天と地を繋ぐ者

閉じられた楽園ー1

 

  星空に三日月が浮かぶ穏やかな夜。

 地上から初めて強大な魔力マナを感じた。全身にビリビリと伝わってくる力は、まるで兄妹の誰かが魔法を振るったのかと錯覚してしまう。環境を大きく変えるような膨大な力の流れだ。

  宮殿に居るウラノス兄様なら地上を視察出来る。この魔力マナの正体も知り得ているだろう。静寂な夜、森で安らかに休息を取っていたが、抑えきれない胸騒ぎを抱え宮殿へと急いで飛んで行き、ウラノス兄様のいらっしゃる部屋まで一目散に駆ける。

「ウラノス兄様、今の強い魔力マナは一体何ですか!?」

「人間の仕業ですよ」

 ウラノス兄様はこちらを振り向かず地上の様子を私にも見えるよう映像を大きく映し出してくれた。

 人間。大地に住まう欲深く短命な生き物。決して我々とは相容れない弱く醜い者共。

「人間?彼らには魔力マナは備わっていないのでは」

「大量のエルフから魔力マナをかき集めて大地を消し飛ばしたのですよ。力を破壊にしか使えない。愚かなことです」

  エルフ。それは私達有翼人の劣化した生き物だと聞いた。

 遥か昔、罪の烙印を押され楽園の追放を余儀なくされた罪人の子孫達だと。

 彼らには私達ほどではないにしろ魔力マナが備わっており、多少なりとも魔法が使えるのだとか。

 それでも気象に影響を及ぼしたり、地表を壊すような威力は無いと。

 エルフ達も束になれば私達と似た魔法を放てるということだろうか。


「”制裁”をなさるのですか…?」

  私達の住まう楽園から罪人を追放した時から創造主であるお父様は地上を切り離し、有翼人と地上の者達の干渉を一切禁じた。

 地上の管理は全て長兄であるウラノス兄様に任されている。とはいえ、それは地上の者達が我々にとって無害であったからだ。

 今では空を飛ぶ技術を手にし、私達と同様の魔力マナを持ち合わせることが可能とあれば、近い将来に私達は彼らと相対する事になる。強欲な人間達は私達の力や文明を欲するに違いない。

  地上の者達が必要以上の力を手にしたり大地を壊し尽そうとした際は”制裁”と言う名の自然災害を地上の管理者たる私達有翼人が起こし、地上と楽園の距離感を保つ。”制裁”は地上のリセットだと教えられたが、私は最近抵抗を覚えていた。自分の手で多くの命を葬り去ることになるからだ。

 近年も度々兄達が”制裁”を促すものの優しいウラノス兄様は”制裁”は最終手段と位置づけ地上を見守りつつも実際に手を下した事は一度しかない。

 今回も兄達は必ず”制裁”をするよう進言してくるだろう。


「ヘスティアは”制裁”をするべきだと思いますか?」

「…分かりません」

  少し前の私なら兄達と共に”制裁”をすることに躊躇無かっただろう。

 しかし友人から聞く地上の話は私の知っている地上とは違うのだ。

 人間とは本当にただ強欲で醜いだけの存在なのか。教えられてきた常識が揺らぎ始めている。真実だと決めつけてよいのだろうか。

  私は自分の目で、耳で、地上や人間を見た事は一度も無い。

 もしかしたら私の知識は間違っている?

