救いたい人ー1
飛空艇アレスに乗り込んでいる乗員達の指令を尚哉に託し、彼らには戦場を強行突破しカルツソッドに捕まっているエルフ達の救出の手助けを行うよう頼んだ。
恐らくアルセア軍はまだどの部隊もカルツソッド本土へは辿り着けていない筈。
仮に辿り着こうが、エルフ達の救出を優先するとは限らない。
俺の我儘で集まってくれた皆は誰もが優秀で信頼に足る人物ばかりだ。
俺一人が居なくても自身の判断で行動し、務めを果たせる。
皆が協力してくれた本来の目的は国防軍最高司令官である鳥羽悠一にこれ以上、好き勝手させないことだ。国を、自分の守りたい者の為に仲間が動いてくれている。
けれど最終目的の達成は家族である俺自身がすべきだと思っている。
何故ならば、もう捕らえるだけでは彼の野望は止まれない。
命を絶つ事でしか彼の心は救われない。そう判断したからである。
単身で彼の元へ向かおうとする俺に反対する者も居たが最終的に全員が納得してくれた。
そして今、戦地でも指令室でもない。首都エアセリタ国防軍本部の航空機発着所に俺は居る。
タワーの上部にある発着所兼格納庫は静まり返り、朝の澄んだ空気が流れ込む。
戦争中に最高司令官がたった一人で何をしているのか。
ここにはもう最低限の軍人と数台のW3Aしか残されていない。
「戦う部下達を置いて何処に行くのですか」
「…悠真か」
俺の姿も見ずに朝日を眺めながら落ち着いた様子で彼は呟いた。
「軍のトップであるあなたが戦局を見守る事もなければ戦地にも赴かず、一体どちらへ向かわれるようとしている」
「そうだな…ここではない、どこか遠くだよ」
「ふざけないでください!あなたはどれだけの犠牲を出したか分かっているんですか!?」
アルセアもカルツソッドも多くの負傷者が出ている。
こんな無益な戦いを止めるには軍の頭、最高司令官であるこの男の言葉が必要だというのに。
自ら戦争を誘発させ出撃命令を出した途端、現場から離れるなど許されてなるものか。
「お前の目も妻に似て汚れていない、恐れずに間違いを正そうとする目だ。…もう無駄な足掻きは止めろ。間違いは正せなどしない、人間は何度でも間違うからだ。そしてやり直せると思い上がっている。そんな事など無い。間違いは全て取り戻せず、常に蓄積されていく」
昔の父さんも母さんと同じ目をしていた。
どんな困難にも飲み込まれず、強く、希望を秘めた目。
けれど、今の彼の目はまるで輝きがない。
全てを拒絶する、深い奥底で絶望している。
「カルツソッドはこの世界の未来の姿だ。いつか自然を食い物にしている人間は滅ぶ定めにある。今はたまたまカルツソッドとアルセアが争ってはいるが、やがて他国でも戦争は起こる。きっかけなんか簡単だ。人は奪われたら奪い返したい。優れた物があればそれを欲す。怒りや恨みほど湧きあがらせるのが容易なものはない」
淡々と告げているが確固たる意志は揺らがないのだろう。
けれどそれはこちらも同じだ。彼の極論を否定する為にここまで来たのだから。
「それはあなたも同じだ。憎しみだけで動いている」
「ああ、私はそれ無しではもう生きていられない…だから一度リセットするしかないんだ。人間を、この世界を」
「何を言って…」
この人がアルセアという国を私欲で利用していることは理解していた。
戦争を起こし、アルセアを戦わせ、他国を滅ぼそうとしている目論見も。
結果、自国が犠牲になろうと問題ないという考えまで突き止めたからこそ、俺は信頼できる仲間を集め、国に反逆する選択をした。
だが何故、彼が世界を滅ぼそうとするまで憎んでいるかの真意を知る前にカルツソッドとの戦争の時を迎えてしまった。きっと和解の糸口はそこにあるはずだった。
彼は"仲間"というものを持たなかった。
彼は人全てに絶望している。息子である俺にすらだ。
強い憎しみを持ち、大規模な企てをしておきながら彼はずっと一人だった。
破壊する事に救いを見出したのかと思っていた。
けれど、彼の真の目的は俺の想像を超えていた。
