知りたいー8
いずれは自分の過去を私に問い詰めてくるとは想定していた。
予め考えていた内容を口にするが、それでも核心を隠すように伝えるのは胸が痛かった。
あの子には幸せであってほしい、贖罪のように私はあの子の前で善人の顔をする。
私はあの子にも姉弟にも償いきれない罪を犯した。
だからこそ二人が守った大切なあの子の幸せだけは私が守らなければ。
そうありたいのに、結局何一つ守れていない。
私だって諸悪の根源の一因。
あの子は純粋に私を慕ってくれているのだろうけど、私にそんな資格なんてない。
どうしてあなた達はいつだってこうも眩しいのか。
罪悪感で気が狂いそうだというのに私は正しいと思う選択をできない。
私はあなた達のようにはなれない、もう戻れない。
ならばせめて早く終わらせて楽になりたい———
関係者以外の立ち入りを許さない地下研究室に戻れば実験がひと段落ついたところだった。
モニター画面の前にある椅子に腰かけていた工藤は私を見て穏やかに微笑んだ。
「お帰り、美奈子。千沙は元気だったかい?」
「ええ、それはもう。こんな場所に居た時よりもずっと」
「それはあんまりだな。僕は千沙をとても可愛がっていたのに」
「…また無茶な負荷を掛けたわね。やりすぎは彼の身体が持たない、それに明日から体育祭なのよ」
透明な強化ガラスの向こうには汗だくの佳祐君が呼吸を整えていた。
ヘルメットを外してはいたけど、それ以外の装備は身に着けたままで辛そうだ。
工藤に問うまでもない、W3Aに改良を重ねた新型飛行装甲鎧"NeoWingAngel"の実験を必要以上の負荷を掛けて佳祐君に行わせた結果だ。
通称"NWA"も長年の千沙ちゃんの協力を得て基盤は出来ており、既に完成型に近い。
それでも工藤は最終目的を作り出すまでは更なる開発を続けている。
「そうだったね!ぜひとも佳祐と千沙の戦う様を見てみたい!僕らが育てる子供のどちらが強いのか君も興味があるだろう?」
無邪気に笑う工藤の姿は不快な気分にしかならない。
この人はいつだって自分の実験の成果しか興味がなく、被験者の健康や気持ちなんて関係ない。
自分の思い通りになる可愛い玩具くらいにしか思っていないのか。
恐らく私が止めなければ被験者が壊れるまで実験を続ける気すらする。
「……今日はもう終わりにしましょう」
意見したところで彼の気が変わらないのは長い付き合いで分かり切っている。
説得できない自分の無力さに反吐が出そうになるのを何度も堪えた。
私は工藤の了承を得る前に奥の実験室へと向かう。
「仕方ないね。僕としても全力の彼で戦ってほしい」
工藤はもう興味が失せたのかデータの整理を始めていた。
実験室に入ると室内が砂漠のようにじりじりと焼けるように熱いことに驚かされる。
とても人が居ていい気温ではない、すぐに室内の温度を調節する。
災害とも呼べるような過酷な環境を作り上げ、それらを耐え得るよう実験室は特殊な構造をしているが部屋中に焦げ跡が残っていた。今日は炎を使った実験を行ったのか、まだ熱く息苦しい。
被験者が佳祐君に代わってからは実験内容も変わった。
それは千沙ちゃんには不可能で佳祐君には可能な事柄を試せるからではあるけれど彼にだって限界がある。
いつも工藤は限界を試すかのように負荷をかけるので私は気が気でない。
佳祐君の視線だけが動き私を捉えた。
「今日はもう終わりよ。帰って休みなさい」
「…分かりました」
平静を装って答えていたが力ない声。
私が戻ってきてから彼の体勢がずっと前屈みで手を膝につけた状態のままだ。
「どこか痛む?」
「…平気です」
彼は強がりながら"NWA"を外していったが全て外し終えた所でとうとうよろめいた。
私はすかさず彼を支えてようやく気づく、身体が熱い。
風邪なんてレベルではない、プロテクトスーツ越しなのに熱さを感じるなんて異常だ。
彼の中で制御しきれない力が暴走して熱を帯びている。
「平気じゃないでしょう!すぐに氷を…」
「問題ないです」
「喋らない!頭も痛いでしょ!?いいからそこでじっとしてなさい!」
強引に佳祐君を座らせ、急いで処置に必要な物を取って来る。
まずは氷を詰め込んだ袋で身体を冷やすと氷はたちまち溶けていく。
そして注射器で沈静剤を打ち込むと少しずつ痛みが引いたのか呼吸も落ち着いてきた。
頭が痛いのは"NWA"での脳の酷使が原因だ。
「いくら佳祐君でも限界がある。無茶をする必要はないのよ」
彼は自分が使い物にならなくなれば自分以外の誰かが実験の被害者になるのを理解している。
だから強がるのだけれど、私としては自分の身体を優先してほしい。
佳祐君は黙って袋の中の溶けていく氷を眺めていた。
私はこうして痛みを和らげてやることしかできない自分を呪った。
彼だって望んで被験者になっているわけではない。
本当に彼を思うならば実験から解放してあげるべきなのに、それもできない。
私はどうしようもない弱い大人だ。
佳祐君の中で行けると判断したのか立ち上がり歩き出した。
歩けてはいるが足元が少し覚束ない。
「ちょっと、まだ辛いでしょ。もう少し休んでから帰れば…!」
無反応だ。あくまで平気だと言い張るようだ。
こういう頑固な所は本当に千沙ちゃんと似ている。この二人は本当似た者同士だと私は思う。
仕方なく新しい氷が入った袋を強引に持たせる。
「熱いからって冷やしすぎは注意よ、汗は拭いて水分補給も忘れずにね。それから脳を使う行動も禁止!帰ってから生徒会の事務作業とかしないで、即寝なさい!」
「…分かりました」
鍛えられた肉体に利口な青年へと成長したけれど、私に言わせれば佳祐君はまだまだ子供だ。
心配せずにはいられない。分かりました、なんて口では言っても半分は聞き流しているだろう。
更衣室に入ってしまった彼を見て私はため息をつく。
何故子供をこんな辛い目に合わせなければならないのだろうか。
原因なんて分かり切っている。これは愚かな大人の自己満足にしか過ぎない。
それなのに止められないなんて、馬鹿げている。
泣き言を言える立場でもないのに、逃げ出したいと願ってしまう。
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