 けれど強大な魔力マナを悪戯に使う様な人間はやはり自然に害を成す生き物で間違いはない気もする。

  地上と楽園を行き来する友人のスピカは地上には美しい景色も温かい人情もあると言うのだ。スピカは私に嘘を吐くような子ではない。

 だけど、あの子を信じるならば私達のヒトに対する解釈を改めなくてはならない。

 私は答えの出ない問答をずっと抱えている。

「優しいですね。それはあなたの良いところです」

  決断を迫られた際、私はよく躊躇ってしまう。私の迷いをウラノス兄様は優しいと評価する。しかし他の兄達からは甘さや意志の弱さを指摘されてしまう。

 自分の意見をしっかりと持つことは勇気がいると思うのだけど。他の兄妹の迷う姿を見た事はない。末の私は誰よりも劣っている。


  会話もそこそこに兄妹達は続々とウラノス兄様の元に集まって来た。

 やはり地上からの強大な魔力マナを感じ、皆様子が気になったのであろう。

「さっきのは何だ。誰か地上に何かしたのか?」

「我々ではありませんよ。乏しい魔力マナを束にして放出させたのが原因です。彼らはそれを魔導砲と呼んでいました」

  ウラノス兄様はアポロン兄様の問いに答える為に魔導砲が放たれた様子を再度壁に映像として流してくれた。

 禍々しい赤い光線に消し飛ぶ大地が泣いているように見えた。

 声を上げる隙も無く、多くの生命も奪われていた。

 自然や生命は慈しみ守るべきものだ。何故生命や自然を搾取しなければ生きられないのか、理解に苦しむ。

「なんだよ、俺はてっきり誰かが勝手に”制裁”したのかと思ってワクワクしてたのによ。つまらないな」

「口が悪いですよ、ポセイドン」

「けどよ、これはもう”制裁”決定だろ。その魔導砲とやらを楽園に向けられたらまずいだろ。早くお父様に掛け合おうぜ」

  兄妹の中で最も気性が激しいポセイドン兄様はやはり”制裁”に乗り気だ。

 ずっと”制裁”を堪えていた分、今回は押しが強い。

「…”制裁”はすべき。ヒトは知恵を付け過ぎた。そして使い方を間違えている」

  双子の兄であるアポロン兄様の傍らで物静かに話を聞いていたニュクス姉様がが”制裁”の賛同を一言告げた。

 言葉は発していないが隣のアポロン兄様も同意見なのだろう。複雑な表情をしているが否定する様子はない。

 今回の魔導砲の出現は”制裁”の決定打として不足はない。

このままでは本当に…自らの手で多くの命を奪い取るのか。


「決めつけてしまうのは早計ではないですか?」

  零れるように自分の思いが口から出た。思わずヒトを擁護するような物言いをしてしまい、口の中がみるみる乾いていくのが分かる。

 周囲の兄達の視線が痛い程に突き刺さって来る。

「私達はヒトを知りません。もしかしたら間違いに気づいている者も居るかもしれない。実際に見てもいないのに決めつけてしまうのはいかがなものでしょうか」

  兄妹の末である私の発言力など大したことはないのかもしれない。でも少しでも考えを改めて欲しかった。

 ”制裁”を行えば人工物はほぼ消えてなくなるうえに多くの生命も消えてしまう。

 だって地上の大地や自然、動物には罪がない筈だから。

「ヘスティア、お前はお父様を否定なさるのか?」

  地上に住まう人間やエルフは罪深い生き物だと私達に教えたのはお父様だ。

 地上人の擁護はお父様の批判になる。それは私達兄妹にとって死より恐ろしい事。

 お父様は全て正しい。皆そう思っている。

 でもそれは真実なのか?私は地上に対する未知はお父様への不信感へと変わりつつあった。お父様を愛している。それでも無条件で全てを信じてしまうのは、それは果たして正しいと言えるのか。

  ポセイドン兄様の刃の様に鋭い視線に耐えかねて私は俯いてしまう。

 答えが言い出せずに居ると普段姿を見せないエレボス兄様も宮殿を訪れていた。

 映し出されている映像を表情一つ変えずに見ると最奥に居るウラノス兄様を真っすぐに見据える。


「制裁、なさるんですか?」

  物静かで状況を冷静に判断するエレボス兄様は自己主張をあまりなさらない。

 今回も総意を確かめに来ただけなのだろう。

  兄妹達がどんなに言い合おうが最終的決定は長兄のウラノス兄様が下す。

 それが分かっているからかエレボス兄様は他の兄妹には目もくれずウラノス兄様に問うた。

 私以外に異論を唱える者はこの場にいない。本当にこれで決ってしまっていいのか。確固たる理由もないけれど、私は兄妹の意思だけで地上の終わりを迎えるのが怖かった。

「…まだ様子を見ましょう」

 ウラノス兄様は少し思案するとそう結論付けた。

「正気か!?奴ら益々力をつけるぞ!」

「悪い芽は早く摘むのが良い」

  ポセイドン兄様とニュクス姉様は即座にウラノス兄様に食って掛かった。二人はヒトに対して当たりが強い。

 でも会ったこともない地上人に何故そこまで怒りを募らせることが出来るか少し理解できない。

「まあ、放っておいてもお互いに破壊し合って俺達が手を下す以前に勝手に自滅する可能性もあるけどな」

 アポロン兄様は顎に手をやり、どちらの意見も冷静に聞き分けているようだった。

「様子を見る。それは”制裁”をする可能性もあるということですね?」

「ええ。皆もそのような心づもりでいてください。実行に移す際は私から呼び出しますので」

  エレボス兄様はウラノス兄様の決定を確認するとすぐにその場を去ってしまった。もともと単独行動の多いお兄様だが本当に自由だ。

 後に続くように不満げな様子でポセイドン兄様も出て行ってしまう。

 乱暴な兄様だが、ウラノス兄様に逆らおうとはしない。

「ヘスティア」

「はい」

  口数の少ないニュクス姉様が話しかけてくるなど珍しい。

 名前を呼ばれただけなのに身が竦む。

「考えを改めるべき。ヒトなど己の欲でしか動いていない」

「…はい」

 そう告げるとニュクス姉様も濃紺の髪を揺らしながら部屋を去って行く。


  私の迷いが間違いなのか。

 あれだけの生命体がいて皆同じなのか?

