癒えない傷ー2

  俺達の本来の目的であり任務内容は、ティオールの里近辺の安全調査だ。

 族長の屋敷を後にし、早速里の周囲を見回るが、ただでさえ人工物が少なく緑豊かな場所だ。

 危険はおろか荒れた場所はなく、兎、栗鼠、鳥の小動物は見かけたが獰猛な動物が居るわけでもない。

 そもそも安全調査など必要があったのだろうかと疑問さえ感じる。

  安全調査の任務は首都から離れた町や人口が少ない村へ軍がよく行う任務の定番ではある。

 その地を治める長からの報告でも勿論充分なのだが、実際に眼や肌で体感した生の情報や住人とのコミュニケーション、そこから生まれる要望や不満を任務に当たった者が解決してくるのが大きな目的だ。

  ところがティオールの里の場合、俺らが解決できる要望や不満はなく、あえて要望を聞こうものなら即刻里を去って欲しいと言われるのが明白だ。

  ディリータ達のように過激な行動に移すには至らずとも、人間を快く思わないエルフは多い。

 人間を排除しようと思わずとも一切の交流を持ちたくないと考える者がティオールの里では半分を占める。

  仕方なく大きな目的の前者、生の情報を少しでも集めているわけだが、自然環境における問題はないに等しい。

 機械や技術に頼った生活を送っている俺達からすれば不便なことだらけではあるが、これがティオールの民の生き方なのであれば俺達がどうこう言うものでもない。


  里の周囲を探索し、やがて里から少し奥地に進んだ先に石で作られた洞窟の入り口が見えてくる。  

 里で見かけた木造の人工物とは異質で遥か昔からそこに存在した思わせる、まるで遺跡のようだ。

  入口の手前に辿り着くと、洞窟の先は石造りの階段が地下へと続いているようだが、薄暗く奥までは見えなかった。

 今までゆっくりではあったが歩みを止めなかった月舘先輩が初めて踏み止まる。

 珍しそうに辺りの模様が描かれた石柱や崩れた石版を見回す三人は純粋に初めて見る物に興味を惹かれているようだったが、月舘先輩だけは洞窟の先を見てどこか緊張しているような、恐れているようなそんな様子だった。

