怒濤の絶叫ー4


「…海が!」

  悲鳴にも似たオペレーターの声に海面を見る。

 津波の猛攻に気をとられて気づくのが遅れた。海の水位が目に見えて分かるほど下がっている。まさかワールディア中の海を吸い上げているとでもいうのか。

 このままでは仮に津波の攻撃を防ぎきろうともワールディア全土の大陸が持たない。津波を止めさせなければ助かる術はない。

「クラウスかタルジュに通信は繋がるか!?」

「繋がりました!」

  俺が問うと間髪入れずに返事が返ってくる。問うよりも前に繋ぐ作業を行っていた証拠だ。

 俺達同様、魔法の攻防に見入っていた二人はこちらからの通信に気づくと片耳に着けている通信連絡用のデバイスに耳を傾けた。

「クラウス、タルジュ。聞こえるか?」

『ああ』

『聞こえるぜ』

「ワールディア全体の海の水位が下がり始めている。このまま津波の攻撃が続けば世界全体の地形が崩れる」

  迫りくる壁のような大津波で彼らからは津波の奥の海面など見えはしないだろう。俺の早口の説明に二人とも半信半疑の反応を見せた。  

「津波の攻撃を防ぎ続けようと大陸が崩壊する。あの有翼人の攻撃を止めろ」

『ってもよう…』


  眼前に迫り来る津波を見てタルジュは言葉を失っていた。

 人並外れた魔力マナを秘めた神器を手にしていようとタルジュ自身は人間だ。

 次々と襲い掛かる天災に立ち向かえと言っているようなものである。すぐに動き出せなくて当然だ。

  対してクラウスは躊躇わずに神器を出現させた。

『ディオーネ様、どうやら相手に付き合っている余裕はないようです』

『何?』

『魔法が長期に渡れば海の変異により大陸の地形が崩壊します』

 簡潔に説明を済ますとクラウスは魔法を唱え始めた。

『優しき海よ。生命育む穏やかな源よ、あるべき姿へと帰せ』

  クラウスが魔法を唱えると、違和感が生じたのか男は眉を顰めた。

 魔法制御が満足に利かなくなり動揺していた。他者の魔法に自分の魔法が介入を受けるのが初めてなのかもしれない。

  近い位置で同じ属性の魔力マナを用いる場合、術者の魔力マナが高い方に主導権が移る。

 神器を駆使しているクラウスの魔力マナは跳ね上がっている。しかし相手は天変地異を引き起こせる有翼人だ。魔法によって作り上げられた津波の主導権が移るまでは至らなかった。

