怒濤の絶叫ー7


  海岸に駆け付けた人々が次々に倒れ込んでいく中、エルフ達は辛うじて意識を保っていた。

 幻惑魔法か。空を操り、一度に広範囲の魔法を掛ける。そんな芸当は有翼人にしかできない。

 夜空から女性の有翼人が一人静かに舞い降り、空中で意識を失った少女に手を伸ばす。しかし少女の胸元の魔石がバチバチと音を立てて有翼人を拒絶した。仕方ないといった様子で女性は雲を出現させるとそこに少女を乗せた。


「可哀そうな子」

 闇夜の色をした長髪の有翼人は少女を見てぽそりとそう呟いた。

「何しに来た」

 私達に襲い掛かってきた有翼人の男は苛立った様子のまま女性に尋ねる。

「あなたを連れ戻しに」

 対して女性は落ち着いた物腰で男を見据えた。

「このまま戻れるかよ!全員潰す!」

「あなたの身勝手な行動は目に余る。お父様の意向に従わないとレイアお姉様がお怒り」

「だが!」

「ポセイドン」

  切れ長の瞳が睨みつけるように男を射貫く。

  彼ら天空の有翼人には家族という縛りがある。目上の者には逆らわない、お父様のご意思は絶対。どうやら男からすれば女は姉なのだろう。


「…分かった」

  反論したげなポセイドンは感情を無理矢理飲み込み同意した。

  本当ならばこのまま彼らを帰したくはない。

 もう二度とルイフォーリアムへ危害を加えないと誓ってもらわねば。

 けれど私は初めて強力な魔法を使い続け、身体が思うように動かくなり始めていた。

  有翼人と争ったのは生まれて初めてだ。強い魔法同士がぶつかるのはこんなにも消耗するのか。有翼人二人を相手にする程、私の魔力マナも残されていない。

「辛いでしょう。安らかに眠りにつきなさい。そうすれば苦痛を感じずに全て終わる」

  冷めた目で地上を見下ろした女性はそう語り掛けた。

 どうやら魔力マナに耐性の無い人々は皆眠りについてしまったようだ。


「終わらせません」

  リオスの魔石を継承したクラウディアは魔力マナに守られ意識を保っていた。彼女は力強い眼差しで空の有翼人を見据える。

「私達は必ず、あなた達と共に生きてみせます」

「足掻きは無駄。あなた方は滅びる運命」

  女性は淡々と無感動に答える。彼女にとって私達は比べる価値もない存在なのだろう。

「無駄にはさせません。私達地上人には天空の方々にはないものがあります」

 クラウディアの言葉に女性は眉を顰めた。

「どのような困難も共に手を取り合って乗り越えていける絆です」

  そんなもの夢か作り物だ。

 けれど、彼女は信じている。自分達は必ずや協力して未来を生きて行けると。

「…くだらない。その絆もひとつでなければ意味がない。いくつもあれば争いの種にしかならない」

「ひとつになります」

 クラウディアは断言する。もう迷わない。彼女の決意が強く示される。

「あなたは絶望して最期を迎える」

  そんなクラウディアを憐れむように眺めると女性はその場を去ろうとポセイドンを促し、少女を乗せた雲を動かした。

「おい!そいつをどうする気だ!」

「コレは世界の異物。異物は取り除く」

  タルジュの指摘に女性は事務的に答える。そのまま一人の少女を連れて有翼人二人は闇夜へと紛れ飛んで行ってしまう。

 既に消耗しきっていた私達は動き出せなかった。



  次に天空の有翼人に襲われることがあるならば、必ず自分は戦い守り抜くと覚悟していた。けれど実際はどうだ。たった一人相手に苦戦を強いられた。

 私一人の力では抑え込むことはできなかった。今回は見逃されたに過ぎない。

  同じ有翼人であろうと、これが創造神より直接魔力マナを授かった差なのか。そんな相手がまだ複数と居る。守り抜ける自信はない。

  私はまた、家族を守れないのだろうか。

 知らぬ間に居なくなってしまった家族を私はまだ許せない。

 命尽きようと共に戦い、最期まで傍に居たかった。

 あんな思い、二度としたくはない。

  だから生涯を掛けて守ると誓った。

 彼女の愛したこの国を、国に生きる民達を。

 血の繋がりはなくとも、同じ時の流れを歩めずとも。

 少なからず私は情を持ってしまった。この家族たちを。

 

  失意に飲まれていると懐かしい歌が耳を掠める。

 嬉しい時も、悲しい時も、辛い時も、楽しい時も。

 どんな思いも共に分かち合おう。誰もが決して一人ではない。

 そんな意味が込められた優しくも温かい詩。

  もう聞くことはないと思っていた遠い想い出の歌。

 そうか…彼女の子孫達は子へと伝え続けていたのね。

  これは、有翼人の生み出した詩ではない。

 人間が初めて、ルイフォーリアム国の初代女王が作った歌だ。

 「歌って素敵よね。性別も人種も関係なく心が動かされる。気持ちが通じ合えるの」楽しそうに歌っていた彼女の笑顔が蘇る。

 私の歌を好きだと隣で微笑んでくれた友達が今も傍に居てくれる気がする。


  清らかで澄んだ歌声を響かせるのは現女王。

 少女の歌声が暗闇を晴らし、空を正しき色へと戻していく。

 幻惑魔法が解け、倒れ込んでいた人々も柔らかな空気に包まれて目覚め始める。

  メル。あなたの歌は、想いは確かに受け継がれている。

 あなたの言う通り、心はずっと繋がっているのね。

「一人ではありません」

  私に声を掛けてきたのはクラウディアだった。

  ずっと一人だと思っていた。森に身を顰め、じっと生き長らえ、ルイフォーリアムの女王を選定し続ける、ただそれだけのこと。

 私は守る為に欲は捨てた。これでいいと決めつけた。

  けれどヒトの優しさに触れるとこんなにも心が満たされる。

 この幸せに包まれていたいと願ってしまう。


「皆で力を合わせれば必ず未来へと繋がります」  

「諦めないことは時として無謀だわ」

「それでも私達は諦めません。明けない夜はないですから」

「…そうね」

  魔法が解けた空は橙に染まり、再び姿を見せた陽は海に沈み始めていた。

 寂しげな夕暮れに世界の終末を感じてしまう。

 それでも、クラウディアもクラウスもタルジュも。

 確かな決意を持って立っている。未来を信じる、強い心で。

 

 ―――本当の強さとは何なのだろう。

 こんなにも長く生きたのに。答えが見つからないものばかりだ。

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