  普段からあまり感情が表に出ない人だ。

 実際どう思っているかまでは分からなかったが、先輩にしてはどこか落ち着きがないように感じた。

 当然この遺跡も調査する筈だ。次第に先輩の周りに全員が集まる。

「行こう」

 短く告げると先輩は歩き出し、俺達も同じように付いて行く。


  進むにつれて暗くなる道に最初は電灯なり灯りが必要かとも思ったが、外の明かりが見えなくなると、緑に発光する小さな球体がいくつも浮いていた。

 淡い光だが暗さに目も慣れていき、電灯を取り出さずとも進むのに支障はなかった。   

 瞳を開けた途端この場所だったとしたら、夜に蛍の群れがある所にでも連れて来られたのではないかと錯覚してしまいそうな程に、暗く静かで幻想的な道だった。

  一体この緑に光る球体は何なのだろうか。

 そんな疑問の答えを考えていたら、天沢は水を掬うように手中に降りてきた光を収めて「綺麗」と呟いた。

「その光は精霊だ。言い方を変えれば自然の力とも言えるが」   

  エルフの使う魔法は自然の力を借りて、その力を集約し発現させたものである。

 文献では自然の力を大量に持つ光を精霊として崇め、その力の量を魔力マナと表記したりもしている。     

  人間は自然や大気のエネルギーを駆使して魔法を使うという解釈をすることが多いが、エルフは精霊に力を借りて魔法を唱えているという認識だ。

 詠唱時に唱える詩は精霊との対話と自らの発現したい力のイメージを固める為にあるという。

  文献によれば精霊は世界中のどこにでも居り、エルフにはそれが当たり前に見え人間には視認できない筈なのだが、どうやらここに居る全員が光の球体、精霊が見えている。

魔力マナが濃い場所に精霊は多く集まる。そして魔力マナの強い精霊は人間にも見えるんだ。それだけここの精霊の魔力マナは強い」  

  そんな精霊は奥に進めば進むほど増えていく、この洞窟は何処に繋がっているのだろう。

 きっとその疑問も月舘先輩は知っているのだろうが、それにはまだ答えてくれそうになかった。


  体感の温度が少し下がったと感じた頃、ひたすら階段や一本道を歩き続けようやく開けた場所に出た。

  精霊の数は一際多く、光も強い。

 ここがそれだけ精霊の魔力マナが濃い空間だということが一目瞭然だった。

  奥には祭壇のような物があり、祭壇の頂上の四隅には大きな石柱が天井まで伸びていた。

 祭壇の奥には泉が広がっていて、その水上には大樹のように大きな水晶が生えていた。

 水晶には精霊がより多く集まっていた。強い魔力マナの源はあれだろう。

  祭壇頂上の中央に人影が見えた。

 美しい髪は地面に着きそうな位に長く、周囲を精霊達が飛び回っているからかより神秘的に見えた。


「去れ。ここは人間の立ち入りが許された場所ではない」

  俺達の気配に気づいているのだろうが背を向けたままその人は告げた。

 決して声を張り上げている訳ではないのに言葉は明瞭に鋭く刺さった。

「泉の魔力マナの調査は国からの任務です。保護下にある以上、調査に協力して頂きたい」

  ゆっくりと振り返えったのは透き通るような白い肌に特徴的な長い耳の女性エルフだ。

 細い切れ長の瞳は俺達を不快そうに見下ろしていた。

「ならぬ。この泉は代々ティオールが守り続ける神聖な精霊の棲家。人間風情が里に足を踏み入れることすら許しがたいというのに泉まで荒すと言うか」

「荒すのではありません。泉の水を少し持ち帰らせて頂ければそれ以上は何もしません」

「泉の成分を調べ、有用であれば利用したいと喚きだすのであろう?貴様らの思い通りになどさせるものか」

「誤解です」

「狭間の子よ。これ以上留まり続けると言うのであれば私は貴様達を生かしてはおけない」

  エルフの女性は月舘先輩の説明など聞く耳持たず畳み掛けるように切り返していく。

  "狭間の子"。その言葉が意味するもの、それは月舘先輩がリリアと共に魔法を唱えた昨晩から薄々気づいてはいた―――月舘先輩は純血の人間ではない。

 けれど現代の人間社会に純粋なエルフが普通に生活しているなど世界中探してもどこにもないだろう。

 となると残りはひとつ。人間とエルフの間に生まれた子。ハーフエルフだ。

  500年前の戦争のせいでエルフは皆散り散りになり、潜むように人里離れた場所で暮らしていた。

 そしてエルフ達の中に暗黙の了解が生まれる。醜い人間と決して結ばれてはならない。

 人間と恋に落ちた者は一族を追放され、二度と故郷の地を踏むことは許されない。

 子供が生まれようものなら忌み子として命を奪われてしまう。

  元々交流関係が最悪だった人間とエルフ。

 近年ようやく対話がなされ交流を持ち始めたが、このエルフの固い掟もあって人間とエルフが恋愛に発展するなど皆無だった。

  世界大戦中は奴隷として連れて行かれたエルフ達が子を産まされ、その子孫が現在も僅かだが生き残っているという話も聞いたことがある。

 それでも500年という月日で血は薄れ、もはや寿命は人間と大差なく、魔法を使える身体でもないらしい。

  しかし、月舘先輩は魔法を使えた。

 そうなると先輩は500年前の奴隷達の子孫ではないのだろう。


「哀れな子よ、人間としてしか生きれぬ半端な者。本来ならば貴様のようなエルフの恥。直ぐにでも息の根を止めたいところをこちらは堪えてやっておるのだ、早々に失せろ」

「俺は自分を哀れだとも恥だとも思ってはいません」

 散々な言われようをされても月舘先輩は動じず、堂々と受け答える。

「貴様はどちらにも成れぬ!エルフにも人間にもだ。汚れた者だと蔑まれるか、半端な力を持つが故に物として利用されるか。貴様に生きる価値などない」

「どうしてそんな酷いことを言うんですか!?」

  黙って聞いているのに耐えきれなかったのか、天沢が怒ったように叫んだ。

 普段温和な天沢が大きな声を出すのに少し驚いたが、彼女は人が嫌な思いをさせられていてじっとしていられるわけがなかった。

 自分がどんなに罵られようとも、傷つけられようとも構わないが、友達や仲間に危害を加える者は許せない。そういう奴だ。  

「お前らはこやつが人間でないと今初めて知ったのだろう?どうだ、騙された気分は。人間を騙り、人間と異なる時を生き、エルフでも生きれぬこの小僧がさぞ不気味だろう」

「関係ないです!例え人間であろうとエルフであろうと。月舘先輩は月舘先輩です。人種なんて情報のひとつでしかない。大切なのは月舘先輩がどう生きているかです。どんな人種であろうと月舘先輩に対する信頼は何も変わらない!」

