明日への鎮魂歌ー1


  悠真と合流すると、"会議"という長時間を要する話し合いの場に立ち会うことになった。

 各国の為政者から当然のように向けられる有翼人に対する数々の要求や不満。

 全てを解消してあげられる力は私にはない。

 奥歯を噛みしめて耐えながら「善処する」という回答ばかり口にした。

  自分は地上へ協力する。天空と地上で争いはしたくない。

 その意思だけは明確に知っていてもらいたくて私は主張を繰り返した。

 自分の無力さに苛立ちすら覚えたが、それでも悠真は私の口から言ってもらえることに意味があると励ましてくれた。

  言葉の本当の意味は立場や環境、経験が左右し人によって変わる。

 同じ言葉でも互いの関係性によって信用は変わるし、まるで意味合いが変わることもあるのだとか。


「説得って本当に難しいわ」

  私は人生の大半を兄姉としか過ごしてこなかった。言葉の使い方や思いを伝える事がこんなに奥深いなど思いもしなかった。ヒトと話すってとても大変だわ。

「誰もが正直かつ直球に話したりはしないからね」

「回りくどくて疲れるだけだわ」

「そうだね」

  誰もが同じではない、見た目が異なれば性格も違う。当たり前だが考え方や立場もまるで違う。それは嫌というほど地上に降り立ってから目にしてきた。

 けれどヒトは、特に各国の為政者、"偉い人"ととも呼べる者達は皆、直接的な表現を避けた言葉を使う。

 一時、熱を帯びたように激しく言い合う場面もあったが、基本相手の真意を探り、意図を遠回しに伝えるような話し方をするものだから時折面倒だなと感じた。

  私が正直な感想を口にすると悠真は同意し、笑い飛ばした。

 皆を説得するべく最も発言をし、小難しい言葉選びを行っていたのは悠真なのに疲労の色を見せやしない。

 私は緊迫したあの空気に当てられるだけで気が滅入りそうだというのに。彼が交渉の場に適しているということか。その能力を少しでも分けてもらいたい。そうしたら私も兄姉の誰か一人くらい説得できていたかもしれない。


「例えば単純な好意すらヒトは素直になれない。好きな相手に向かって嫌いというヒトも居る」

「どうして?」

「自分の好意を悟られたくないからだよ」

「だとしても相手にも嫌われてしまうような嘘をわざわざつく必要はあるの?悟られたくないだけなら違う嘘をつけばいい。それに相手に嫌っているという逆の認識をされてしまう。利点が何もないわ」

「ふふ、そうだね。でも利点だけじゃ話せない、素直になれないヒトというのは意外と多いんだよ」

「理解に苦しむわ。誤解されてしまえば損しかない」

「損得だけで図れないのが感情だ。自分の思いを曝け出すのは無防備になること。拒絶や非難されることを恐れている。だから嘘の言葉で自分を守ってしまう」

  咄嗟に嘘をついてしまうことは分からなくはない。けれどそれは後ろめたい思いがある時だ。

 事を穏便に済まそうとしたり、相手を傷つけないようにだったり。申し訳ないという気持ちが芽生えるものだ。

 それなのに"ヒトを好き"だという綺麗な感情に嘘をつくのは私には理解できなかった。


「純粋な思いが言語化することによって複雑になっている。そんなことを続けてしまえばすれ違いの連鎖になるわ」

  せっかく芽生えた他人への好意なのだからもっと大切にすればいいのに。

 分からない。好きなら好きと素直に伝えればいい、何が不都合なのだろう。

ヒトってとても厄介な生き物だ。ヒトは傷つくのが怖いのに自分を分かってもらえずにはいられない。だからこそ、誰かと分かり合えた時、思いが通じあった時、それはとても幸せなことなんだ。誰かに自分を受け入れてもらえるというのは当たり前なようで尊いことだ」

