一人じゃないー8

「さあ!宴の第二弾だ!アルフィード学園の皆、総合優勝おめでとう!!乾杯!!」

  マリクの音頭で飛空艇での宴が始まった。

 よくも他校の優勝でそこまで盛り上がれたものだ。

  早速バルドラの生徒は舞を披露したり楽器をかき鳴らしたり、皆飲み物を片手に浮かれている。

 バルドザックでは室内での宴は階級の高い者しか行わず、宴の主流は外だそうだ。

 大小関わらず嬉しいことがあれば町の中心で大きな焚火を囲み踊り歌い、飲み食いを楽しむ。

 まさに祭りごとをどの国よりも嗜んでいると言えるだろう。

  それでもこいつら公園でも散々騒いでいたのに、まだ盛り上がる元気があるのかと呆れを通り越して感心してしまう。

 俺はついてはいけないと思い、早々に隅に避難した。


  飛空艇はゆっくりとアルフィードの島を旋回している。

 まさかこんな形でバルドラの飛空艇に乗ることになるとは思わなかったが、飛空艇からの眺めは気持ち良い。

  W3Aだと頭や全身を機械で纏うので風は感じられない。直に当たる風は心地いい。

 フルフェイスヘルメットを着けずに飛ぶのも楽しいが、調子乗ってスピード出すと顔が痛くなる。

 また夜風もいいものだ。昼にはない静寂が落ち着く。

 今度、夜にW3Aで飛んでみたいな。


「あーやっぱりお前か」

  一人で避難したがすぐに予想通りの人物が同じ場所にやって来た。

 バルドラの生徒でもない俺達にお祭り騒ぎから離れる場所は限られている。

 それでも俺なりに誰も来ないだろうと少し離れた場所を選んだのだが、逃亡常習者は選択も似るようだ。

「悪い、邪魔だったか?」

「いや。騒ぐ元気がないだけで一人じゃないと嫌だってわけじゃないし」

  皆が居るデッキの反対側、飛空艇後部の狭い空間。

 特に照明があるわけではないが、前方が眩しいくらいに明るいし夜の暗さにもすっかり慣れた。

  俺の隣までやって来た佳祐はフェンスを背にして寄りかかり一息ついていた。

 周囲からの過度の期待に度重なる体調不良、そして佳祐が一番慣れないであろう表立った気遣い。

  佳祐は自身に向けられる感情に鈍感だが、人への配慮がよく出来た奴だ。

 けれどそれは目立つ優しさではなく、下手したら誰にも気づいてもらえないような言葉にしない裏方みたいな気配りだ。

 能力が高い奴はフォローも上手いのだろうか、誰かの見落としや不備は大体こいつが無言で埋めていく。

 そんな奴が一生懸命喋って、後輩にまで気を回した。

 今回の体育祭で一番の功績者であり疲れたのは佳祐だろう。


「お疲れ」

 だから俺は心からそう思った。

「ああ、お疲れ」

「佳祐がマリクの誘いを受けたのは少し意外だったよ」

「それは…あんな言われ方されたらな」

  今回のお疲れさま会の発起人はマリクだ。

 どこから聞きつけたのかは知らないが、また人に迷惑をかけたと落ち込み気にするであろう千沙ちゃんを元気づけようと動き出したそうだ。

 熱心に千沙ちゃんの友達と話し合っていたから恐らくその辺から入手したんだろうが。

  またメンバー集めの声掛けが「励まさないのは先輩としてどうなんだ」とか「後輩達が懸命に企画しているんだ協力してあげようではないか」と情に訴えかけるもの。

 はたまた参加者の名前を挙げて釣り上げる手段までとっていた。

  大勢の人が集まる場を極力避ける佳祐まで引っ張り出すのだ。

 マリクの勧誘は恐ろしい。

 それでも人選は彼なりに千沙ちゃんにゆかりがある生徒だけにしたようで、企画の意図に少なからず賛同した者しか参加していないだろう。

 佳祐は根が優しい奴だ、誰かの為と言われれば参加しない訳ないか。


「風祭こそ意外だ。お前は率先して楽しんでいると思った」

  ああ、そういや佳祐は俺がパーティー関連を離脱している姿を見ていないのか。

 しかしそんな純粋に不思議がられると困るな。

 普段作っている風祭家三男の顔は少しオーバーにやり過ぎなのだろうか。

「んーまあ俺も人間だからね。気分があるんだよ」

「…そうか」

「それよりこんな所で油売ってていいの?まだ千沙ちゃんと会話してないだろ」

  リレーレースのゴール時に千沙ちゃんはブレーキを掛けきれずに地面に衝突する事故をした。

 真っ先に飛び出して彼女を受け止め心配したのは佳祐だ。

 そこには彼が持っている元からの正義感とは違う必死さが窺えた。

「充分元気そうだから問題ないだろ」

「そうじゃないんだけど…」

「何か違うか?」

  本当に俺の言っている意味が通じてないんだな。

 むしろ違くないのかとこちらが聞き返してやりたい。

  佳祐には直球の言葉しか届かないだろうな。

 まったく、悠真をはじめ色男どもの考えることは分からない。

 この調子じゃ俺が気疲れしそうだ。

