想いを繋げてー3

  頭に強い痛みを感じたのかお母さんは頭を押さえた。

 NWAをあれだけフルに稼働させたのだ、完成に近いとはいえ脳への負担は凄まじいだろう。汗ばんでいるのに顔色は優れず血の気が失せている。もともとNWAを操るには万全の状態じゃなかったに違いない。

「大丈夫!?」

「…平気」

 笑顔を作ってはいるけど辛そうだ。早くどこか落ち着いて休める場所に移動させよう。


『千沙!聞こえる!?』

「理央ちゃん?」

  どうやって回線を繋いだのだろうか。相変わらず理央ちゃんの技術に驚かされる。

 通信越しに聞こえる彼女の早口な口調から事態の危急さを感じ疑問は飲み込む。

『すぐにそこから離れて!魔導砲が発射された、そっちに飛んでくるわよ!』

「そんな!」

  もちろん今すぐに離れたいけど、私のNWAもお母さんのNWAも壊れて飛行機能が停止してしまった。

 すぐには魔導砲を避ける距離を移動できない。

「私達飛べないの…NWA壊れちゃって」

『だったら海に逃げなさい!』

  そうか、その手があったか。魔導砲の脅威も海中には及ばないだろう。さすが理央ちゃん。

  私は立ち上がったのだけど、お母さんは座りこんだまま動かなかった。

 よく見ればお母さんの身体はいたるところに怪我があった。

 多くの攻撃を受けたのだ、飛行鎧に守られていたとはいえ痩せ細った肉体の負傷は避けられなかった。

  飛行鎧を全部外せばお母さん一人抱えて移動できる。

 けれど、魔導砲は既にカルツソッドから発射されている。そんな時間はないのだろう。

「もう私は自分の足では歩けない。千沙だけでも逃げて」

「嫌だ!お母さんを置いていけないよ!」

「最後に千沙に会えて嬉しかった。私はそれだけで充分よ」

『早く!!』

  理央ちゃんに急かされても私は動き出せなかった。

 やっと会えたんだ。お母さんを置いて自分だけ助かるなんて、絶対嫌だ。


「…逃げない」

「何言ってるの、早く行きなさい!」

「諦めない!!お母さんを助ける!!」

  私はお母さんのNWAを壊して付属している魔石を取り出す。

 魔石は私のペンダントについていた物より大きく、強い輝きを宿していた。

 戦艦ひとつ撃沈させるだけの力があるんだ、私達二人を護る壁になる力もある筈だ。

「放しなさい。魔石は人間には使えないのよ」

「お母さんは使えてたじゃない!」

「それは私の身体にも魔石が埋め込まれているからよ。貸して」

  私から強引に魔石を奪うとお母さんは瞳を閉じて祈るように集中し始める。

 すると身体が淡い緑色に発光し始めて、大きな光になっていく。

 強い魔力マナの発生にお母さんの身体が震えている。

 きっと上体を起こしているのもやっとな程に強力なエネルギーが生み出されている。

「駄目、今のお母さんじゃ魔力に耐えれないよ」

「私の後ろから離れないで」

  海上の遠くからでも視認できる強烈な赤い光。この世のものとは思えない恐ろしい輝きが周囲の色をも変えながら近づいて来る。

 魔導砲の砲撃は躊躇うことなく真っすぐにこちらへ襲来する。あまりの輝きに眩んでしまう。

  赤い光線を阻むように透明な防壁が私達の前に生み出された直後、電気が破裂したみたいな衝撃音が鼓膜を突き裂く。

 お母さんが作り出した防護壁が守ってくれている。私は必死にお母さんの身体を支えた。

  衝突の風圧と衝撃の轟音に飲まれて意識が飛んでしまいそう。

 強風に紛れて耳に届くガラスが罅割れるような音。

 防護壁に亀裂が生じているが魔導砲の威力は衰える気配はない。

 このままじゃ―――


  微かだが綺麗な声が聞こえる。これは…詠唱?