  突如、目に見えぬ力で成す術も無く天沢が壁に打ち付けられる。

 痛みで天沢の表情は歪んでいたが、瞳は先程と変わらず真っ直ぐに女性を見据えていた。

 風祭先輩が急いで天沢に駆け寄る。

「同じ目だ――気に食わぬ。あの日、娘を惑わせた人間と同じ――」

 淡々と話していた女性だが苛立ちを隠せぬようで眉間は険しくなっている。

「異質な者を恐れ迫害する。弱者を作り出し己が優位であることに優越を覚え自我を保つ。異物を忌み嫌い、抹消する。それがお前達人間だ。私達エルフが受けた消えぬ憎しみだ!」

  これが俺達人間が歴史として残してしまった癒えも消えもしない深い傷だ。

 先祖が行った愚行とはいえ、現にこうして強い憎しみとして決定的な壁を作り上げ、存在し続ける。

「――たしかにそういう人間も居たかもしれません。人間は弱くて脆くて、強くあろうと間違った行いをしてしまうこともある。だけど、本当に今も昔と全く変わりませんか?過ちは二度と起こさぬよう努力できます。人は成長も出来ます。もう一度人間を、外の世界をあなたの眼で見てください。あなたは過去に囚われて、臆病になっているだけよ!」

  天沢は怯まずにエルフの女性へと訴えた。

  全ての人間が同じとは俺だって思わない。

 けれど、俺は…天沢の意見に心からは賛同できなかった。

 人間は今も昔も本質は変わらない。

 欲深い人間から受けた憎しみとは簡単に消えないものだから。


「黙れ!」

  目に見えぬ力が今度は天沢の首を締め上げる様に宙へ持ち上げた。

 女性は手を上へ突き上げ、空を握りつぶしていた。

  詩の詠唱は一切聞こえなかったが、これも魔法の一種なのだろうか。

 理屈は分からなかったが手の動きと目に見えぬ力が連動しているのは明らかだった。

 女性の攻撃を止めるべく、俺は走り出した。

「たった十数年しか生きておらぬお前に何が分かる!?500年前に受けた苦しみを、長き時を生きた私の苦しみが!」

「分からない…けど、分かりたいと、思います。お互い歩み寄ることは出来る…!」

  俺が女性の行為を阻止しようと階段に踏み出した時、天沢は解放され地面に落とされた。

 女性は手を下すと月舘先輩を睨み付けた。

「半端の貴様が強制解除の術が使えるとはな」

  どうやら女性の術を解いたのは月舘先輩のようだ。

 俺達が気づかぬうちに魔法を唱えていたのか。

 先輩の周りには多くの精霊達が応援するかのように寄り添っていた。

「ここが魔力マナに溢れた場所ということもありますが、おそらくこれのおかげです」

 そう言って月舘先輩は服の中から泉の水晶に似た石が付いた首飾りを出した。

「…それは…!」

「俺が母から譲り受けた物です。魔石にいざという時に助けになるよう魔力マナを込める。代々親から子へ受け継ぎ、まだ未熟な子供にお守りとして渡すのがエルフの風習だそうですね。俺には大した魔力マナを込めてあげることはできないですけど…」 

  真っ直ぐに首飾りを見た女性の頬には一筋の涙が静かに伝っていた。

 そんな女性の姿を見た月舘先輩は少し悲しげに俯き、意を決して女性を見上げた。

「母から…レイチェルからの伝言です。"私は後悔していません、とても幸せです"そう言っていました。…今日は失礼します。お騒がせしてしまってすみませんでした」

  深々と一礼すると天沢の元まで歩み寄り「すまない、大丈夫か?」と声を掛けていた。

 天沢は風祭先輩に起こしてもらいながらも「大丈夫です」と笑って見せた。

 

  月舘先輩の言葉通りこの場を去るべく歩き出す前にもう一度女性を見ると、宙を見上げて放心していた。

 どこか遠くを見つめ、まるで自分を問いただしているような、遠い過去と向き合っているかのような。

 最初は威圧的に見えた女性が、今や脆く儚い壊れ物のみたいに見えた。

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