再燃ー4


  有翼人の男は満足そうに笑うと正面で掌を開く。

 掌の上には赤く燃えるように光る結晶が浮遊していた。これが皆の探し求めていた魔石だろう。

 魔力マナのない俺でも強い力を秘めているのが肌から伝わってくる。

『使え』

  祠に眠る有翼人が魔石を託すのは信頼の証だと聞いた。

 有難い話だが俺には受け取れない。首を横に振って彼の申し出を断る。

  魔石を手にした者は強力な魔力マナが扱えるようになる。

 それならばもっと先陣に立って恥じない者が手にすべきだろう。


「俺よりも相応しい者が居る」

『何だ、俺の祠に来る奴は謙虚な奴ばかりだな。素直に貰えばいいのによ。誰に似たんだ?』

  口振りから察するに男はカルツソッドの祠にも居た有翼人、アレスだ。

 あの時は魔力マナが弱まっていたからか姿まで見えなかったが口調に似つかわしい風貌をしている。

 表情豊かなところといい、アレスは本当にくだけた性格のようだ。

  伝承に登場する有翼人は人々から神とまで崇められる存在だというのに。

 アレスからはあまり偉大さは感じられない。だが親近感のある温かさは心地が良い。


『ったく断られる想定なんかしたことなかったぜ。一生懸命にここまで来たのに断るか?大変だっただろ?』

「たしかに道中は楽ではなかったが、俺自身が手にしようと思っていたわけでもないしな…」

  俺は手助けが出来ればいい、そのつもりで動いていた。

 自分が魔石を手にする気など毛頭もない。魔石は相応しい者が持つべきだ。 


『レツも将吾も自己評価が低いのが原因だな。謙虚なのも結構だが、自分に誇りを持つのも大切だ。お前らは他人を思いやれる良い奴だ。だけど自己主張もしていけ。理想を叶える奴は大抵望みを口にした奴だ。願いは秘めて温めるもんじゃない、実現させないとな。分かったか?』