「なら尚更、好意は正直に伝え合えばいい。誤解も遠回りも減って、多くの人に幸せが広がっていくわ」

「そう上手くいかないのも、またヒトだ。でも俺はそんなヒトが好きだよ」

  その”ヒト”に酷く苦労しているだろうに。それなのに悠真はとても愛おしそうに微笑んだ。

  他者と分かり合うって難しい。己の主張が通らないのは苛立つし、相手に怒りを向けてしまう。多くの人の考えに触れ、違いや対立を蔑ろにしてしまう気持ちを理解してしまった。

  けど、決して自分の意見を押し通してしまっては駄目だ、私が地上に降り立った意味がない。

 地上を守るだけじゃない、私は種族を越えて皆が共に歩く未来を目指しているのだから。


  有翼人の肉体が疲労を感じることなんて魔力マナの枯渇以外ないのに。

 気遣いを酷使すると身体まで重くなった感覚になる、上手く頭が働かない。

  心ってとても不安定で厄介なもの。でも尊い感情で幸福や活力を満たしてくれるのも心。

 地上を救うのは脅威を退けるだけではない、そこに生きる人々の心の安寧も齎さなくては真の意味で守ったとは言えないのかもしれない。


  私は本当の意味で救う事の難しさを理解できていなかった。事実、私は誰一人救えたことなんてない。それなのに世界を守りたいなんて随分思い上がった理想を掲げたものだ。

  けれど、それは諦める理由にはならない。

 私を信じてくれる仲間がいる。共に生きたいと願ってくれる人達が居る。

 ならば希望はゼロではない、未来への灯を絶やしたりはしない。




  防衛同盟の会議がひと段落着いた頃、悠真と別れ飛空艇アレスへ向かった。

 陽はすっかり上り、一晩越しに行われた会議がいかに長かったかを物語っていた。

 寝ずとも平気な身体とはいえ疲れを感じる。やはり精神からくる疲労というのが確実に存在することを実感する。

  各地の祠より魔石を託された者達が集まっていると連絡を受け、談話室を訪れると皆が私を待っていた。

 種族も生まれ育った環境も性格もバラバラ、統一されているものなんてない。

 そんな異なる人達が集まり同じ志を持ってくれていることは心強い。私の望む未来は不可能ではないんだと思える。


  室内に入るとすぐに私に近づいて来た少女に声を掛ける。

「初めまして、クラウディアと言ったかしら」

「はい、ヘスティア様。お目に掛かれて光栄です。ワールディア全土の為、全身全霊を注ぐ所存です」

  初対面のクラウディアは随分仰々しく挨拶をしてくれた。

 彼女の住む国ルイフォーリアムは女神ディオーネを崇める神教国家だと聞いた。

 地上で最も有翼人を神と敬い、女神と称されるディオーネも有翼人だ。

  先日のポセイドン兄様からの強襲から守った一員にディオーネも居た。

 ディオーネは地上で生まれた有翼人の唯一の生き残りだ。

 どんな事を感じ、どんな思いで生きてきたのか。一度実際に会って話をしてみたい。

「こちらこそ感謝するわ。あなたのその気高い誠意に応えられるよう私も全力を尽くすわ」

  クラウディアは国の政を行う王族の娘。本来ならば何よりも国を守る為に働きたいだろう。国の要であるのだから守られる立場であっても不思議ではない。

 それなのにこうして危険を顧みずに私達に協力してくれる事はこちらが感謝しなければならない。


「将吾もレツも、神器の使い手として協力してくれて本当にありがとう」

  クラウディアと共に話していた二人にも声を掛ける。

 二人はもう覚悟を決めたのか穏やかな様子だった。

  初め、将吾は魔石の継承を拒んだと言っていた。彼にも貴族という難しい立場があるそうだ。上下関係や貴族同士の軋轢、守るべき家名など、とても複雑な身分。

  人間には家族という血の繋がり以外にも様々な組織がある。仲間の皆は私の知らない知識を優しく教えてくれるが、今の私にはまだ理解しきれてはいない。

