光の先駆者達ー2
リヒトと別れ、クラウディアに連れられてルイフォーリアム城へと足を踏み入れる。城はガラス張りの窓が多く、差し込む陽の光が城内を明るく照らし出す。通路に時折あるステンドグラスの窓が幻想的だ。
正面にある広い階段を上ると真っすぐに続く赤い絨毯の先には今は主のいない玉座が見えた。玉座の間の手前には左右に通路が続き、部屋がいくつかあるのが窺えた。
クラウディアは左を曲がり、一番手前への部屋へノックし入って行く。
王族を護衛する近衛聖騎士達の待機室。そこには4人の男性が俺達を待ち構えており、皆が見定めるかのように視線を向けてくる。
彼らは屯所で見かけた聖騎士達とは似たデザインながら装飾が一部異なる制服を着ている。恐らく聖騎士団幹部の方達だ。
「お連れしました。彼らが有翼人ヘスティアと行動を共にする世界防衛の要となる者達です」
クラウディアは一礼すると俺達をそう紹介した。
"世界防衛の要"。自分にできることをしているだけでそこまでの自覚をしていなかった。彼女の表現に身が引き締まる思いになる。
「何だ、子供ばかりじゃないか。話にならないな」
すると一段と鋭い目つきをした男性に冷ややかな言葉をかけられる。
「ですが彼らは信用に足り、実力も兼ね備えた者達です」
「同じ子供の意見は参考にならないな」
「たしかに私達は若輩者です。ですが彼らはギレットさんよりも優れておりますよ」
「…っお前!」
ギレットさんの歯ぎしりの音がこちらにまで聞こえてきた。
「まあまあ、クラウディアの主張が正しいか、彼らが俺達の信用を得られるか。それを確かめる為に来てもらったんだ。そんな見た目だけで邪見に扱ったら可哀そうだろう」
中央の席に座する一際大きな体格の男性が宥めに入る。
「こちらの紹介がまだだったな。俺はライオネル、一応聖騎士団の団長なんてものを任されてる」
「一応じゃなくて、きちんと務めてくださいよ」
「はは、柄じゃないんだよな。ピシっとするの」
「そんなだから、聖騎士団始まって以来の異端団長なんて言われるんですよ」
「おう、けど今更俺を変えられないしな。俺は俺だ」
「…団長、話が逸れてますよ」
互いに笑顔を見せ楽し気に盛り上がっていた団長と左端の男性だったが、団長の傍らに立つ男性が小声で話の方向を修正してくれる。
「あぁ、悪い悪い。君達から見て一番左に立っている奴がサマルタ隊長。ルイフォーリアム学院があるラクレスア町のトップだ」
「どうも」
サマルタさんは片手を上げてにこやかに挨拶してくれる。
聖騎士団の方々は厳しく近寄り難いイメージであったが、どうやら人ぞれぞれのようだ。大らかな団長が異端と評されているくらいだから親しみあるこの二人は少数派なのかもしれないが。
「俺の隣にいるのが聖騎士団副団長、王宮全体の警護指揮を執っているオーディム」
オーディムさんは紹介されると軽く頭を下げた。
俺達が部屋に入ってから穏やかな姿勢を崩してはいないが、あまり歓迎している様子もなさそうだ。
「で、血気盛んな青年だが、城下町レーリアの警護指揮を若くして立派に務めてくれているギレット隊長」
すっかり機嫌を悪くさせてしまったようで、ギレットさんは険しい表情をしている。きっと彼が最も厳格な性格をしているのかもしれない。
「さて、本来ならば城の北側、迷いの森に入りたいなんて言う奴は問答無用で断るものなんだ。だが、君達が遊びに来たわけでも探求心から訪れたいわけでもないのは理解しているつもりだ。だから君達の覚悟を俺達に見せて欲しい」
「俺達は何をすれば」
「なーに、俺達聖騎士団と王女様が君達を見定める為の試練をちょいと受けてもらうだけさ。単純なやつだから」