  それでも追撃の津波は生み出されない。魔法を制御しきれなくなったのだろう。

 光の障壁に押し返された最後の波が帰っていく。


『今度はこっちの番だな!』

  そのタイミングを逃さないようにタルジュは出現させた神器を砂浜に振り下ろし大地を隆起させる。見る見る伸びていく地の幹は海上の有翼人に向かっている。

 タルジュは地の幹を登るように駆け出して行く。

『害虫が!』

  向かってくるタルジュに気づくと有翼人は空気中の湿気を氷へと変え、攻撃を仕掛ける。氷の刃が次々とタルジュ目がけて飛んで行く。

 それらをタルジュは避けつつ距離を詰めていく。近距離戦に持ち込むつもりだろう。

 魔法は上手く扱えずともタルジュ自身の身軽さや戦闘経験値は低くはない。

 きちんと目で追えれば対処できるはずだ。


『うおらああああああっ!』 

  ついに有翼人の正面を捉えたタルジュは思い切り神器の曲刀を振り抜く。

 素早く動く人間に相対したのは初めてなのか有翼人は少し動揺していた。

 だが、瞬間で眼前に氷の障壁を生み出されてしまい、曲刀の直撃は避けられる。

  跳躍して仕掛けた一振りは防がれ、勢いよく跳んだタルジュは宙に身を投げ出す形となった、このままでは落下してしまう。

 途端、海面が水飛沫を上げ噴水のように上がった海水がタルジュの足場の役割を果たす。

『飛べもしないのに無鉄砲な奴だ』

『じゃ、そのままフォロー頼む』

  有翼人の集中を削いだおかげか、海の主導権を取ったクラウスが魔法でタルジュを助けた。よく生身で無茶をするものだ、見ているこちらの気が持たない。

  タルジュは悪びれもせず、クラウスに援護を要請した。

 そんなタルジュの態度にクラウスは顔を顰めたが、仕方ないと半ば諦めたようで再び魔法へ集中する。


  クラウスが長杖を一振りすると有翼人を取り囲むようにタルジュの足場と同様の水柱がいくつも現れる。

 水柱を道として、タルジュは器用に跳び回りながら有翼人に攻撃を続けた。

 集中が乱された男の有翼人は強力な魔法が使えないのか防戦一方だ。

 苛立ちは募り、やがて大きく翼を羽ばたかせた。 

『ゴミの戯れに付き合ってられるか!』

  有翼人には自由に飛び回れる翼がある。危険が及ぶ場所に留まる理由などない。

 彼は水柱の円内から逃げ出そうと移動を始める。

 ところがその水柱の外周を更に光の壁が包囲した。

『逃がしはしない』

  鬼のような形相で男は地上の有翼人を睨んだ。

 ディオーネと呼ばれた女性の有翼人がルイフォーリアムを守っていた光の障壁を解除し、今度は海の有翼人を取り囲んだ。


  タルジュの一方的な攻撃は続く。有翼人は戦闘慣れしていないのか、満足に魔法が使えない状況で次第にタルジュが優勢になっていく。

  有翼人の魔力マナは非常に恐ろしく強大だ。ただ、彼らは強いがあまり魔法に頼る傾向があり、平和とされる楽園において戦いなど皆無なのか。もしかしたら、そこに勝機があるかもしれない。


 

  とうとうタルジュの重い一撃が決まり、有翼人は海へと叩き落とされる。

 不死とも称される有翼人だ。命を奪うまでは至っていないとは思うが、神器による攻撃は俺達人間では生み出せないような威力があったはずだ。

『待てタルジュ!』

 落下した海面目がけて追撃を仕掛けようとしたタルジュをクラウスが止める。

『あ!?何だよ!?』

『彼の攻撃を止めることは行わなくてはならない。だが、俺達の目指している未来は意見を押し付けることか?』

『…っ、めんどくせえな!』

  クラウスはあくまで有翼人に対話を試みようとしているのだろう。

 意図を察したタルジュは踏み止まり、海をじっと見下ろした。

  ところが有翼人は一向に浮上してこない。

 人間ならばとっくに酸素不足で溺れてしまっている。


『…お前、まさか…』

『待て待て!たしかに思いっきりぶった斬ったけどよ…!』

  クラウスの指摘にタルジュは悪気のない悪戯を説教された子供みたいな反応をした。

 あまりにも静かだ。つい先ほどまで荒れ狂っていた海とは思えない。

『そこから離れなさい!!』

  険しい目で海を見据えていたディオーネは大きな声を発する。

  突如、爆発でも起きたかのように海水が空へ向かって突き上がる。

 凄まじい水爆はディオーネの作り出した光の壁をも破壊していく。

『タルジュ!』

  大津波ほどの面積はなくとも、まるで爆弾を投げ落とされたかのようのな衝撃だった。あの場に居た彼は生身であの爆発を受けた。

  映像越しに見守っていた俺達は声を失ってしまう。クラウスもディオーネも動き出せずにいた。もう間に合わない。誰もが考えずとも察してしまったからだ。

「見て!」

  俺の傍らで行方を見守っていたリリアが画面の水爆を指さした。

 すぐさま、リリアが指さす先が拡大されていく。

 そこには人を抱える一機のアークが飛んでいた。

 抱えられている少年の銀髪を目にすると皆が安堵した。


 アークの搭乗者はクラウス達の居る海岸に着陸するとタルジュを降ろした。

『助かった』

『間に合ってよかった』

『…ん?お前!?』

  タルジュはアーク搭乗者の声を聞くと眉を顰めた。

 搭乗者の顔をまじまじと見て、千沙だと気づくとタルジュはばつの悪そうな顔を浮かべた。

『これ以上、返す借り増やすなよ…』

 ぼそっと呟いたタルジュの言葉の意味をよく理解できていないのか千沙は首を傾げていた。

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