「人を全て排除する。そして世界を優れた種のみが生きる地へ生まれ変わらせる」
この人は正気か。国だけではなく世界を変えると言っている。
今を生きる人を排除して新たな世界などあってたまるか。
「あなたのそんな身勝手な思想を認めるとでも思いますか」
「認める必要などない。いずれ自ずと気づくのだから人は害悪でしかないと」
こんな常軌を逸した話を彼はさも絶対の正義だと言わんばかりの言い方をする。
どこからそんな自信が湧く。どうしてそう思える。
「有翼人はお伽噺です。実在していたとしてもそれは創世の話。現世ではどこにも存在しない!」
恐らく優れた種とは有翼人の事に違いない。彼が秘密裏に研究を続けさせた有翼人計画から答えを導き出せる。
「居なければ創るまでだ」
「工藤博士の研究が上手く行くとでも?」
「彼はよくやってくれたよ、人工にしては出来がいい。しかし完璧とは言えない。彼が駄目でも他がある……さて、お喋りはこのくらいでいいだろうか」
「行かせるわけないでしょう」
俺は実の父親に銃口を向ける。国防軍最高司令官に銃を向けるなんて誰かに見られれば明確な反逆罪だ。
だけどそんな事はもう関係ない。
俺は息子として、一人の国民として彼の野望を止めなくてはならない。
「残念だ。お前は外見も能力も私に随分似た。私の思想にも理解を示してくれると思ったのだけどな」
「俺はあなたのコピーじゃない。いくら親子でも同じ思想に成る筈がないでしょう」
「私の教育は上手くないということだろうな」
教育を調教と勘違いしているのではなかろうか。
彼は余裕を見せつつもゆっくりと銃を取り出し俺に銃口を向けた。
このタイミングで撃てなかったのは俺の甘さなのかもしれない。
僅かでもこの男の父親としての顔が過り、撃つことを躊躇ってしまった。
昔は素直に父を慕っていた。
誰にでも等しく心優しく勤勉で、才能に溢れた人。
自身の能力を遺憾無く発揮し、若くしてアルセア国のトップに立つ。
貴族や貧民、人間やエルフ。出自や種族、国籍に拘らず能力主義を主張し、貴族が牛耳っていた国防軍を解体。
新たに軍を再編し、法整備をはじめ病院や警察を国営にし国民が等しく守られる制度の確立。
技術開発を軍をあげて率先して取り組み4ヵ国で最も秀でた機械技術を有した。
アルセア国を改革した男。鳥羽悠一。国の急成長の象徴だ。
父の実績は英雄譚のようにすら聞こえ、息子として誇りでもあった。
そんな父の人格が明確に変わってしまったのは母が亡くなってからだ。
俺が10歳の時、近年で最も大型の台風がアルセア国を襲った日の事だった。
多くの地域が土砂崩れや倒壊などの甚大な被害に見舞われた。
台風は強力なうえに動きが遅く、強い風の中ではW3Aも飛行が不可能で各地での軍の救助が遅れた。
辺境の地ほど救助は困難で、山奥にある一つの村が半壊にまで追い込まれた。
軍人であった母は台風が去るまで近づくのが危険とされていたその村へと自ら足を運んだ。最高司令官の妻だからと周囲は身を案じ止めたが、正義感の強い母は率先して向かった。
母に連れだって僅かな軍人数名が危険を顧みずに救助に当たった。
ところが村人達からの反応は痛烈だった。
「軍の対応が遅すぎる。もっと早くに来てくれれば救われた命がいくつもあった」
「こんな小さな村よりも都市を優先したのだろ!」
「何のための軍だ」
「国民の生活を守り豊かにする?これがその結果か」
生き残った村人達の怒りや不満は全て救助に当たった少ない軍人達に向けられた。
それでも母達は彼らを責めたりはせずに謝罪したという。
しかしその態度が村人達の神経を逆撫でし、とうとう暴行にまで発展した。
母は抵抗をせずに受けていると一人の男に川へと突き落とされてしまった。
濁流に飲まれた母は山の下まで流された。
下流で救助活動を行っていた軍人に助けられ病院へと運び込まれたが生死を彷徨った。
父は最高司令官として多くの対応に追われ、母の容態を知ったのは台風が過ぎ去ってからだった。
母は奇跡的に一命を取り留めたが入院生活を余儀なくされた。
満足に身体を動かせない母は父と俺に何度も言った。