「…単純ね。相変わらず意地の悪い」
傍らに立つオーディムさんは苦笑いを浮かべるが、ライオネル団長は陽気に笑っている。一体何をさせられるのだろうか。
試練を受ける為、場所を移し城の地下へと連れて来られた。
地下は石畳の床、長方形に広がる試合スペース、側面に僅かな観戦席とシンプルな造りだ。
聖騎士同士の試合や騎士団内の昇格試験、時には王族内の大切な決議をも左右する決闘を行う、限られた者しか戦いを許されない神聖な場。
そのような場所にいきなり通してもらえるなど、クラウディアの口添えがなければ不可能だったであろう。
「そちらさんは三人だな。だったら俺達も三人…アレイスはどこいった?」
「リーベ王女を連れて間もなく参られるかと」
「じゃサマルタとギレット、それにアレイス。この三人が君達の相手をする。俺達と君達で戦い、君達は勝てばいい。単純だろ?」
ライオネル団長はにっと笑う。単純ではあるが、簡単ではない。
聖騎士団は戦闘訓練を受け、日々鍛錬を欠かさない腕の立つ戦士ばかりが集う。
その中で隊長を務める彼らを相手にして勝てというのだから容易ではない。
だが、戦うと聞いた途端タルジュは目の色を変えて指を鳴らしていた。本当に血の気の多い奴だ。
「勝てば君達を力ある者とみなし、言い分を信じよう。けれど、負けたなら大人しく迷いの森への立ち入りは諦めてもらう」
「上等だ。ぜってえ勝つ!」
有難い話だが、少し腑に落ちない。
リーシェイ国ならまだしも、力を振るうのは護る場合のみと主義を掲げるルイフォーリアム国が試合で判断するとは。試されているというよりは…体よく追い返そうとしているような気がしてしまう。
しかし、勝てば迷いの森への立ち入りの許しを貰える。ならば拒む選択肢はない。
「魔法は、使うべきではないよな」
相手の三人は手練れであるとはいえ人間だ。一切魔法が使えない相手に魔法での攻撃は抵抗がある。
しかし魔法を封じられてしまえばクラウスさんの戦闘技術はあまり高くない。
不安そうに呟いたクラウスさんを見てライオネル団長は手を顎に当てた。
「ふむ、そうかお兄さんはエルフか。なら、クラウディア。お前さんが代わりに入ってやれ」
「私、ですか?」
どこか浮かない顔で考え事をしていたクラウディアは突然の指名に動揺していた。
「彼らはお前さんの紹介だろう。代理として入っても問題ない」
「…団長がそう仰いますなら」
団長の一歩後ろに控えていたクラウディアは俺達のもとにやって来て一礼した。
「微力ですが、お手伝いさせていただきます。宜しくお願いしますね」
同年代の間ではかなりの実力者であり、決して軍人に引けをとらない剣の腕を持つ。彼女が味方に付いてくれるのは心強い。
すると階段を下る靴音と共に小柄な少女を連れて騎士がやって来た。
「リーベ王女、ご足労いただきありがとうございます」
「いえ、勤めですので。皆さんもご苦労様です」
リーベ王女を迎え入れるべくライオネルさんとオーディムさんが歩み寄り片膝をついた。少女は敬われる立場であろうに、団長達よりも低姿勢に礼をする。
控えめであどけなさの残る少女が間もなくこの国の女王となる。
あの小さな体にどれだけの重圧が圧し掛かるのだろうか。
庶民の自分には到底計り知れない重みを想像するだけで息が詰まりそうだ。
王女を観戦席へ案内しようとした矢先、彼女は目をまん丸とさせ、こちらに駆けて来た。それに気づいたクラウディアは片膝をつき頭を下げた。
「お姉様も戦うのですか!?」
「リーベ王女様。皆に示しがつきません」
「…はい。クラウディア」
クラウディアに指摘されたリーベ王女は寂しそうに眉を下げた。
「何故クラウディアも戦うのですか。あなたはルイフォーリアムの者なのに」
