癒えない傷ー4
遺跡での一件から程なく日も暮れ今日の調査はお開きとなり、夕食を食べた後は各々自由となった。
部屋に一人で居るのも落ち着かなくて外へ出てみる。里から外に出なければ問題はない。
ティオールの里は静かで夜になると出歩く人も居ないようで誰ともすれ違わない。
改めて里を見回すと不思議と懐かしい気がした。
木々の匂いや遠くに聞こえる生き物の声を私は知っている。人工物の少ない緑豊かな空気。
どこかで似た風景を感じたことがあるのだ。
でも一体どこで?いつ?―――それがまるで覚えていない。
自分でも理解できないけれど、こんな感覚がたまにある。
知っている気がするけど何故そんな気がするかが分からない。
深く考えると頭が痛くなる。それ以上思い出そうとするのを阻止でもするかのように。
私は過去の記憶が曖昧だ。
幼い頃の記憶なんて皆そうなる、なんて言いくるめられてしまうのだけど違う。
私の幼い頃の明確な記憶は"人から聞いたもの"で構成されている。
自分が体感した感想やその時芽生えた感情が確かにある筈なのに、断片的で。
映像がほんのり残っていても、欠片のように細かくて繋がらない。不明瞭な記憶。
果たして記憶と呼べる物なのかも保証できない。
今まであまり気にならなかったけれど、アルフィード学園に通うようになり沢山の人と関わる様になって、自分の記憶が異常なくらいに曖昧すぎると感じ始めた。
だって、家族のことを一切覚えていない人なんて私以外誰も居なかったから。
知りたい。私は私を知りたい。どうしたらいいか分からない。
ここ最近何度も繰り返す答えに辿りつけない問いを自分に問いかけていると、アルトーナさんの家に戻ってきていた。
ちょうどいいと気晴らしの散歩を終えようと思ったのだけど、家の裏側にある森へと進む人影が見えた。
気に掛かりその人影の後をこっそり追う。
進む先には特に建物はなかった気がするのだけど、どこに向かっているのだろう。
その人はアルトーナさんの家が見えなくなる辺りまで進むとこちらを振り返った。
「何か用か、天沢」
「き、気づいてたんですね。ごめんなさい、こそこそ着いてきちゃって。月舘先輩どこ行くのかなと思いまして。この先は森しかないですよね?」
「ああ。俺の用事はここで済む」
「ここで?」
今立ち止まっている場所は何の変哲もない森の中。
これといって何かがあるわけではない。一体何をするつもりなのだろうか。
先輩は躊躇いがちに視線を私から逸らした。
人との交流経験が少ない私でもこの感覚は分かった。見られたくないんだ。
「私邪魔ですよね、先に戻ってますね」
「……いや、居ても構わないが…あまり人に見られたことはないから…」
いつも落ち着いているがはっきりと話す先輩が口ごもるのは珍しい。
そんな先輩が何をするのか少し興味はあるが嫌がることはしたくない。
立ち去ろうと思った矢先に先輩は瞳を閉じて深呼吸をひとつする。
集中しているのか先輩は瞳を閉じたまま、両の掌を上に向け手前に差し出し何かを解放しているように息を静かに吐き出していた。すると先輩自身が淡く光り出した。
次第に光は強くなり、先輩の周囲には精霊が集まり出した。
光は先輩の姿が見えなくなるほどの眩い輝きを放つと今度は緩やかに消えて行った。
先輩が放った光が消えても精霊達は先輩の周囲をふわふわと飛んでいた。
瞳をゆっくりと開けた先輩と目が合うと先輩はそっぽを向いた。
「神秘的で綺麗でしたよ!」
やっぱり見られたくなかったのかな、怒ってるかな。
必死にフォローするも先輩は視線を合わせてはくれなかった。
「ち、ちなみに何をされてたんですか?」
「――
「
「エルフなら誰でもある。
エルフと魔法の関係は難しい。まだまだ私の知らないことだらけだ。
それにしてもやっぱり先輩もこの里と同じだ。
知っている。私は先輩と学園で会う前にどこかで会ったことがある、気がする。
「…今度は何だ」
じっと見られていたのが気になったのかようやく視線を合わせてくれる。
「月舘先輩の眼鏡姿は新鮮ですね」
「ああ…俺は視力の為に眼鏡やコンタクトを使っているわけじゃないからな」
眼鏡の隙間から見える先輩の眼はエルフと同じ澄んだ翠の色をしていた。
普段の先輩の瞳の色は茶色だが、それはカラーコンタクトだったのか。
眼鏡のレンズ越しだとくすんだ緑色に見えた。
もはや隠す必要はないと思ったのか正直に話してくれる。
月舘先輩の眼鏡を掛けた姿は初めて見た、筈なのに懐かしさを感じた。
「眼鏡はそんなに変か?」
ずっと私が見つめていたので先輩も堪えたのか、また視線を逸らされてしまった。
「いえ!変と言うわけじゃなくて!…その、懐かしい感じがして。変ですね、私先輩の眼鏡姿なんて初めて見るのに」
冗談っぽく笑い飛ばして流そうとしたのに、先輩は「そうか」と寂しそうに笑った。
先輩も私のことを知っている。学園で会うよりも過去の私を。
彼に尋ねれば私を知れるだろうか。私の知らない本当の天沢千沙を。
「天沢」
「っ…はい!」
私の過去を聞き出そうと声が喉まで出かかったていたので変な返事をしてしまう。
「…"どんな人種だろうと関係ない"そう言ってくれたのが嬉しかった。ありがとう」
先輩の笑顔を目にする機会はあまりない。そんな数少ない先輩の笑顔はどうして綺麗で儚いのだろう。
私は先輩の心から嬉しそうな笑顔をいつか見てみたいと思った。
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