手放した過去ー3

  最新鋭の施設と謳うだけあって建物自体は綺麗で校舎のように大きく、佳祐の見慣れない機材も多く配置されていた。

 軍人と学生の両方が利用する施設で、今もプログラムの開発や薬の研究が行われている。

 1階は市販化され国民に浸透している中での最新機種の電化製品が多くディスプレイされており佳祐は物珍しさについ見入ってしまうが、美奈子は受付の女性と軽い会釈を済ますとさっさと先へ進んでしまう。

  奥まで進むと美奈子はカードキーを使ってエレベーターを起動させた。

 10階建ての建物の何階に行くのだろうか。と上に行くことばかり考えていたが、乗り込んだエレベーターは地下へと降り始めた。

 エレベーターには窓の類は付いておらず外の様子は窺えなかった。

「私が居るからすんなり入れちゃったけど、本来地下は限られた人しか入れない機密中の機密の場所なの」 

  美奈子と初対面の時も思ったがやはり胡散臭い人だと佳祐は改めて信用しきってはいけないと気を引き締める。

 

  どのくらい地下に潜ったか分からないが、階数はB25 最深階と表示されていた。

 エレベーターを降りると控えめな灯りの電灯が光を点すだけの殺風景な廊下が一直線に伸びていた。

  美奈子のヒール音だけがカツカツと響きそれに付いて行くと大きなガラス張りの窓が左右に広がっていた。

  片方にはW3Aに似た機体が置かれた広めの空間に、奥にモニタリングをする様な部屋があった。

  もう片方には、奥に多くの線が配線されたカプセル型のベッド以外に何もない真っ白な空間が広がっていた。

 ベッドの傍らに女性が一人、もうひとつだけ存在した家具の椅子に腰かけていた。

 女性はぼんやりと宙を見つめていた。体型が痩せ細っていたが、瞳や髪の色が彼女に似ている。

  こちらに気付いた女性は立ち上がり、ゆっくりと佳祐達の目の前にやってきた。

 ガラス窓に両手を付き、こちらを見て首を傾げている。

 まるで見学してくる人間を珍しがっている動物みたいだ。   

「彼女が天沢旭さん。千沙ちゃんの母親よ」

  千沙が探し求めていた母親。

 あまり歳を感じさせない容貌に疑いたくなったが、美奈子が嘘をついてるようにも見えない。

 一言も言葉を発さず、じっとこちらを見つめている旭を不思議に思ったその時だった。

「あーあー」

  旭は抑揚の無い声を出した。

 声に感情は感じられず、こちらに話しかけているというよりは独り言に近い。

  大きな反応を見せない佳祐達に興味をなくしたのか、旭はその場に座り込みまた宙を見上げた。

「…言葉を、話せないんですか…?」

「ええ。今の旭さんには感情もない。あるのは寝る、食べるの生物的欲求だけよ」

  佳祐は言葉を失い愕然とした。

  旭が娘の千沙に会えないのは美奈子達の研究のせいで、ただ軟禁されているから。

 それに加えて美奈子の口ぶりから旭自身にも異常があるのだろうと嫌な予想もある程度はしていた。

 けれどそれは怪我や病気など健康状態に関するものだった。

  予想もしなかった旭の姿に佳祐は現実から目を背けたくなる。

「話しかければ反応はするけど、理解しているかも分からない。見ての通り会話にもならない。食事や着替えも誰かの手助けがなければまともに行えないわ」

  もし、こんな状態の母親と対面していたら千沙はどんな気持ちだっただろう。

 18歳の佳祐ですらこの衝撃を未だに飲み込めきれずにいる。

  あの頃の千沙はまだ11歳。

 混乱、怒り、憎悪、悲しみ、絶望。色々と感じたことがあったはずだ。

 きっと今の佳祐と同じように頭が真っ白になっただろう。


「W3Aの進化形態として着手されていた次号機W3A2。それは操縦者が肉体を動かさずに脳からの信号伝達のみで動く有人機械。工藤の無理な負荷実験により被験者であった旭さんの脳に負荷を掛け過ぎた結果、脳神経は狂い記憶喪失の状態になってしまった。それでもその時は人としてはまだ正常だった」

  現実が受け入れ切れない頭に更なる推測が浮かび、気づかぬふりをしたかった。

 それでも確かめずにいられぬ佳祐の本能が乾いた口で言葉を紡ぎ出す。

「旭さんの胸元に埋め込まれている石。あれは魔石ですね」

「そうよ」

  旭の鎖骨の真下に埋め込まれた蒼い石が淡く輝いている。

 自ら輝き、魔力を蓄えている石。それは本来魔力マナの無い人間は持ち合わせていない代物だ。

「魔石は魔力マナのない人間には扱えません。それを耐性の無い人間に埋め込むなんてどうなるか…」

 佳祐はそれ以上の言葉を恐ろしくて声に出来なかった。

「私が千沙ちゃんを見つけ出して研究施設を離れている間に、工藤は魔力マナの実験を旭さんに行った。改良を重ねた機体"WA"と旭さん自身に魔石を埋め込む。当然魔力マナに耐性のない人間の肉体は魔石を拒んだ。魔石を使用すれば操縦者が危険に陥るのは充分予想されていたから成功確率をもっと上げるまで先送りにしていた筈なのに。あろうことか成果を急いだ工藤は実験を強行した。そして魔石は人間としての知能も記憶も心も奪い、旭さんを旭さんでなくしてしまった。施設に千沙ちゃんを連れてきた私は二人を再会させるか迷い、会わせない選択をした」

