「…分かった」と、御影博士は絞り出すように答えた。


「美奈子、頼んでたの結果出てるのか」

「え、ええ」

  急に話を振られ戸惑ったが彼から頼まれているものは一つしかない。

 思い当たる依頼内容に今する話題なのかと少し困惑してしまう。

「さすが最新技術だな。結果出るのが早いもんだ。この博士に口じゃなくてお得意のデータで分からせてやれ」

  私は携帯端末を取り出して電話の際に天沢君に頼まれていた鑑定結果のデータを表示させる。幸い、この研究施設に三人とも滞在していた。遺伝子鑑定の標本採取に苦労はしなかった。照合なんてあっという間だ。

  御影博士は表示させたデータを一瞥だけすると驚きも動揺もしなかった。

 一度私が訊ねた際は否定していたのに、結果に疑いもなく納得している。


「…気づいていたんですか」

「旭が最期に遺した言葉で、な…あいつ、俺にすら一言も言わなかった。アルフィードの地下研究施設を抜け出す頃には既に身籠っていたことなる。まるで気づけなかった自分が子供で愚かだった」

「逃げ延びた姉貴は誰にも父親を明かしはしなかった…まあ、名前で察するけどな。…今度こそ頼むぜ、千沙の親父はお前なんだからな」

「…しかし、だな…」

  物怖じせず、歯切れよく発言する御影博士が言い淀んだ。

  いきなり父親として振る舞うなんて出来る訳がない。子供の頃から天才と称され、日常とかけ離れた生活を送った博士にとって超難題だろう。


「さっきお前に"これからで示せ"と言ったら、お前の口から"分かった"と俺は聞いたけどな。もう撤回か」

「…俺には親になる資格もない…それに親なんて分からない」

「生まれた時から親な奴がこの世に居るか?初めは誰だって分からねえよ、んなことで泣き言ぼやくな!お前が与えてやれなかった今までの分、そして姉貴のこれからも含めて、意地でもお前が親になるんだよ!千沙にとっての父親はお前しかいないんだ、いいな!?」

  私はこの強引さが意外と天沢姉弟の似ている所だと昔から思っている。

 周囲を巻き込み、何だかんだ悪くないと感じさせられてしまう。二人の不思議な魅力だ。

 ただ、天沢君は口が悪い。それなのに私はそんな彼を見て安心してしまう。

 やっぱり彼は昔から乱暴だけど良い人だ。

「分かった」

  覚悟を決めた御影博士の了承に、天沢君はようやく納得したようで「ったく世話が掛かるぜ」と頭を掻いた。手荒なくせにヒトを見捨てることはしない。彼も不器用な人だ。


「まずは、また再会からですね。今度こそ家族を始めましょう」

  私だって。今度こそ、この家族を不幸になどしない。

 旭さんが分け与えてくれるような温かい笑顔を必ず取り戻す。

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