 やっとの思いで目を開けると私達の前に横並びに立つエルフ達が居た。

 皆さんの掌から現れた透明の壁が隙間なく並び、巨大な障壁となって光線の進攻を防いでいる。

 転移魔法でわざわざ駆けつけてくれたのだろうか。

  魔石の力を駆使していたお母さんはふらつき小さな防護壁は崩れた。

 倒れこみそうになったお母さんの背を白衣の男性がそっと支えた。

 一瞬驚いた母だったけれど、すぐに泣きそうになりながらも笑みを浮かべた。

「砲撃は正面に跳ね返すのではなく、空へ逃がせ!」

  白衣の男性が皆に聞こえるよう大きな声を上げた。

 前に並ぶティオールの里のエルフ達が集中を乱さぬよう光線と対峙し続けている。

 私達の背後のエルフ達は掌を正面に翳すとそこから多くの精霊が溢れ出し、前方で砲撃を防いでいるエルフ達の元へと飛んで行った。

 精霊達はエルフに寄り添っているみたいだ。きっと魔力マナを分け与えているのだろう。

  こんなに大勢のエルフ達が集まり、力を合わせている光景はまるでお伽噺でも見ているみたいだ。幻想的で夢の中に迷い込んでしまったかと錯覚してしまいそう。

 

  懸命に食い止めてくれていたエルフ達が作り上げた障壁に亀裂が入り始める。

 襲い掛かる緊迫がこれは現実だと容赦なく突きつけてくる。

 魔導砲が途切れるまで持たないのだろうか。 

 障壁の亀裂から漏れ始めた赤い粒子が宙を漂っている。

  魔導砲のエネルギー源の元はエルフ自身に宿る魔力マナだと鴻君は言っていた。

 それならば魔導砲の魔力マナを奪うことが出来れば消失は無理でも砲撃の威力を下げるくらいは可能なのではないか。

 不意に思いついた案だったがどうやったら実現できるだろう。

  焦る気持ちを抑えつつも考えを巡らせていると一機のW3Aが私の真横に降り立った。

 急いで駆けつけたのかフルフェイスを着けずに居た彼は迷わずエルフ達の隊列へと駆け寄ろうとしていたので私は慌ててその人の手首を掴む。


「待ってください月舘先輩!魔力マナを奪う方法はありませんか!?」

 突然の質問に戸惑った先輩だったが、すぐに思考を巡らせてくれる。

「他の術者や自然から魔力マナを吸収する魔法はあるが、それを今聞いてどうする」

「その魔法で魔導砲の魔力マナを奪うんです!」 

「あの砲撃にどれだけの魔力マナが込められていると思ってるんだ。威力を消すほど魔力マナを奪い取れる術者なんていない。ここに居るエルフ全員で唱えれば可能かもしれないが、今反射魔法を中断するのは自滅行為になる、不可能だ」