「…研究の成果がこれだって言うんですか…おかしい、国の為に一人の幸せを、人生を狂わすなんて間違ってる」

  これではまるで旭は意志を持たない機械だ。

 国の為だろうと誰かの幸せを犠牲に平和を得るなんて、あってはならない。

 佳祐はこんなに怒りの感情が高ぶったことはなかった。

「本当にその通りね。こんなの、間違ってるわ」

  今まで事実を単調に語っていた美奈子が初めて感情を露わにした。

 拳を力強く握り震わせるそれは憤りだった。

  旭をこんな目に合わせたのは美奈子達である。

 その憤りは研究の失敗からくるものなのか、はたまた研究自体を悔いているのか。

 佳祐に判別はつけられなかった。


「それから千沙ちゃんには母親は重病で寝込んでいると嘘をついて開発に協力をしてもらい、次第に研究はW3Aの機能に魔石の運用を加えた"WingAngel"が主体になった。水面下で続いていた研究、それが"有翼人"」

  "有翼人"。それは遥か古代、人間やエルフが生まれるよりも昔。

 この大地に生存していたとされる鳥のような翼を背に生やし、空を自由に飛び回った人種。

 しかし、それはお伽話や伝説の類で話される架空の生き物で実在してはいない。

「"有翼人"は実在していた。そんな情報を工藤はどこからか入手し、調べていた。そして"有翼人"は翼だけではなく強力な魔力マナも持ち合わせ魔法で大地を豊かにしていた伝承に辿り着いた」 

「まさか――」    

  美奈子の説明でピースがはまり想像のついた佳祐は突飛な結論で言葉にできなかった。

「そう、工藤や最高司令官達の計画の最終目的は"有翼人"を創り出すことよ」

  美奈子はガラス窓の向こうに居る旭を見つめ、声を震わせた。

 きっと彼女自身も様々な事を悔いているのだ。佳祐は美奈子を根からの悪人ではないのだと思えた。

  けれどそれを許してしまえるかと言えば違う。

 美奈子を許してしまえば、計画を肯定したことになってしまう。

  馬鹿げている。伝説上の生き物を創り出すなんて。

 それも生きた人間を使った人体実験などありえない。

  工藤という人物の異常な発想、それを実行に移す狂気染みた行動力。

 常人でないのは確かだ。


「今じゃW3Aは世界中に知られる有名な機体となった。けれどその開発者は公表されず、軍上層部では指名手配になっている。そんな機体の次作機を作るにあたり、計画は内密に進められた。W3Aはたった一人の科学者が完成させた物で、最初は誰も仕組みを全て理解できなかったうえに設計図やデータはほぼ残されていなかった。W3Aの科学者は次作機の開発も始めていたようだけど、その試作機は誰にも動かせなかった。科学者は工藤の"有翼人"の研究に気付き自らの開発を中止し、開発に関わるデータを全て消去、W3Aから開発に協力してくれた操縦者と共に研究施設を抜け出していたの。それでも問題は無いとW3A2の試作機を引き継いで工藤は開発を続けようとした。しかしW3A2の試作機には操縦者の血で起動に鍵をかけていた。起動できるのはただ一人、それが天沢旭さんだった」

  旭はアルセアの山奥で身を隠す生活を送っていた。

 やがて身を隠すことに限界を感じ、幼い千沙を残して研究施設に戻った。

 佳祐は旭の心情を思うと胸が締め付けられるように痛かった。

「旭さんが戻ってきてからは行き詰っていた開発は進み、失敗があったものの千沙ちゃんが来てくれたおかげで開発は止まりはしなかった。工藤は機密に行われているのをいいことに非人道的な手法で研究や実験を重ねていった。この地下研究施設は工藤の城、W3Aの次作機は工藤の欲望が詰まった玩具になってしまっていた。"有翼人"への一歩として旭さんに魔石を埋め込み、魔力マナを体内に取り込もうとしたが、上手くはいかなくて――旭さんは心も感情も失くしてしまった」

  瞳を閉じた美奈子は自分を責め懺悔でもするかのように両手を組んだ。

 深呼吸をし再び開いた瞳は遠くを見つめる。


「W3Aは人の生活に役立つ為に生まれた機械。その次作機は身体の不自由な人が自由に動き回れる、100%脳波のみで筋力への負担も極力軽減して使えるようにと開発が始まった。優しい願いから産まれた物なのに、私はそんな開発だからこそ力を尽くしたかった」        

  美奈子は誰に話しかけるでもなく、自分に問いかけるよう呟いた。

 国の未来を支える研究。そんな理由で引き裂かれた親子。

  今まで研究の概要を佳祐は知らないままだった。

 今日は彼の知らない真実を教えて貰う為にここまでやってきた。

 楽しい思いをするなど微塵も考えてはいなかったが、想像を超える悲惨さで虚しさや怒りで気が狂いそうだった。

  母親が機能しなくなったから今度は子供。

 だからあの日、千沙は連れて行かれた。

「まさか千沙まで…!?」

  千沙は母親との再会を期待して美奈子に付いて行った。

 挙句の果てに自分まで同じ実験をさせられていたのだとしたら。

 意地でもあの日、千沙を止めるべきだったと佳祐は後悔する。

「同じ失敗を繰り返さないよう気を付けているし、千沙ちゃんには"有翼人"の研究は一切関わらせていない。彼女はあくまでWAの機能向上の実験をしているだけで、魔力マナには触れさせていない。千沙ちゃんは元気よ。それに旭さんが正常に戻るよう治療も続けているわ」

  千沙が元気だと言う情報に一先ず安堵するが、その言葉を鵜呑みするわけにはいかなかった。

 予め美奈子は佳祐に言ったのだ。「感動の再会にはならない」と。


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