閉じられた楽園ー2

「そっか…大変だったね」

  森に戻ると空は白み始め朝を迎えていた。

 いつものお気に入りの場所に辿り着くと友達が私を待っていた。

 私の表情が沈んでいたのか真っ先に心配してくれる。

 事情を説明すると自分の事のように親身になって聞いてくれた。

「スピカこそ、辛かったでしょう」

「ううん、本当に辛いのは私じゃなくてエルフや住み着いていた精霊達だよ」

  スピカは自分が気に入っていたティオールと言う名の森に遊びに行く途中、魔導砲の襲撃に遭遇した。上空からみる森は一部が炎で焼き焦がされておりその位置にはエルフ達が住む小さな里があるはずだった。

  住民や仲良くなった精霊達の安否を心配し急いで向かおうとした矢先、強烈な赤い光に森や大地を貫かれ破壊された。砲撃の範囲外に居た精霊達から話を聞き、カルツソッドという国がエルフ達を利用して魔導砲を放った事を知り、改めて人間の醜さに心を痛めた。

  何故力で屈服させようとするのだろうか、スピカも私と似たような事で頭を悩ませていた。やはりこの子が嘘をつくようには思えない。私も実際に地上へ降りてみたい。

「私、頑張ってみるよ」

「お兄さん達の説得を?」

「うん。これ以上、生命が失われていくのは嫌だもの」

「そうだね…私は何があってもヘスティアの味方だからね!手伝えることがあったら何でも言って!」

「ありがとう、スピカ」

  精霊であるスピカと有翼人の私が友達になれるんだ。きっと人間やエルフとだって分かり合える。

 スピカに励まされ兄様達の説得を決意したけれど、二人でどんなに話し合っても名案は思い付かなかった。それでも心に灯ったやる気の炎だけは消えたりはしなかった。

  絶対に”制裁”なんて止めさせて、和解させてみせると意気込んでいたのに。

 事態は一日も経たずに変わってしまう。魔導砲の第二撃が発射されてしまった。


  この短い期間で破壊行動を繰り返す人間に再びウラノス兄様の下に集まった兄妹達は”制裁”を下すべきだと強く訴え出した。

 ウラノス兄様もこれには苦渋の様子でもはや”制裁”を行う決定は覆せそうになかった。ポセイドン兄様は今すぐにでもと”制裁”をと急かしたが、お父様の了承無しに”制裁”を下すのはよろしくないと宥められていた。

「待ってください、ポセイドン兄様!」

 ならば直談判してくると勢いの止まらないポセイドン兄様の腕を掴む。

「何だ、まさかお前まだ害虫の味方をするのか!?」

「地上には多くの生命が存在します!魔導砲を駆使しているのは一部で暴走しているのは全員だとは限りません」

「力には必ず力で対抗するに決まってるだろ!現に魔導砲をただ受けている訳ではなく抗おうとしている奴らも居る。ひとつの大きな力は他にも影響し、必ず大きな戦いは他でも起きる!もう手遅れだ!」

「悔い改めればこれ以上の被害は抑えられます!」

「それができないから何度も戦争をするんだろ!」

  私を説得するのが面倒になったのだろう、ポセイドン兄様は乱暴に私を振り払った。苛立ちからかポセイドン兄様からはビリビリと強い魔力マナが伝わって来る。これ以上口答えしようものなら力づくで黙らせさせられそうだ。


「騒がしいわよ。お父様はまだ休まれておられるわ、静かになさい」

  兄妹で唯一長い時間をお父様の傍で過ごすレイア姉様だ。

 彼女の一言だけでポセイドン兄様は感情と迸る魔力マナを収めた。

「お父様は何と?」

  姉様が私達の前に現れたということはお父様から言付けを頼まれたのだろう。

 兄妹達を代表してウラノス兄様が問うた。

「今から二度目に訪れる新月の刻、お父様は完全に目覚められる。その時に”制裁”を皆で下します。それまでは大人しくしていなさい。勝手な行動はお父様に対する反逆と見なします」

  二度目の新月。昨晩の月は三日月だった。となるとお父様のお目覚めまで残り二月程度、時間はあまり長くない。

 お父様の子供達、兄妹がこうして一同に顔を合わせたのは初めてかもしれない。

 しかし懐かしむ余裕も無く、誰一人口を開こうとはしなかった。

  レイア姉様は決定事項を告げるとすぐに居なくなってしまった。

 二月という猶予すらも許し難いのか怒りを隠しきれていないポセイドン兄様も舌打ちを残して去ってしまう。

  お父様は宮殿の最奥の間で休まれておられて、滅多に顔を出さない。

 私達に用事があっても呼び出してくるのみで自ら訪ねてきたりはしない。

 世界を創造したのはお父様なのに、この世界を愛してはいないのだろうか。

 何故一歩も外に出ないのか不思議で仕方がない。

  たった一人の神の判断で全てが決まってしまうのか。

 それではまるで地上はお父様の玩具みたいではないか。

 これが本当に正しい世界の在り方なのだろうか。


「馬鹿な事は考えるなよ」

  悩み込んでいるとアポロン兄様が私に釘を刺してきた。私が勝手な行動をとると予想している。

  私のしようとしている事は本当に馬鹿な事なのか。

 もしかしたら一方的に人間やエルフ達を悪と見なしている私達の考え方こそが愚かなのではないのだろうか。そんな確信に似た推測を立ててしまう。それでも迷いが拭いきれない私は何も答えられなかった。

  私の様子に半ば呆れつつアポロン兄様やニュクス姉様、エレボス兄様も居なくなってしまった。

 味方は誰もいない。”制裁”を止めるなんて無謀に近いし、価値もあるのか自信が無くなってくる。

 だけどこんな納得のできない気持ちで”制裁”を受け入れたくはない。

  ウラノス兄様の魔法によって壁に映し出されている映像には魔導砲の砲撃に対抗していた多くのエルフや人間が瀕死状態に陥っていた。

 これは確かに力の使い方を間違えているヒトの末路なのかもしれない。

 生命を搾取し合っても何も生まれない。ただの破壊行動に過ぎない。

 けれど、過ちを正す為に多くの生命を奪う”制裁”を行うのは――


  すると映像に色濃く精霊達が映り込んだ。その中には私のよく知る精霊が主導で飛ぶ姿があった。

「スピカ…?」

  精霊達が魔力マナを放ちながら飛び回り傷ついているエルフや人間を治癒している。そんな、精霊がエルフや人間に進んで干渉するなどありえない。

 自然と共に生き、魔力マナが濃く自然の豊かな場所から生まれその地を育む精霊達が搾取するだけの相手を癒すなど考えられない。

 しかしそんな常識もあの子は覆した。協力している多くの精霊は地上で生まれた子達かもしれない。それでもスピカに力を貸し、死を待つばかりの彼らにもう一度生きるチャンスを与えている。やり直せると彼らを信じているのだ。

  同じ映像を眺めていたウラノス兄様も目を開いて驚いていたが、中立を守る兄様がどこか嬉しそうに見えた。

 ウラノス兄様だって一つの生命だ。中立と主張しようが自分の感情があるし、必ずしもお父様と同じ思考ではない。大丈夫、必ずどこかに解決の糸口はある。

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