「先輩が居ます!試してみる価値はあります!」

「ハーフエルフの俺一人が吸収したところで魔力マナを蓄える器が小さすぎる。意味が無い」

魔力マナを吸収しながら放出もすれば可能です!」

「簡単に言うな!そんな事例聞いたことがない」

  私の頭にはティオールの里でハーフエルフの肉体には過分だと、魔力マナの放出をしていた月舘先輩の姿が過っていた。

 捲し立てるように話し続ける私に先輩は押されていたが頷いてはくれなかった。

「先輩なら出来ます!」

「無理だ、根性論でどうにかなる問題じゃないんだぞ!」

「じゃあ試す前から諦めるんですか!?…佳祐君ならできる、昔から器用だから」

「…お前…!」

「私は昔も今もずっと信頼してますから!」

「…相変わらず後を考えない奴だな…!」 

  私の提案は根拠も無いし、実際に実行するのは月舘先輩だ。その本人が無理だと拒否した。

 それでも可能性があるならば私はそれに賭けてみたい。

 私の強引な説得も最後には折れてくれた月舘先輩は呆れながらも笑みを浮かべると

瞳を閉じて集中した。


『彼の物に宿りし魔力マナよ、集約した力を乖離させ、我の糧となれ』

  詠唱が終わると宙を彷徨っていた赤い光が先輩の元へと集まり出す。

 掌から魔力マナが沁み込んでいくのを感じたのか今度は先輩の身体が白く光り始める。

 魔力マナの放出も始めたのだろう、先輩の周囲は緑の精霊が増えていく。

  障壁の隙間から零れ出していた赤い光は着実に先輩の手元に吸い込まれていく。

 無理だと言い切った月舘先輩が見事に魔力マナの吸収と放出を両立させている。本当に凄い人だ。


  しかし先輩の様子は1分も経たずに急変する。

 魔力マナの許容量を超えているのか、膨大な魔力マナに伴い先輩の身体も強い光に飲まれていくみたいに見えた。吸収する魔力マナの量に放出が追い付いていないのか。

 立ち眩みを起こした先輩の身体を慌てて支えると尋常ではない熱を帯びていた。

  やはり先輩一人では限界があるのだ。けれど砲撃の終わりはまだ見えない。

 これ以上先輩に無理をさせるわけにもいかない。

「もう充分です」と止めてもらうよう口を開きかけた。

「まだやれる…信じているんだろ?」

 私の行動などお見通しなのだろう。遮るかのように月舘先輩は苦しそうだがはっきりと告げた。

「はい、信じています!」

  もう迷わない。大丈夫だ。

 月舘先輩なら、ここに居る皆さんなら絶対に魔導砲を防ぎきれる!

 何もできない自分が歯がゆい、先輩を支える腕に力を籠める。


  前を見据えていると見覚えのある魔石が足元に転がって来る。

 拾い上げてすぐにお母さんの使っていた魔石だと気づく。

 すぐに真後ろに居るはずの母を見ると白衣の男性の腕の中で意識を失っていた。

 お母さんのことだ、無茶をして魔法を使ったに違いない。 

  手の中に納まる魔石はまだ強い輝きを灯している。

 私は人間だから魔法が使えない。けれど魔石が埋め込まれているお母さんは使える―――私の肉体にも魔石が適合してくれれば。

  迷う暇は無い、私は魔石を一飲みした。

 すると内側から全身を突き刺すような痛みが走る。

 呼吸は苦しくなり、身体中が燃えるように熱くなる。

 人間の血は魔力マナを受け入れず拒絶する。その意味を真に体感した。

  けれど苦しさに屈してなどいられない。

 魔力マナを受け入れろ、そして私の力になれ!

 

  やがて私の身体も淡く光り始める。

 魔法の使い方なんて分からない。それでも私も赤い魔力マナを集めるんだ。

 夢中で片手を伸ばすと私の掌にも赤い光が吸い込まれていく。

 身体の熱がさらに高くなったが多くの魔力マナを感じることも出来る。

 大丈夫、私にもできる!

  赤い粒子のこちらに集まる量が増え魔力マナの吸収が反射壁の向こう側、砲撃自体へと移っていく。

 押し寄せる光の粒子がまるで津波の様に襲い掛かって来たのかと錯覚してしまう。

  ところが大半の赤の魔力マナが向かう先は私達の両脇だった。

 後方で疲れ切っていたエルフ達が奮い立ち、共に魔力マナ吸収の魔法を詠唱してくれていたのだ。



  着実に魔導砲の光は弱まってきている。このまま行けば砲撃を消失させられる。

 祈る気持ちで赤い光線を見つめるが、反射と吸収を終えるよりも先に反射壁の亀裂が深くなり限界を迎える。

  とうとう反射障壁が悲鳴を上げて破裂した。

 大音量の破壊音が全身を揺さぶり、爆撃に飲まれたような衝撃と強烈な明るさに

目を開けていられない。

 突風で身体が吹き飛ばされるが想像していた強烈な痛みがない。

 魔導砲の破壊力は恐ろしく、苦痛すら与えずに全てを無へと還してしまったのか―――。


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