  こうして覚悟を決め将吾は協力してくれるという。それにどれだけの覚悟を要したか私は分かってあげられない。だからこそ敬意をもって彼の決断に感謝しなければ。


  レツはの生い立ちが最も異質なのだろう。

 人間が自然を搾取し欲に溺れた結果、カルツソッドという大陸一つを破壊させてしまう。そんな人間の欲によって生み出されてしまった罪の象徴が彼とも言える。

  彼は多くの命を奪ったと言っていた。命を無暗に奪うのは決して許されないことだ。しかし、彼は加害者であり被害者のようにも私は思えた。

  無知な私がレツの生きてきた過酷な環境を理解することは到底出来ないないのかもしれない。それでも彼を責め立てることが正しいなんて思えない、失われていい命なんてない。

  自暴自棄になっていた時もあると話した彼が今は生きようとしてくれている、私にはそれが嬉しかった。


「もう皆の手助けをするなんて責任逃れは止めた。自分も当事者として向き合うよ、改めてよろしくな」

「幾度も罪を重ねた俺にでも役に立つことが出来るのなら、今度は明日を切り開く為に共に戦おう」



「信頼の証として神器の創造をしましょうか」

  積もる話もあるけれど、こうして募ってくれた新しい使い手達に私も応えたい。

 皆が静かに見守る中、神経を研ぎ澄まし魔力マナを集中させる。

  私の発する魔力マナに引き寄せられるようにクラウディア、将吾、レツの三人が継承された魔石が輝きを放ちながら私の下に集まった。

  神器を三個同時に創造することは可能なのか。そんな疑問が片隅にありはしたのだけど、まるで魔石は心待ちにしていたように形を変えていった。


  神器の創造魔法は魔力マナを消耗する類ではなかった。

 私自身の持つ魔力マナを介し、魔石に蓄積されている魔力マナと使い手の魔力マナを交ざり合わせるものだった。

 使い手が例え人間で僅かな魔力マナしか持ち合わせていないとしても私の魔力マナが繋ぎ合わせるよう作用する。

  神器創造魔法は神器を創り出す魔法ではなく、複数の魔力マナを調和させ使い手に相応しい物へと姿を変える為の魔法と言えた。


  魔力マナ魔力マナを調和させるなんて発想は私の生まれ育った地、楽園では一切なかった。

  私達有翼人の兄妹は各々膨大な魔力マナを有している。

 魔力マナに不足を感じたことはないし、自然の魔力マナを少し頂戴するだけで満たされる。

 争いでもあろうものなら魔力マナの消耗は激しいのだろうけど、争いの起きない楽園で悪戯に魔力マナを扱う機会などない。

  兄妹は目立った喧嘩もしないが互いに干渉することもない。

 感情を共有しない私達はいがみ合いを知らなければ、協力も知らない。

  これは地上で手を取り合って共に生きてきた有翼人達だからこそ創り上げられた魔法だ。

 互いに心を通わせ、他者の弱さを補い、共存する素晴らしさを知った先人達の想いが込められた種族を越える架け橋。

  

  魔石は一際強い光を放ちながら形を変え、完成した神器たちは使い手へと帰っていく。

「神器は使い手に最も馴染む形になるわ。呼応すれば必ず応えてくれる」

  託された神器を三人は神妙に眺めている。

 クラウディアにはどんな深い暗闇も切り開くほど輝く白金の美しい細剣。

 将吾には穏やかな翠色を帯び、何処までも翔けて行けるような軽やかな大剣。

 そしてレツには静かに熱情を秘め、燃えるような朱色のブーツが両足に装着されていた。

 

  集まった神器の使い手は六人。

 クラウス、フェイ、タルジュ、クラウディア、将吾、レツ。

 残る祠はあとひとつ。祠探しは大詰めだが、これで終わりではない。

  和解という果てしなく遠い道のりだというのに、生存を賭けた大きな分かれ道までの時間は僅かだ。

 退路は無いが自分で選んだ道だ、後悔はしない。

 私の理想が、今は皆の願い。必ず叶えてみせる。

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