「私が皆さんを迷いの森へお連れしたいと願い出ましたので。お力添えをしているのですよ」
「そう、ですか…あまり無理はなさらないでくださいね」
「お心遣い、感謝致します」
心配そうに見つめながらもリーベ王女は小走りで団長達の元へ戻り、観戦席へと着いた。そっと王女を見守るとクラウディアは小さく息をついた。
「アンタも王女だろ?何でそんな畏まってんだよ」
「昔に私は王位継承権を剥奪されています。今はただの聖騎士見習いですよ」
タルジュの言葉を簡潔に答えるクラウディアはその事実を受け入れているようだった。ただ、どこか困ったような顔をしていた。
息を深く吸い込むと彼女の目つきが鋭いものに変わる。戦うことに意識を集中し始めたのだろう。
「彼はリーベ王女専属の近衛聖騎士アレイスさん。現ルイフォーリアム国で最も腕が立つと名高い剣士です」
クラウディアの鋭い視線の先にはギレットさんとサマルタさんに合流したアレイスさんが居た。にこやかに話している彼からはあまり脅威を感じないが、クラウディアがそこまで警戒する相手だ。注意する必要はある。
「それでは皆さん武器を構えてください」
オーディムさんが試合を取り仕切ってくれるのだろう、皆が位置に着いたのを確認すると声を掛けてきた。
「皆さん?」
「ええ、皆さん同時に戦っていただき、どちらかのチームの一人が負けを認めればその時点で勝負は決します。ですが、あくまでこれは皆さんの戦いを見極める試合。命の危機に関わる状況となりましたら容赦なく止めに入ります」
試合スペースはそれほど広くはない。デジタルフロンティアのリングは円形でこちらは長方形だが面積に大差はない。その空間に6人が同時に戦うとなれば全員の動きを把握しながら戦う必要がある。てっきり1対1の試合を3回行うものだとばかり思っていた。
タルジュは呑気に「じゃあ負けを認めなきゃいいだけの話じゃねえか」と余裕を見せていたが、対するクラウディアは提示されたルールに眉間を顰めた。
「これは…厄介かもしれませんね」
連携戦闘はルイフォーリアム十八番の技術だ。学院ではもちろん、聖騎士となろうが訓練で徹底的に叩き込まれると聞く。相手側の得意分野に持ち込まれている。
俺達は3人で組んで戦ったことなど一度もない。これは大きなハンデを抱えているといっていい。
「少し手を抜いてやろうか?」
こちらの心理を分かり切っているのだろう、サマルタさんが声をかけてきた。
「いらねーよ!」
タルジュは威勢よく返したが、こちらの不利を理解できているだろうか。
「恐らく、ギレットさんとサマルタさんが先陣をきってこちらへ攻め込んできます。彼は突撃するタイプでしょうから先陣を任せるとして、もう一方はどうしましょうか」
クラウディアは口早に俺へ戦法を問うてきた。ゆっくり作戦を練る暇はない。俺も合わせて小声で応答する。
「なら俺が二人に合わせよう。相手の戦い方を理解しているクラウディアにもう一方の先陣を任せたい。頼めるか?」
「分かりました」
「タルジュに急な連携を求めるほうが返って動きが鈍くなる。悪いが合わせてやってもらえると助かる」
「ええ。そのつもりです」
「このルールなら一人を落とせば勝ちだ。状況に応じてサマルタさんかギレットさんを畳みかけよう」
「何二人でぼそぼそ喋ってんだよ」
疎外感を感じたのかタルジュは不機嫌な様子で俺達を見た。
「気にするな。お前は存分に暴れてこい」
「おう、任せとけ!」
暴れる許可が下りて一層やる気が出たのかタルジュは腕を回したりと全身を動かした。
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