 私達に意思や感情があるように彼らにも欲だけではない、自然や生命を慈しみ、愛する心があっても不思議ではない。

 ニュクス姉様は意思を強く持っておられる。でも、考えを縛り付けられるのは嫌だ。

「ニュクスもあれで家族思いなんだよ。お前を心配してるだけでさ、悪く思わないでやってくれよ」

  主張はあまりせず兄妹達の様子を見ていたアポロン兄様は眩しい笑顔で私の肩に優しく手を置いた。兄様はいつでも気さくで場を明るくしてくれる。光を司る神であるアポロン兄様はいつも眩い。

「アポロン兄様は”制裁”に賛成なのですか?」

「…難しいな。でも現状が続くようならすべきだとは思う。地上人も俺等みたいに使い方を間違えずにさえ居てくれればいいが、その確証はないからな」

  そう、強大な力も使い方次第だ。

 私達兄妹の魔力マナを持ってすれば人間やエルフなどあっという間に絶滅させられる。

 そうしないのは、あらゆる生命には生きる権利があると思っているからだ。

 だからこそ悪戯に自然や他者の生命を大量に奪う行為は許せない。

 地上人達が力をつけたら”制裁”を行うのはそれが理由でもある。


魔力マナの使い方を教えてやる。という選択は無いのですか?」

「んー無理だろうな。俺達が地上人と接触するだけで文明は変わる」

「接触するだけでですか?」

「彼らは自分達以上の力を持つ生命体がいると知る訳だ。知れば力を欲しあらゆる手段を駆使して進化へつなげようとするさ」

「人間やエルフのふりをして会うのは駄目なんですか?」

魔力マナを使わずして彼らをどう説得し、教えを広めるんだ?力なき者の声など彼らは耳を傾けないだろうよ。仮に数十人が俺達の意見に賛同してくれたとしてもその何千倍ものヒトは拒むか無視するのが明らかだ。大勢をひとつにまとめるには力で屈服させるか、洗脳しかないんだよ」

  結局は力なのか。私達も人間やエルフも言葉が通じるのに。悲しい話だ。

 他に方法は無いのだろうかと考えを巡らせるが乏しい知識では案は浮かびやしなかった。

「分かり合う事さえ出来れば、”制裁”なんて必要なくなるのに」

「ヘスティアの考えが理想ではあるけどな」

  アポロン兄様は私の頭をそっと撫でた。それは優しくも残酷だった。

 私の求める理想は決して無理なのだと否定された気がした。

  スピカは地上の話をする時はいつも楽しそうだった。

 宝物についてでも語るように幸せそうなあの子の表情を曇らせたくはない。

「……理想を現実には出来ないのですか?」

「ヘスティア、残念だが――」

「アポロン兄様の意見は仮定ですよね?実際に挑戦した者は誰も居ない筈です」

  アポロン兄様の目が動揺で見開いていた。

 自分でもどれだけ無謀な事を言っているか理解しているのに、それでも自分の中にある衝動が治まらなかった。

「私は諦めたくないです」

  ヒトを愚かで醜いとまで思っていた私の言葉とは思えない。

 それでも友達を信じたい。真実を自分の目で確かめてみたい。

 お父様を否定はしないけれど、お父様の教えに制限されたくはない。

 ならば自身が動かなくては。


 私の目をじっと見返したアポロン兄様はため息をついた。

「なら俺達兄妹を全員説得してみせな」

「…え?」

「ウラノス兄さん、レイア姉さん、ニュクス、エレボス、ポセイドン、あと俺の六人。たった六人を説得できないようじゃ、地上に住まう何十億と居る人間やエルフの説得が可能だと思うな。そうしたらお父様への説得も兄妹全員がフォローするだろうさ」

  たしかに何億と居る地上人に比べればたったの六人だ。

 しかし全員が”制裁”に対して中立か賛成だ。一癖も二癖もある兄様達を一体どうやって。

 アポロン兄様に提示された条件が人間やエルフ達に教えを伝えるよりも難題に見えてくる。

  狼狽える私にアポロン兄様は情けを掛けるように微笑みかけた。

「どうして地上に肩入れするようになったか知らないが、少し頭を冷やせ」

  そう言い残すとアポロン兄様も出て行ってしまう。

 きっとアポロン兄様は私が冷静ではないと思い、無理難題を出したのだろう。

 兄様達を説得する手段などこれっぽっちも思いつかなかったけれど、私は諦めきれなかった。

  私達のやりとりに介入する事も無くずっと見守っていたウラノス兄様と目が合う。長兄はどの場面でも穏やかな表情を崩さない。

「ウラノス兄様は私の考えを否定しないのですか?」

「ええ。しませんよ」

「どうしてですか?」

「私は誰の味方にも敵にもなりません。秩序が乱れますから」

  ウラノス兄様は安寧を司る神。兄妹の中で最も魔力マナを持ち合わせているが唯一攻撃的な魔法を一切使えない。

 それでも皆がウラノス兄様に反抗しないのは、長兄への尊敬と中立な性格を慕っているのもあるが、お父様に次ぐ圧倒的な魔力マナで誰も彼を傷つけることが不可能だからだ。

 そんなウラノス兄様が兄妹だろうが、地上だろうが一度誰かの味方をすればパワーバランスが崩れるのは確かだ。

 兄様自身もそれを理解しているからか私達から一定の距離を保っているようにも見える。

「存分に考え、悩むといいでしょう。幸い、私達は時間で寿命は訪れません」


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