  いっそ意中の相手でも見つけてさっさと交際なり結婚なりしてくれ。

 …卒業するまでにそんなことにはならない気がするが。

 考えているこっちが馬鹿らしくなってきた。


「見ぃつぅけぇたあ!!」

  眼下に広がるお祭り騒ぎなアルフィードの灯りと星空の柔らかな光がなかなかに綺麗な夜景だと穏やかな時を満喫していたが、短く終わりを迎える。

 目の据わった奏が千沙ちゃんを引き連れてやって来た。

「奏、お前何杯飲んだ」

「二杯よ!私はもう20歳なんだもの、飲んだっていいでしょ」

  バルドザックの酒はアルコール度数が比較的高いと聞いたことがある。

 そこまで酒に強くない奏は即行で酔ったな。

「す、すみません。私が先輩方の居場所をお尋ねしたので…」

「謝る必要ないわ。すぐに席を外す二人が悪いのよ!どうしてすぐに居なくなるの?これはみんなで楽しむパーティーなんでしょ?ちゃんと参加しなさいよ!」

  奏は佳祐の眼前まで詰め寄り胸倉まで掴んでいた。

 おーおー。その積極性を普段出せ、普段。

  対して女の扱いが苦手な佳祐は押され気味だ。

 視線で横に居る俺に助けを求めてきているのがよく分かる。

「奏、落ち着け。俺達が悪かったって!」

「何で居なくなるのよ…そんなに私が嫌?」

  怒っていたかと思ったら今度は泣き出した。

 おいおい、俺だって酔っ払いの相手は御免だぞ。

「…嫌じゃない。急に居なくなって、悪かった」

「……そう。ならいいわ。話し終わったら戻って来てよ。待ってるから」

  佳祐の絞り出した言葉ひとつで奏は満足したのか大人しく戻って行った。

 それでいいのかよ。

  あいつの眼中には佳祐しかいなかったな。世話の焼けるお嬢様だ。

 俺達二人はそろってため息をついた。


「で、千沙ちゃんはどうした?まさか千沙ちゃんもご立腹?」

「ち、違いますよ!私はお二人にお礼を言いに来ただけです」

「律儀だねー。気にしなくていいのに」 

「いえ、お二人には特にお世話になったので、直接お伝えせねばと思いまして。リレーレースで私が事故した時に受け止めてくれたのは同じチームの先輩方三人だとお聞きしました。…本当にありがとうございました」

  正確には千沙ちゃんを受け止めた佳祐が吹っ飛びそうだったのを俺と龍一は抑えただけで、そのあと龍一は救護班への指示、俺はリンメイって子の安否確認をしてただけなんだけどね。

「チームなんだから当たり前だって。千沙ちゃんが元気で何よりだよ。な、佳祐」

「ああ。ただ無茶な飛行は控えろ。身体がいくつあっても足りない」

  佳祐は千沙ちゃんには背を向けてそう答えた。

 その態度は怒っているように見えるが、実際には怒っていないのが俺には分かる。

  この男は単に感情表現が下手なだけだ。

 優しさを上手く表せず、すぐに視線を逸らすのが良い証拠だ。

  千沙ちゃんの身体を心配して言っているのか、それとも助けてやる自分の身体が足りないのか。

 両方の意味に聞こえて、素直じゃないな。と思ったのだが、千沙ちゃんは真に受けて反省している。

「以後気を付けます…」


  佳祐は飛空艇の外を眺めつつ、隣に立つ俺にも何を言ったか理解できないほど小さい声で何か呟いた。

 その途端、俺達の周囲に小さな光の球体がいくつも現れる。

 まるで佳祐が呼び出したみたいなタイミングだ。

  雪みたいに小さく儚い。輝く光達は宙を浮遊していた。

 淡い緑の光は俺達を優しく照らし出す。

「…綺麗」

  千沙ちゃんは純粋に幻想的な風景に感動していた。

 その姿を見た佳祐は穏やかに笑っていた。こいつもそんな顔できるんだな。

「どんな手品使ったんだよ」

「俺は見えるようにしただけだ」

 小声で尋ねると佳祐は何食わぬ顔でそう答えた。

「見える?」

「普段見えている物ばかりが全てじゃないってことだ」   

  どうやら種明かしはしてくれそうにない。

 まあ目の前の少女が嬉しそうだから良しとするか。

  皆が笑っていられる。

 それはありふれているかも知れないが、とてつもなく幸せなことだろう。

 俺は体育祭の結果よりも皆が笑顔でいられたことに安堵した。


  慌ただしい体育祭も終わり、ようやく落ち着いた日常に戻れるだろう。

 競技や試合は好きだが、ややこしい上下や痴情の関係は苦手だ。

 何事も穏便に済ませてくれると助かるが、そうはいかない。

  人間はあらゆる欲に振り回されずにはいられない。

 俺はただ皆が笑っていられればいいんだけどな。

 それが至上の贅沢だと理解もしている。それでも望んでしまう。

 平穏で幸せな時が一秒でも長く続けばいい。

 誰よりも優しい、人付き合いが不器用なこの二人にも穏やかな時が長く訪れますようにと。

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