「…分かった」

  何故俺はこんな所で説教を受けているのだろうか。

 アレスが俺を思って話してくれているのが分かるから不快ではないが変な気分だ。

『俺はレツに魔石を託したい。お前なら正しく力を使えると信じてるからだ。けど、そんなに嫌か?』

「嫌ではない…だが」

『分かった。お前らの近くにはお節介な奴がいないんだな。なら俺がお節介な奴になってやる。回りくどいことは止めだ』

  俺の言葉を最後まで聞くよりも先に思い立ったのか、アレスは指をパチンと鳴らした。



  音と同時に視界は切り替わり、俺はいつの間にか将吾と勇太の間に立っていた。突然姿を現した俺に二人が驚く。

 先ほどまで居た異空間から祠の前に移されたようだ。

  二人は俺の生存に感動したかのように出迎えてくれる。

 将吾は俺の肩を掴んで笑顔を浮かべて喜んでくれた。

  勇太は驚いたのは束の間で、すぐさま俺に何度も謝罪を述べた。

 自分のせいで危険に晒してしまったことを悔いているようだった。

  あれは俺が自分で選びとった行動だ。例えあのまま息絶えていようと彼を責めるつもりはないし、怒ってなどいない。沢山謝られても困ってしまう。

 勇太が無事で良かったと素直に伝えれば、彼は泣き出してしまいそうなのを必死に堪えていた。

  そんな勇太の姿はどこか幼い頃のハヤトに似ていた。

 誰にも甘えず強がるハヤトを見る度に、素直に甘えられる環境になれば良いのにと何度も思った。


  それにしても、元々はお前達の敵であり、被害を及ぼしてきた相手だという事を二人は忘れていないだろうか。

 今は敵意もないし協力したいと思ってはいるが、俺は恨まれて当然の人間だというのに。

  まったく…類は友を呼ぶ、か。この世界にはお人好しが随分と居たものだ。

 そんな彼らの未来は優しく温かであってほしい。


  再会の余韻に浸る時間は短く、すぐにアレスも姿を現した。

 有翼人の登場に二人の顔が引き締まる。

『よう、将吾。あれから魔石を託す相手は決まったか?』

「…アレスなのか!?いや、決まってはいないですけど…そんなすぐ決められるかよ」

  カルツソッドの崩壊からまだ一日しか経っていない。

 そんなすぐに決められたなら将吾だって苦労しない。

『ならレツも将吾も、二人が俺の魔石の所持者になれ!これは譲り受けじゃない、押し付けだ!』

「はあ!?」

  俺達の話を一切聞いていない将吾からすれば唐突な話だろう。

 アレスの風の魔石を"預かるだけ"と強調して持っていた将吾は動揺している。


「ちょ、ちょっと待ってください、話が違いますよね!?」

『そりゃ今決めたからな』

 アレスは誇らしげに腕を組んで笑う。

「レツ、どういうことだよ」

「俺も魔石の譲渡を断ったらこうなった」

「どうして断ったのに俺達二人とも強制されるんだよ…」

  アレスに問うても話にならないと判断したのか将吾は俺に尋ねてきた。

 俺は事実を述べたが将吾は納得できない様子で頭を抱えていた。

  だが俺だってアレスの意志を促したつもりはない。

 勝手に彼が決めたのだからどうしようもない。


「有翼人の皆さんが託してくださる魔石はあなた方と同等の強大な力を有する物ですよね。そんな軽い気持ちで託してはならないのではないですか?」

『どうして軽い気持ちって決めつける』

  将吾の指摘にアレスは目を細め苛立ちを露わにした。

 今までの朗らかな空気が一変し、途端に息が詰まる様な威圧に飲まれた感覚になる。

『各地の魔石はそれぞれ俺達兄弟自身の魔力マナと引き換えに生成されている。いわば自分の命同然だ。命を託すって言ってるんだ、生半可な気持ちで託してると思うか?』

  アレスの真剣な眼差しに俺達は何も言い返せない。

 自分達の認識の甘さを自覚したからだ。魔石を遺した有翼人達の思いへの思慮が足りていなかった。


『天と地が共存できる未来を願って俺達は命を懸けた。長い時をかけて更に魔力マナを蓄積させ、来たる日に備えた。そして種族を越えて同じ志を持つ者達が現れることを信じて待ち続けた。命と願いを託せる奴にしか魔石は渡せない…将吾、レツ。だから俺はお前達二人に託したい』

  将吾は苦悶の表情を浮かべていた。

 ここまで真摯に訴えられて、優しい将吾の心に響かない筈がない。

 けれど、即答しないところを見ると彼はまだ迷っているのだろう。

『いつまでも悩み続けるのもいいさ、お前はまだ子供だ。何が一番大切か決めきれないのもおかしくない。けど、そんな奴には命は預けられない。風の魔石は返してもらおうか』

「…待ってください!」

  アレスが将吾の魔石を回収しようと手を伸ばすと勇太が声を上げた。

 彼の声は少し震えていた、勇気を振り絞ったのだろう。


「風祭先輩はいつも周囲に気を配ってくれます。自分の有益よりも他者を尊重して立ち回れる優しさがあります。戦闘技術もあって頼れる、そんな先輩こそ僕は魔石の継承者として相応しいと思います。…今も自分より他人ひとの事を考えていませんか?自分よりも相応しい人が居る。自分が表立って出ればアルセア国でのご家族の立場が危うくなるかもしれない。その思いやりが間違いだとは言いません。ですが、僕は先輩自身がどうされたいか知りたい。お願いです!先輩の本心で答えてください!」

  俺は将吾の身の上まではよく知らない。

 けれど彼が他者を優先して動く傾向があることはよく分かる。

 将吾の後輩である勇太がそう言うのだ、間違いないだろう。

  そして優しさと他者の感情に気が付く聡さが相まって、より彼を窮屈な立場へ追いやっているであろうことが容易に想像できる、実に損な性格だ。

 もしかしたら彼は優先させるものが多すぎて、生きる為の自分を作り上げているのかもしれない。


「…そんな立派な奴じゃないよ、俺は。波風立たない、無難になるような選択をしてるだけだ。今だって自分の保身のことばかり考えてた。このまま魔石を返せれば責任を負わずに楽になれるかもとかさ。家族の立場や自分の弱さに囚われて自分の意思なんて何一つ出てこなくて、アレスにあれだけ言われても何も答えられなかった……けど…!」

  将吾の目の色が変わった。力強い決意を秘めた輝き。

 それは希望を掴み取る者の姿。とても眩しく周囲の心に火を灯す。

「やっぱり無理だ。俺、仲間の信頼を裏切るなんてできないや。俺は大切な仲間を守る為に動きたい。アレス、俺に魔石を託してくれないか」

  吹っ切れた様子の将吾にアレスは穏やかに微笑んだ。

『良い仲間を持ったな、将吾』

「ああ。こんな俺でも信じてくれる仲間の為に、信頼に応えさせてほしい」

『いいだろう!お前の意思で存分に俺の力を振るってくれよ』


  アレスの視線が移り俺を真っすぐに捉える。

 誰かを思う熱く真摯な彼らの姿を見せられて迷いはない、答えは一つだ。

「アレスの信頼に恥じないよう、未来を奪うのではなく繋げる為に力を使うと誓おう。俺にも託してもらえるだろうか」

『火山っつう絶好の立地でたっぷり魔力マナが蓄えられた火の魔石だ。くれぐれも火傷しないようにな』

  悪戯っぽく笑ったアレスはそう言って火の魔石を耳飾りへと姿を変えさせ、俺の耳に装着させた。耳飾りはとても小さいが確かな重みを感じた。


  もう感情を捨てたりなどしない。自分の感じた思いを信じ従おう。

 現実と向き合い、受け入れて前に進む。そして大切な者達の未来を守ってみせる。


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