「あの人を責めてはいけない。多くの大切なものを失い彼も苦しんでいる」と。
俺は男を許せはしなかったが、母の言う事を素直に受け入れた。
けれど父はその時から少しずつ壊れ始めてしまったのかもしれない。
台風が過ぎ去ってから一月が経ち、やがて母は歩けるまでに回復した。
そこに母を突き落とした男が母との面会を望んで首都まではるばるやって来た。
母は二つ返事で面会を了承した。誰もが思った、きっと謝罪だろうと。
ところがそれは楽観的な考えに過ぎなかった。
あろうことか男は母に罪悪感を持つどころか憎悪を募らせていたのだ。
二人きりで会わせるべきではなかった。男は母の胸を刃物で突き刺した。
台風のせいで穏やかな生活を送っていた男の人生は一変した。
家族も住家も家業も失い、居場所が無いのだと。
それなのに母が幸せそうに暮らしているのが許せなかった。
彼はそう言っていたが、ただの逆恨みに俺は同情などできなかった。
急所を突かれた母は即死だった。
母は男に対して一度も責めも怒りもしなかったのに殺された。
男は殺人の罪で無期懲役となった。
死刑がないアルセアにとっては一番重い刑ではあるが、到底納得は出来なかった。
戦争が起こらなくなり、何よりも人命を重んじる現代の法を悪いとは思わない。
しかしそれが罪人にも平等に与えられるのは疑問に思えた。
けれど母なら笑ってこう言うだろう。
「間違いに気づけばその時からやり直せる。人はそうやって成長していく」
母は決して怒らない。どんな理不尽も受け入れて痛みに寄り添おうとする。
俺はそんな母を子供ながらに尊敬していた。
だからこそ男に復讐しようとまでは思わなかったのかもしれない。
しかし父は違った。復讐以上の感情に支配されていた。
表面上は変化を見せなかった父だが、確実に変貌していた。
普段から見せていた穏やかな笑顔は仮面になり、奥底に闇を抱えている。
全貌までは把握できなかったが、父を恐ろしいと思ったのもこの時からだ。
父の憎悪と悲しみは癒えるどころか膨らみ続けているのだと。
俺は今まで父の暴走を知りつつも止められずにいた。
だけど見て見ぬふりは駄目だ。この人はもう違う。
母と俺を、国民を愛してくれていた優しい父ではない。
人間に対しての復讐や嫌悪だけで生きている。
せめて俺が苦しみから解き放ってやらなければ。
「お前には撃てない。人を殺めたことが無いお前にはな」
「撃ってみせるさ…父さんをここで止める!」
「そうか…悪いがもうお終いだよ」
父は躊躇いなく俺の腕を撃ち抜いた。激痛で手元が上手く定まらない。
だけど、母さんの苦しみに比べればこんなもの大したことではない。
痛みを堪えつつ片手で銃を撃ち放つと銃弾は彼の肩に当たった。
けれど銃弾は撃ち抜くことが出来ず、跳ね返された。
間違いなく当たり金属音がしたのに傷ひとつ付いていない。
すると突如彼の背中から光の翼が生えた。
「それは…!?」
「悠真、常に予想を越える想定ができなければ私は止められない」
光の翼は大量の粒子から出来ている、魔力を使っているのか。
まさかNWA以上の研究が成功されているとでもいうのか。
「私に構っている余裕はないだろ?そろそろカルツソッドは魔導砲の射撃準備が整う頃だ。止められなければ今度こそアルセアは滅ぶぞ」
「待て!」
彼はそう言い残すと俺の制止の言葉など耳も傾けず、光の翼を羽ばたかせ朝焼けの空へと飛んで行ってしまう。
追わなければ。そう思うのに予想以上の流血に意識が遠のいていく。
立つ事もままならなくなりその場に倒れ込んでしまう。
くそっ!動け!
どんなに自分へ悪態を吐こうが身体は動いてくれない。
血の生温かさが身体を伝う。
俺は這いつくばってでも彼を止めなくてはならないのに。
薄れていく意識の中で友人や大切な仲間達の顔が過る。
有翼人計画などという愚かな枷から皆を解放する、その為だけに俺は―――。
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